燃やそう、ゴブリンの村。食べよう、ワイバーンの肉。
「2週間後、ゴブリン討伐遠征を行う」
ダンスパーティーが終わり、午後の授業が初めて『戦闘訓練』という教科になったある日、先生は1年生全員の前でそう言った。
このゴブリン討伐遠征というのは、毎年の恒例行事らしい。なんでも、1年生同士の親睦を深めるため、1年生全員で行くそうだ。
遠征と言っても、野宿という訳ではない。ゴブリンの被害にあっている村の宿舎に1週間ほど滞在して、その間、村を襲うゴブリンを倒すらしい。
「という訳で、これから午後の授業は魔物を倒す為の、実践的な戦闘訓練となる。皆、心してかかるように」
周りの1年生は、『遠足ではなく遠征だからお菓子は持っていっちゃ駄目かしら?』とか、『オレの兄ちゃんこの遠征で彼女出来たらしいぜ』などと、初めての遠征に思いを馳せている。
私も学園に入学して以来、魔物を殴っていないから遠征はとても楽しみだ。
「サンカブも倒し損ねたし」
「そういえばキーラ様、時間内に来なくて、会場で呼び出されてましたね」
「そうなの?」
「はい。『迷子の迷子のキーラ・グレイアム様、サンカブが貴方を待っています』って放送されてました」
「それは恥ずかしい」
なんだその、デパートの迷子放送みたいな呼び出しは。
「ちなみに、去年のゴブリン討伐数はAクラスが24体、Bクラス18体、Cクラス18体、Dクラスが2体だ」
何処からともなく、失笑が漏れる。
それも、Dクラスをバカにしたように見ながら。
いや、確かにDクラスだけ2体とか、少な過ぎだろとは思う。半分くらい体調不良とかで参加しなかったんじゃないの、とも。
だけど、それは去年のDクラスであって、私たちじゃない。
そういう勝手な思い込みと偏見でバカにしてくるやつ、私は大嫌いだ。
「先生達は今年も討伐数に給料をかけてる。........先生的には63体ピッタリで倒してくれると、とても嬉しい」
先生方、賭け好きだな。
「1年全体への報告は以上、それでは各クラスに別れて授業開始!」
先生がそう締めくくるのを最後に、1年生は指定の教室に向かう。
Dクラスもそれにならい、移動する。
そうして始まった実技の授業。各自の能力に合わせて自主練、という授業形式だ。
自主練なので私は久しぶりに切り込みの型を、1からを流しているのだが、
「........全然楽しくない」
そもそも、あんなふうに周りの同級生から 蔑まれて皆、やる気がないのだ。
真面目に体を動かしてる人は少ないし、酷い人は寝てる。
先生もいつの間にかどっかに消えた。
それにしてもDクラスは本当に、下に見られているんだな。なんかDクラスなら貶してもにしてもいいって言う雰囲気が当たり前のように存在する。
でもなんだかそれって、とてもムカつくことだ。
「よし、焼き討ちにしよう」
「キーラ様?!突然何を言ってるんですか?」
「アークレイくん、私の前にDクラスのみんなを集め集めて来て」
「いいですけど、何するんですか?」
ちょっと、下克上を起こそうと思う。
☆☆☆
「バカにしてくるやつを見返さない?」
「そりゃ見返せるなら見返したいけど」
「でも無理だよ」
「そんな事ができるなら、あたし達Dクラスに居ないって」
アークレイくんに皆を集めてもらって早速提案したのだが、ノリ悪いな。
前世で体育の時間、皆がバスケってる中で1人、台出して卓球してた私並みにノリが悪い。
「侮辱されて悔しいでしょ?」
「悔しいけど、仕方ないですわ」
「そうそう、なんたってオレ達は『どうしようもない』のDクラスんだから」
その、『Dクラス』っ言うのはそんなに悪いか?
