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やさぐれ男の越冬記  作者: 青色蛍光ペン
2/7

2:これはラブコメに限りなく近い何か

「…遅い」


ショッピングモールの入り口。ここで何分待った事だろうか。いや、本当は数えていたから知っている。実に45分もの時間、木山は寒い中氷川の事を待ち続けているのだ。もっとも、この内の30分は早く来すぎた木山が悪いのだが。


「にしても15分遅れるって、女子時間にルーズすぎ。それともあれか、このまま来なくて、次学校で会ったときに問い詰めたら何それキモいって理不尽な事言われるやつなのか…」


「木山君〜! ごめんごめん、待った?」


木山が女子をどのような目で見ているのかよく分かる事を考えていると、遠くの方からぱたぱたと走ってくる氷川の姿が目に入る。なんだか無駄に金をかけた服装をしている。可愛いが近寄りたくない。多分近寄ったら「木山君が移るから近寄らないで」とか言われちゃう感じの服装だ。キャスケット帽のようなものに、ベージュのコート。首元はなんかもこもこしてるものを巻いていて、財布以外何も入らなさそうなサイズの鞄を肩から下げている。


「…ま、待ってねぇよ。俺も寝坊したからな」


(おいおい木山君、ここは追加で30分待った事も言わないといけない場面なのじゃないかな)


「なら良かった、じゃあレッツゴー!」


「レッツゴー、って、俺今からどこ連れてかれちゃうんだ」


「え、私の服買いに行くんだけど、ダメかな?」


「いやそれ俺いらないだろ。帰るわ。寝るわ」


「ちょ、待って待って! 後でゲーセン連れてってあげるから」


そう言いながらショッピングモールとは逆方向に歩き始めた木山の腕をガシッと掴む氷川。あーあ、触れちゃったよ。木山君が移っちゃうよ。後で理不尽な文句言われちゃうよ、と関係ない事を考えながら、木山は「はぁ」とため息をつく。


「なんでそんな上から目線なんだ。後ゲーセンってなんだゲーセンって」


「ゲームセンター、かな?」


かな?じゃない。それぐらい分かっている。


「ゲーセンで釣ろうって、俺のことなんだと思ってやがる」


「え、ゲーセンで釣れないの? …えーっと、じゃあお昼ご飯奢ってあげるよ」


「乗った」


「はやっ! てか女子にご飯奢られるってどんだけプライド低いの!?」


「当然だ。タダ飯が付いてくると思えば幾分か働く気にはなる。俺にメリットがあるのなら話は別だ」


乗ったのはいいが、なんかゲーセンで釣る気満々だったように聞こえる。クラスの隅で1人で飯食ってる人がどんな目で見られているのかよく分かりましたよ氷川さん、と心の中で泣きながらも、氷川が歩き始めるとそれに続くように少し距離を置いて付いていく。



 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


「はぁ…」


氷川の服選びが始まって約2時間が経過していた。ため息を漏らしたのは木山ではなく氷川だ。


「なんでため息なんかつくんだよ。つきたいのは俺の方だぞ」


右手にかかる重さに必死に耐えながら話しかける木山。もちろん荷物持ちである。荷物持ちを受け持ったのは多分良かったのだが、どうやら服選び中の木山が気に食わなかったらしい。


「そりゃため息もついちゃうよ…。私はもっと普通の感想言って欲しいのに」


木山は、氷川が服を選んでいる途中、「どう? 変じゃない?」などと聞かれれば大体「可愛い」と返していた。女子としても多分可愛いと言われる事自体嫌いじゃないはずだし、実際、氷川は何を着ても割と似合っていた。しかし、氷川はもっと他の感想を要求してきたので、木山は「洗濯が大変そう」「高い」「女子って大変なんだな」などと服の外見に関係ない事を言い始めるのだ。


「俺を選んだのが間違いだとしか言えないな。てかやっぱなんで俺なんだよ」


「え? あー、木山君って、なんか普通じゃん? あんまり個性がないっていうか、いつも物事を第三者目線から見てるっていうか」


「あー、確かにな。俺キングオブニュートラルの称号の持ち主だからな。つまり世の中の平均値は俺の値って決まってるんだ。だからそういう意味で俺を選んだのならそれは大正解だな」


