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6/15

肉だ、肉を食え。そして肥えろ、んで太れ。

 新入生お披露目ダンスパーティーの当日。

 予定通り、ハイドにエスコートされて来た。

 全校生徒が参加しているだけあってパーティー会場には沢山人がいる。人酔いしそうだ。



「キーラ、一段と今日は綺麗だね」


 アリスちゃんが朝から磨いてくれたからね。もう凄かった。

 朝結構早い時間に叩き起されたと思ったら、お風呂に入れられた。隅々まで洗われていい匂いのするオイルを塗ってもらった。さらに顔に化粧までやってくれた。髪も3時間ぐらいかけて結い上げてられたけど、この髪型、すごく首が痛い。あとコルセットで締め上げた腹も地味に痛い。

 女の子のパーティー準備ってすごい大変だ。私1人では絶対に出来なかった。アリスちゃんには感謝だ。


「ありがとう。ハイドも前髪どかせばカッコイイのに」


 ハイドは紺を基調とした貴族正服だった。いつもダボッとした作業着を来ているので目に新しい。赤のリボンタイがいいアクセントになっている。

 そして、相変わらず前髪で目元を隠している。見えににくくないのかな?

 それにしても、今日はダンスパーティーなのにハイドはめちゃくちゃ機嫌がいい。私にはわかる。

 何が考えを改めるきっかけでもあったのだろうか。エスコートをお願いした時までは『ダンスパーティーなんてものを考え出したやつは硫酸飲んで苦しんでくれないかな』って言ってたのに。


「じゃあ、さっそく俺と踊らない?」

「いいけど.......」


 視線が気になるな。

 さっきからチラチラと私たちを見ている視線が複数。今すぐ殴りかかってくるとかそういう敵意はないけれど、ネチッコイ悪意を感じる視線だ。

 それに私たちを見ながらボソボソと何か喋っているのでとても感じが悪い。


「なんか言いたいことでもあるのかな?」


 声をかけたいけど勇気が出ないのかもしれない。私から話しかけた方がの良いだろうか。


「待って待って、多分キーラじゃなくて、俺のことだと思うから気にしなくていいよ」

「そう?なんかムカつかない?」

「ムカつくけど、そいつらに毒薬飲ませる妄想して溜飲を下げてるから大丈夫」

「そっか」


 ならいいのかな。あんまりボソボソうるさいようだったらこっそり威圧魔法で気絶させればいいだろう。


「あ、レイアちゃんだ」


 レイアちゃんが会場に入ってきた。

 最近、レイアちゃんが歩くと、皆それに注目して一瞬、場が静まりかえるからすぐにわかる。


「生徒会長と3年生の首席にエスコートして貰ってる。男爵家なのに凄いね......」


 両手に花ならぬ、両手にイケメンだ。そして他のご令嬢からものすっごい睨まれてる。


 でも待って、2人?

 そんなルートあったけ?ゲームプレイしてないからわからない。知らないだけで2人にエスコートされるルートがあるのかもしれないな。


「あらあら、レイア・カナトーン様。クレア様とウラシアライト様を侍らせるだなんて、男爵家のくせに、随分といいご身分でございますわね?」

「は、侍らせるだなんて!エドワーズ様もアレグレープ様もパーティーに不慣れなわたしを気遣ってエスコートしてくださってるだけです!」

「へぇ、クレア様の婚約者候補であるワタクシを差し置いていい度胸ですこと、さすが畑で育つ平民は精神の作りが違うのですね」


 あ、あの人は!もしかしなくても、悪役令嬢のルナサール・ダイレット公爵令嬢じゃないか?!