そもそも試験の結果がいい人からAクラスに入っていって、最後のDクラスは出来の悪い人ばかり集まる。つまり、自分達は出来損ないなんだ。っていう考えが自体が私はおかしいと思う。
試験で測れないことなんて沢山あるのに。
「Dクラスでもゴブリンは倒せる」
「そうだけど、Aクラスと比べたら、ねぇ」
「2体だけってさぁー」
「絶対、他クラスに笑われたよな」
「バカにされるぐらいなら俺、遠征サボろうかなぁ」
なんでそんなにやる気ないの??消極的なの??
ゴブリンなんて雑魚中の雑魚、雑魚雑魚だよ?平民だって3人組ぐらい組になれば倒せる程度の敵だ。
私だったら鼻くそほじってたって倒せる。
そもそも、ゴブリン討伐って言うのは数が多い上に、生き汚いゴブリンを、『どのように倒すか』というより、『如何に早く、多く、確実に倒すか』っていうのが1番の課題なのに。
「私に秘策があるって言ったらどうする?」
「秘策って、ゴブリンを倒す?」
「そう、それも大量に。去年のAクラスよりもずっと沢山」
「そんなの本当にあるのですか?」
「あるよ」
お、ちょっと興味を持って貰えたみたいだ。
変な問いかけなんてしないで、最初から単刀直入にこういえばよかったのかな?
「ゴブリンの村を燃やせばいいんだ」
「「「は?」」」
「方法は簡単、ゴブリン村の場所を調べて火を放つだけ」
「「「はぁ?」」」
まず、油を染み込ませた木を用意する。
次に、その木に火をつける。
最後に、それをゴブリン村に投げ入れる。
結果、ゴブリンは炎上する。
3分もかからない、お手軽ゴブリン討伐方法だ。
尚、これは松明を投げ入れる数が多いほど被害が大きくなるため、人数は多ければ多い程いい。
「簡単でしょ?」
「........確かに簡単だ」
「出来なくはない、ですわ」
乗り気になってくれた?
皆だって好きで馬鹿にされたいわけじゃないもんね。1発逆転の手があるって聞いたらやりたくなるよね?
ゴブリンは300~500体ぐらいで村を作るから、そこに火をつければ、どんなに焼きどころが悪くても100体は倒せる。つまり、少なくとも去年のAクラスの2倍近く討伐出来るのだ!!
それに、焼き討ちはゴブリンを倒すだけでは無い。
「キャンプファイヤーもできる」
「「「なんだってぇ?!」」」
「それでバーベキューもできる」
「「「その秘策、乗った!!」」」
素直でよろしい。
そもそも、バーベキューというお肉の魅力に逆らえるはずがないのだ。
私も昔オークの村を燃やしたときにBBQをした。とても楽しかった。興味本位でオークの肉を焼いて食べてみたけど、なかなか美味しかった。
ちなみに、オークって言うのは、人間と豚を足して2で割った感じの見た目で、力が強いのが特徴の魔物だ。よく魔王の下っ端になっている。
「こうしちゃ居られねぇ、誰か、図書室から遠征する村の近辺地図持ってこい!」
「あ、あたし遠征先の領土を収めてるから、連絡すれば図書室のより詳しい地図を送ってもらえるわ!!」
「いやそれだと、いつ届くがわかんないですね」
「誰か、次の休みに彼女の家に早馬で取りに行け!」
「早馬ならアタイに任せなっ!」
一気に活気づくDクラス。さっきまでの無気力さはなんだったんだ。これが肉の力か。
「キーラ様は凄いですね。こんなにクラスを奮起させるなんて」
「当たり前だ、肉の魅力には抗えない」
「そうですけど、そうじゃなくて!」
「これからの授業は、楽しくなりそう」
「........そうですね。僕、キーラ様のそういう所好きですよ」
「アリスちゃんより?」
「そんな訳ないじゃないですか。月とスッポンレベルで有り得ません」
「私はスッポンか........」
さぁて。
ふんぞり返って、私たちをバカにしてるヤツら、自分達より圧倒的下だと思っているDクラスに負けたらどんなに気分になるかな?