「いや不正解だったよ」


「なんでだよ」


「私変じゃない? って聞いてるのに、値段とか洗濯とか、そんな事聞いてないよ」


「いやだって別に変じゃないんだからいいだろ。ところで飯はまだか。朝食って無いからそろそろきついんだが」


「あー、私も。じゃあ混む前にお昼にしちゃおっか。そのあとゲーセン行って解散かな?」


ゲーセンは確定かよ、と言いかけたが、どうやら服選びは終わったらしい様子に内心ほっとする。というかどれだけ服にお金使っちゃうの氷川さん。俺の格安ファッション換算だと何セットかコーデ完成しちゃうよ。



 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


場所は変わり、木山達はフードコートでドーナツを頬張っている。ドーナツというチョイスはもちろん氷川のものだ。とりあえず座れたのはいいが、ショッピングというものは非常に疲れるものだな、と率直な感想が頭に出てくる。正直木山はもう歩けないほど体力を消耗しているのだが、目の前でドーナツを頬張る氷川は疲れを全く見せない。ロングスカートで隠れて見えないが、多分レスラーもびっくりなムキムキの太ももが隠されているに違いない。


「うーん、ドーナツ美味しいね!」


「…否定はしない」


いつもコッペパンばかり食べていた木山にとっては、昼食のドーナツはとても新鮮なものだった。というかドーナツ美味しい。考えたやつはもっと評価されるべきである。ゆっくりとドーナツを味わい、最後のひとつに手を伸ばす。


「あ、もしかして1個余ってる?」


「ふざけるな、今こうして食べようとしてんだろ。…まぁでも奢ってもらってるのは俺だからな。1個ぐらいやるよ」


「やった〜、ありがとね」


それにしても、こうしてただ氷川と買い物して飯食ってるだけでいいのだろうか。このままだとただのデートである。まるでラブコメか何かである。服だって、仲のいい男子に選んで貰えばいいだけの話であって、わざわざ木山を誘う意味は全く感じられない。…いや、ある。わざわざ木山に服を選ばせる必要がある場面。その「仲のいい男子」に好意を抱いているパターン。多分これしかない。


「…で、これは誰のための服選びなんだよ」


別に聞かなくてもよかったのかもしれない。しかし木山は、裏があるのなら確認せざるを得ない性格だ。こんなただただ女子と楽しい時間を過ごして帰るだけ、というのはあまりにも不気味で、気持ちが悪い。こんな美味しい話の裏には必ず何かがあるはずなのだ。


「誰のためって、この服私の服だよ? 私のために決まってるじゃん」


「いや、そうじゃない。なら言い方を変えるか。…誰に見せるための服だ?」


「あはは…、木山君、そういう所は変に鋭いんだね」


問い方を変えると、氷川はすぐに元気な笑顔から弱々しい顔に変わった。どうやら木山の読みは当たりらしい。それが分かってよかった。このまま何もなければ、氷川が自分に好意を抱いていると勘違いしてそのまま暗黒の高校生活ルートにドボン、と行くところであった。


「あーいや、別に話さなくてもいい。ゲーセンも大丈夫だ。さっさと帰るぞ」


「ま、待ってよ!」


しかし、満足して立ち上がりかけた木山の腕を、またしても氷川はガシッと掴んでくる。最初も思ったが、めっちゃ握力強いよ氷川さん、と言葉が出かけるが自重する。


「私、高橋君が好きなの…!」


「……は?」


一瞬場の空気が凍りつく。いや、聞いたのは確かに木山だが、こうもあっさりと好きな人のことを打ち明けてくるものなのか。仲のいい友人ならばともかく、氷川と木山はまともに話した事すらないのだ。つまり、また何かしら裏があるのだろうか。


「ほら、木山君、なんか高橋君と仲良いじゃん? おまけに木山君だったら口硬そうだから変に噂広まらないし? だからその…、協力して欲しいんだ」


「協力…ね」


多分利用、と言った方が正しいのだろう。だが協力にしろ利用にしろ、そんな面倒な事は避けて通るのがモットーだ。


「いや、多分俺は力になれない。だから…」


だから協力はできない、と言いかけて氷川の目を恐る恐る見る。しかし、木山の目に映った氷川の目には教室の時みたいに殺意が宿っているわけではなく、真っ直ぐこちらを見据えている。やはり、打ち明けるのも、明らかに自分より格下の木山に協力を求めたのも、かなり強い決意を決めてからの行動に違いない。そこまでの頼みを断るのはむしろ後々面倒である。はぁ、とため息を吐き、答える。


「…いや、そういう事なら分かった」


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