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やさぐれ男の越冬記  作者: 青色蛍光ペン
1/7

1:無色で不透明な日々は終わりを告げる

昼休み、と聞くと何を想像するだろうか?

混み合う購買か、友人との弁当のおかず交換か、それともグラウンドでサッカーを楽しむか。そんなところだろうか。少なくともここ、四季高校1年B組の昼休みの教室はそんな感じだ。みんな友達と笑顔で話し、食事を終えると男子はグラウンドへ向かい、女子はガールズトークを楽しむ。ただ1人、木山蓮きやま れんを除けば。

木山は授業を受ける時も、昼休みも、登校の時も下校の時も基本的には1人で行動している。友達作りの波に乗り遅れた、と言うのが正しいのだが、彼曰く、「友達なんて無駄なものはいらない」との事である。

友達のために予定を開けたり、友達のために誕生日を覚え、そして祝ったり、友達と遊ぶために自分の時間を削ったり、そんな無駄な事をするぐらいならば自分の時間を誰よりも楽しんでやる、それが木山のモットーであり、信念だ。この無色だが不透明な高校生活は周りにとってはかわいそうであっても木山にとっては居心地の良い物なのである。


「コッペパン、そろそろ飽きてきたな」


もそもそとコッペパンを食べながら木山はポツリと呟く。もう少しで11月になる。つまりは高校1年生ももう後わずか。ずっと昼休みは1人でコッペパンを食べ続けてきた。味は変えているが、流石に飽きがきてしまっている。


「よう木山、またコッペパンか?」


突然人影が目の前に現れ、それは躊躇なく木山の前の席に腰をかける。彼は高橋颯斗たかはし はやと。やや茶色がかった髪でイケメン、成績もトップクラス、人望もあり、1年にしてサッカー部の副キャプテンである。神様はもっと人間を平等に作るべきだ。


「なんだ高橋か。いいだろ、コッペパンは安いんだぞ」


「褒めるところ値段しかないのか…。やっぱり木山は変わってるな」


「変わってねーよ。むしろこれこそが普通、人間のあるべき姿だ。コストパフォーマンスを求めるのは基礎の基礎だ」


木山がこんな他愛もない会話をする相手は多分この学校中を探しても高橋だけだろう。…とは言っても、木山から話しかける事はない。いつも高橋から勝手に絡んでくるのだ。高橋曰く、木山は他の人とは違っていて面白い、との事らしい。俺は実験代のモルモットか何かと見間違えられているのだろうか。


「にしても、木山本当に友達作らないんだな。俺以外に」


「冗談はよせよ。勝手に友達になるな」


「あはは、それは傷ついちゃうなぁ」


(…めっちゃ笑ってんじゃん。マゾヒストなのか?)


とは言え高橋が悪い人間ではない事は分かっているので本気で傷つきそうな事は心の声だけに留めておこう。

そうこうしているうちに昼休みが終わり、高橋は自分の席へ戻っていく。木山からすれば、この無色な生活の中では高橋が絡んでくるこの昼休みのみがわずかに彩りを持った時間に感じられる。登下校も、家で飯食って風呂入る時間も、授業も、全てはいつも見ている流れ作業。そんな中で、この昼休みだけは新しい話題が生まれる。だからこそ、本気で高橋を拒絶するつもりは無いのだ。自分もまた、彼を面白い人間だと思ってしまっているのだろうか。


「…らしくない事考えちまったな」


そしていつもの5限目が始まりを迎える。



 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


そして気がつけば、あっという間に1日が過ぎ、昼休みが始まっている。授業中は基本的にぼーっと聞き流しながらノートだけ取っている。影が薄いから順番に当てていく教師じゃない限りは基本的に警戒心ゼロで授業を受けている。そのため、チャイムと周りの喧騒によって昼休みが始まったのだと気付かせられる。飽きが来たとは言え、今日もコッペパンだ。袋を破って頬張りながら、ちらりと高橋の方を確認する。どうやら今日はグラウンドでサッカーらしい。