☆☆☆
「キーラ隊長!」
「なに?」
「資金が足りません!!」
あれから、Dクラスは変わった。
ある人は、魔物の生態を知る為、図書室に通いつめるようになった。
ある人は、実際に魔物を倒しているハンターに聞きに行った。
ある人は、肉の焼き方を習った。
ある人は、休みを待ちきれず、授業をサボって地図を取りに行った。
それもこれも全てはゴブリンを倒すために。
そしていつの間にか私は隊長と呼ばれるようになった。なんでも隊長と呼んだ方がクラスの指揮が上がるらしい........意味がわからん。
それにしても資金か。松明を作るのにそんなにお金かかるのかな?木はその辺で取って、油は調理室から分けてもらえば良くない?........あ、バーベキューの肉か!
「バーベキューの材料は心配しなくても大丈夫。肉はお父様に頼んでワイバーンを狩って来てもらうし、他のも人数分、送って貰う」
「ワイバーン?!そっ、それはありがたいのですが、バーベキューでは無くて、武器を買うための資金が足りないんですよ」
「武器?なんで?」
「火を放つ時、松明ではなく弓矢の方が効率がいいという話がでて」
「確かに」
「あとゴブリンは生き汚いらしいので確実に頭を潰せるよう、ダメージアップ付きのエンチャントハンマーか、首を落とせるように、切れ味アップが付いた剣が欲しいって話になって」
「なるほど」
「エンチャント武器の方は必要ないかもしれませんが、ついでに焼き損ねたゴブリンも倒せば、スッキリしていいんじゃないか、って思った次第で」
「なんかあなた達、殺意高くなってない?」
まぁ、いいけど。
そういえば作戦会議の時、必ず黒板に書かれている作戦名が、『焼こうよ、ゴブリンの村作戦』から、『ゴブリン殲滅大作戦』になってたな。それと関係あるかもしれない。
「弓矢はともかく、エンチャントの武器は値が張る」
「すみません、Aクラスの奴らならそんな武器なくても倒せるでしょうけど、オレ達じゃ無理だから」
「言い出しっぺだし、私が出すよ」
「自分で提案してといてなんですが、いいんですか!?」
「いいよ。冒険してた時に稼いだお金を使おう」
魔王シバいた時に奪った金塊とか、奴隷売買貴族をシバいた時に貰った宝石とか色々あるし。
それにあんまり私自身が余りお金使わないせいでめちゃくちゃ溜まっているのだ。むしろ使える先が見つかって良かった。
「ちょっと待ってください!!キーラ様、それには及びません」
早速、具体的にどれぐらいの武器を買うか相談しようとしたら、アークレイくんが駆け込んできた。
「アークレイどうした?そんな息を切らせて」
「賭けです!」
「アークレイくん頭おかしくなった?」
「なってません!あとキーラ様言われたくありません!!」
「じゃあ、急に賭けなんて言い出すんだ?」
「賭けのお金を使いましょう」
「あぁ!なるほど!!それなら資金は解決するぞ!」
なるほどってなにが?私ちょっとわかんない。なんでそれだけでわかるの?頭良すぎない?
それが顔に出てたのか、アークレイくんは説明してくれる。
「今、先生方がゴブリン討伐数で賭けをしてるのはご存知ですね?」
「うん」
「その賭けに僕達も参加するんです」
「誰も100体単位で賭けてる先生は居ないから、実質オレらのひとり勝ちだな」
あ、わかったぞ。
つまり、先生がやってる賭けで私たちも討伐数を賭ける。ゴブリンの村を燃やすという情報はのは私たちしか知らない。
つまり、私たちが100単位でゴブリンを討伐する事を誰も知らない。
故に、その数を賭ければ私たちは絶対に勝つ!!
