百合姫再び
それは、私が成人の儀を行う少し前だった。以前から魔王の降臨は噂ではなく確かな事実として語られていた。彼は成人し実権を握ると、今まで数はいても烏合の衆であった魔族を統一した。
そして。わずか三年。彼らは大部隊を率いて、人族の領地を蹂躙したのだ。当初、彼らは南方への展開。ダルク帝国やニクスランド王国の植民地に攻め込み、その領土の侵略をあっという間に完結した。
そもそも我が国を含めた三国は、領土の取り合いをしていたわけで、友好関係などなかった。対岸の火事として、なんの協力体制も敷いてこなかった。
明日は我が身という想像力がなかったわけでもないのだろうが、破竹の進軍という表現では収まりきらない、魔族の勇猛さを甘く見ていたに違いない。次の二年で我が国の領土のほぼ九割が魔族の手に落ちた。
我が国はもともと北の地を領土とし、寒さを武器に市民も巻き添えにする市街戦や焦土作戦すら厭わない国柄だ。だが、むしろその作戦が裏目に出た。魔族にとって人は「兵站」だ。兵士や市民に犠牲者が出れば出るほど彼らは食料を増やしていく。
さらに彼らは負傷兵を後方に運び手当てするなどという無駄な行為はしない。動けなくなった味方も当然食料となる。十分な補給がなくとも余裕で耐える道理だ。
まだある。彼らは寒冷耐性がとても高い。当然、寒ければ彼らの「兵站」も腐らない。市街戦では体の小さいゴブリン族の機動性は高いアドバンテージとなった。彼らの優位性は枚挙に暇がない。
またたく間に、ここサンクトブルクが最後の砦となってしまった。他国への救援要請は出したが、人族の危機と捉えて過去の怨讐を捨ててくれる国は一国としてなかった。当然の報いなのだろう。
もはや我が国には十分な武器すらない。徴兵した若者は、鎧もなく槍すらなく敵への突撃を命じられる。槍など死んだ仲間のものを使えということだ。突撃の際、弓隊が後ろに控える。敵を撃つためではない、突っ込まない不心得者の味方を処刑するためだ。
魔族は人族を支配し統治するという発想も薄いようだ。殺し土地を奪って行く。この国の王。我が父。そう呼ぶのも憚られる。ここまで何の策もなく、ただただ、正面戦闘と市街戦を繰り返してきた。非戦闘員を巻き添えにし、我が国の人口の約半分が死んだ。この城塞都市にも多くの難民が命からがら逃げてきている。
さてさて。話を今に戻そう。て、もぅ……
少し臭いは残っていたようだが、あの方以外、誰にも知られず私の粗相は始末できたようだ。
「勇者様、こちらへ。お着きになったばかりで、大変申し訳ないのですが、我が国は、今、存亡の危機に立たされております。これから作戦会議が開かれますので、どうかご出席を」
「ああ、だいたいの状況は把握しているつもりだ。オレに考えがある」
アレ? なんだか男の人のような話し方?
「気にしないでくれ。ちょっとな。オレの前世が男だったんだでね。こういう話し方しかできないだ」
あらら。なんだか面白い人。
会議は紛糾した。あの方は死中に活を求める大魔法があると言う。あの魔法のオーラを知ってもなお、信じぬバカどももいた。特に。愚王と言ってしまおう。父がひどかった。信じられぬの一点張りで、何の次善策も出さない。リーダーシップを発揮すべき王がこの為体だ。この期に及んでもなお、結論すら出せないまま延々と無意味な論議が続いた。
「明朝、敵の進軍が始まると思われます。ならばいかがするのです? 撃って出ますか? 市街戦ですか?」
城壁から矢は射るものの、最終的に市街戦だという。そんなことをすれば、難民含め臣民への被害は甚大。すなわち我が国の滅亡を意味する。
だが、ノーアイデアなのは致し方ないのかもしれない。もはやどんな手立ても無意味なのだろう。誰も信じてはいなかったようだが、あの方がその前に大魔法を行使することだけは了承させた。
信じてもいないのに、魔族の死体を焼き払えというあの方に異を唱える愚王。さすがにキレて、大声を出す娘に辟易したのだろう。本件だけは渋々首を縦に振らせた。
あの方は私の側近のミリーヌ宅で明日に備えてもらうことになった。うさんくさいヤツを城に泊めるなということらしい。失礼極まりない。ミリーヌに同行させる前に、少しだけ私室でお話できる機会があった。
「ご無礼の数々どうかお許しください」
「ああ。いいんだ。五万の兵を一気に殺せるなど、信じろという方が無理なこと。むしろ何故に姫様はオレを信じてくれる?」
「私には魔法の心得があります。ですから、貴女の目を見た時、分かったのです。貴女様の悲しみを。もちろん勇者様に比肩できるようなものではありませんが、私も強い魔力を持って生まれました。周りは私を敬うどころか畏れ疎みました。同じ色をしているのです。貴女様の瞳は」
生まれつきそうだったと思うが、私は女の子が好きだ。というか男性は無理だ。側付きがミリーヌという女騎士であるのもそういう理由でもある。だが、彼女はどこか男性っぽいところがあるので「好み」ではない。
でも「この子」は。口調やオーラは別にして容姿だけを見れば、神自ら腕をふるいし造形だ。
美しすぎる。きゃぁ〜!!! 可愛過ぎぃぃぃ。食べちゃいたいぃぃぃぃ!
なんとか抱きつくのだけは自制した。
このあたりは、本編をアナシア視点で描いています。第二次大戦のスターリングラード攻防戦などをイメージしています。リアルではとんでもない犠牲の上にソ連が勝利するのですが、人が食料となってしまうような魔族相手では、それすらできないだろう。という感じです。