こういう日ももちろんある。むしろ高橋が話に来るのは週に2回あれば多い方である。こういう日はさっさとコッペパンを食べ、ライトノベルをカバンから出し、それをひたすら読む。これはこれで楽しいので木山は満足している。むしろこの時間を潰さないために友達を作らないのだ。


「ねぇ、木山君…、だったっけ」


しかし、安息というものはいつか崩壊するものである。不安げな声にパタリとライトノベルを閉じ、ゆっくりと首を後ろに回す。女子である。女子は怖い。昼休みに少しトイレに行こうと席を立とうものならば、帰ってきた頃には椅子が奪われていた事も珍しくはない。しかしそれは女子の集団の近くに木山の席がある、ということが条件であり、現在木山の席は女子のグループからはやや遠い場所にある。つまり、この話しかけてきた女子は自分に用がある、という事だ。このパターンの場合、大半は次の授業で出ている課題を写させて欲しいと要求してくる。もちろん渡したノートは女子の中で回され、答え合わせで俺のノートを写した女子が解答を間違えようものなら、気まずさで体がぺしゃんこになりそうになる。


「……なんだよ」


「え、なんかめちゃくちゃ警戒されてない?」


「悪いが俺も課題はやってないんだ。すまない」


「いや課題なんか出てないよ!?」


「あれ…」


そう言えば確かに次の授業で課題なんか出されていない。そうなると、尚更話しかけてきた目的が分からない。…いや、まだある。カツアゲだ。今から俺はカツアゲされるのではないか。そうに違いない。多分数日前から味方がいない俺を狙っていたのだろう。最初は千円ぐらいから始まって、それが次第に高額になっていき……


「木山君なんかすごい目してるよ…? 大丈夫?」


「んあ、いや、大丈夫大丈夫…」


とにかく警戒している事がバレてしまう前にうまくやり過ごされば。必死に策を考えていると、女子は言いづらそうに口を開く。


「その、私と…、付き合って欲しいな、って…」


「…は?」


おいおい、無色の高校生活は何処へ行った。いや、何処へ行くつもりなのだ。今すぐに帰って来い。おっと、動揺しすぎて意味のわからないことを考え始めてしまった。しかし、と目の前の女子の顔を見てみる。


「…確か、氷川雪菜ひかわ ゆきなだったっけ」


「だったっけ、って…、もう半年以上経つのに名前覚えてないとか、どんだけ友達少ないの?」


(俺のことも「木山君だったっけ」って言ってたの忘れてますよね…)


このいきなり爆弾発言を繰り出した女子は氷川 雪菜。女子の中では小柄で、笑顔が可愛く、成績優秀で明るい色のセミロングヘアー。神様に優遇された側の人間であり、本来木山とは無縁の存在である。


「いいだろそんな事…。で、何でまた俺なんだ? 俺そんな経験ないし、ほら、段階とかあるだろ?」


「段階…? え、なんか木山君勘違いしてる? ちょっと気持ち悪いよ?」


「う、うるせぇな。ジョークだよジョーク。ここ、アメリカみたいだし?」


で、ですよねぇ…。危うく勘違いして死ぬところだった。後一言多いだろ。などと心の中で叫びつつ、それにしても氷川の聞き方にも問題があっただろ、と抗議したくなる気持ちを必死に抑え、熱くなった顔を隠すように顔を少し逸らして問いかける。


「で、なんでまた俺なんだ。暇人のイケメンなんていっぱいいるだろ」


「えぇっ!? い、いやぁ、ちょっとね。とにかく! 土曜日朝9時にショッピングモール前集合! いいね?」


行かねーよ、と顔を戻して言いかけたが、氷川の目が「来なければ殺す」と語っている。


「い、行けばいいんだろ…」


「じゃ、よろしく〜」


軽く手を振って席に戻る氷川を見送り、はぁ、とライトノベルを開きながらため息をつく。女子とショッピングモール。多分喜ぶべきなのだが、明らかに裏があるであろうこの出来事に、木山の心の中が不安で満たされていくのを感じながらその日は家に帰ることになった。

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