その賭けに勝ったお金で武器を買えばいいってことか。
「ゴブリン村焼き討ちが成功すれば、ですが」
「そりゃ、死ぬ気で成功させなきゃ行けなくなったな」
「はい。ゴブリンは皆殺しにしましょう」
「そうだな。でも賭金はは遠征が終わったあとに貰うから、やっぱりキーラ隊長にお金を借りないと........いいですか?」
「もちろんいいよ」
「ありがとうございます。ゴブリンを完全に殲滅して賭けにも勝って、馬鹿にしたやつらの阿呆ズラを想像しながら、美味しいお肉を食べましょう」
「こうしてちゃ居られねぇぜ。早く他の奴らにも知らせて、作戦見直さないと。アークレイ皆を呼んでくれ!ではキーラ隊長、また報告に来ますね!」
「僕も作戦会議に行ってきますね」
「........うん。頑張って」
☆☆☆
「と言わけで、アークレイくんは結構好戦的な性格みたい」
「Dクラスは愉快なことになってるみたいだね」
「うん。皆楽しそうだよ」
あの後、Dクラスの皆で作戦会議になり、私はクラスから追い出された。
なんでも、私の考えは脳筋過ぎで参考にならないらしい........私隊長ぞ?
作戦会議に参加しない隊長なんて初めて聞いたよ。
まぁ、今回はアークレイくんにハイドから毒を貰ってくるよう言われたんだけど。
「でも、久しぶりキーラに会えて嬉しい俺に他の男の話とは、いい度胸だね」
「久しぶり?3日しか経ってないよ?」
「その3日間何も言われずに、放課後どころかお昼さえ姿を見せないキーラを心配した俺の気持ちを考えて」
「ごめん?」
「次から1日でも俺に会いに来れなくなる時は、連絡して。約束ね」
「約束なら、わかった」
ハイドの笑顔が怖い。これは頷かないと面倒くさそうだ。
それにこの約束、破ったら多分毒殺される。私にはわかる。これは破っちゃいけない約束だ。気をつけよう。
「あ、そうだ。ハイド睡眠系の毒が欲しいんだけど、ある?」
「誰かを永眠させたいの?」
「違くて、6時間ぐらいは絶対に起きない感じのやつが欲しい」
「なぁんだ。死ぬまで眠ったままになる薬が最近出来たから、試すいい機会だと思ったのに。誰かに飲ませるんだよね?」
「うん」
あとそれ、薬じゃなくて毒だと思うから試さないで欲しい。
「それなら........これかな。これなら無味無臭だし、飲食物とかに入れたりすればバレないから、飲ませやすいんじゃないかな?」
そう言って、ハイドは水色の液体が入った瓶を差し出す。........液体か。出来ればガス系がいいって、アークレイくんは言ってたけど、大丈夫だよね。
「ありがとう」
「おっと、もちろんタダで貰おうなんて思ってないよね?」
「思ってるよ?ハイドは友達だから快く、タダでくれるって」
「ぐっ、そう思ってくれるのは嬉しいけど、それとこれは別の話。ちゃんと対価が欲しいね」
「対価」
メデューサの髪までなら用意出来るけど。
ケンタウルスの角とかの方がいいかな?ケンタウルスの角って確か完全回復ポーションの材料だったし。
「そう、だからこの毒の対価に1日、俺以外の人を見ない、俺だけを見る日を作って?」
「?」
「........簡単に言うと、デートしようってこと」
デート。
「恋人じゃないから出来ない」
「あ、そっか。んじゃ、俺と休日出かけて?」
「それなら出来る。遠征終わってからでいい?」
「いいよ」
というか、そんなんでいいの?
なんか申し訳ないから、休日出かける時はお昼を奢ろう。
こうして、私は毒を手に入れた。
それにしても、毒を使うなんて、アークレイくん達は、一体どんな作戦を考えているのだろう。
☆☆☆
2週間はあっという間過ぎ去り、遠征当日。
『ゴブリン殲滅大作戦』決行を目の前に控え、Dクラスの面々は些か緊張した面持ちだ。
「作戦は完璧です!」
「武器の手入れも所持も完璧です!!」
「ワイバーンの肉も届き、バーベキューセットも完璧です!!」
つまり、
「「「ゴブリンを焼く準備は万端です!」」」
ゴブリン達よ、君たちの全滅の時は近い。