「それくらいにして頂こうか、ダイレット。彼女は怖がっている」

「まぁまぁ、クレア様そんなアバズレと一緒にいては品位をお疑いになられてしまうわ、さぁ今からでもワタクシをエスコートして下さらない?」

「エドワーズ様は、わ、わたしと来ているので取らないでください!!」

「ふっ、可愛いヤツめ。........そういう事だからそこをどいてくれるか、ダイレット公爵令嬢?」


 凄い本物だ。生きてる。第二王子にずげ無く断られてハンカチ噛みながら『キー!』って言ってる。

 悪役令嬢らしい、性格悪そうな顔してるよ。そして本当に縦巻きロールだ。ドリルだ!

 しかも主人公ちゃんと喋ってた。凄い険悪な雰囲気だった。主人公ちゃんに悪役令嬢がなん癖つけるなんて、テンプレの乙女ゲームっぽい!


「キーラは人の修羅場見て随分と楽しそうな顔をするね」

「うん。こんな場面を見れるとは思わなかったから嬉しい」


 そのまま、レイアちゃんと第二王子は踊り始めた。まるで見せびらかすように会場の中央で踊るから、悪役令嬢はますますハンカチを強く噛み締め、そのまま引き裂いてしまった。

 レイアちゃんそれだけでは飽き足らず、さっきまで空気だったアレグレープ先輩とも踊り始める。

 女子生徒からの視線はレーザービームでも出てるんじゃないかって言うぐらい強くなった。

 逆に男子生徒はレイアちゃんを微笑ましそうに見ている。すごい温度差だ。


 あと、レイアちゃん踊り上手いな。ちょっと前まで平民だったとはとても思えない。


「さっきも言ったけど、俺達もせっかくだし踊らない?」

「このフライドチキン食べてからでいい?」

「........いいけど、随分美味しそうに食べるね」

「美味しいよ。ハイドも食べる?」


 というか、ハイドはもっと肉を食べるべきだ。ダボッとした作業服で気が付かなかったが、今日の服だとそのひょろひょろのウエストがくっきり出てしまっている。

 細すぎだよ。そんなナヨナヨした体だから私が握っただけで簡単に骨が折れちゃうんだ。

 肉だ、肉を食え。そして肥えろ、んで太れ。




 ☆☆☆



「キーラ!聞いてくださいまし!!」

「アリスちゃんだ」

「この子がキーラと同室のトリッピング伯爵令嬢か」

「あら、イッポス様も一緒でしたのね。失礼しましたわ。わたくし、アリスティーナ・ダブヒルンテ・トリッピングと申します。以後お見知りおきを」

「俺ごときに御丁寧紹介、ありがとうございます。俺はご存知通りハイドリック・チュシャリート・イッポスです」


 ハイドの口に肉を押し込んでいると、アリスちゃんがドスドスと足音を立てながら来た。随分トサカに来ているようだ。それでも初対面の人には挨拶を忘れないアリスちゃん。礼儀がなってる。


「それで、キーラ!聞いてくださいまし!」

「なんかあったの?」

「ルーカス様が私をほっぽってあの子ピンク女と踊ってるのです!!」


 なんだって?

 あ、ほんとだ。レイアちゃんさっきまでアレグレープ先輩と踊ってたのに、いつの間にかルーカスになってる。


 アリスちゃんはな、ルーカスの好みのために髪をツインテールにしてまで準備していたんだぞ。いくらレイアちゃんが可愛いとはいえ、そのアリスちゃんを置いていくなんて最低なやつだ。


「よし、ルーカスを殴りに行こう」

「は?」

「安心して、バレないように死角から首を打つから」

「やめておいた方がいいね。彼が倒れたあとが面倒だ」

「そう?」

「イッポス様?!そういう問題ではありませんわ!そしてキーラ、人を殴ってはなりません!」

「アリスちゃんがそう言うなら........」


 ハイドの言う通り、ルーカスが気絶したらアリスちゃんが1人で帰ることになるから、やっぱり殴るのはダメか。

 いや、でもあいつこんなにもいたいけないアリスちゃんを1人きりにして、自分は幸せそうにレイアちゃんと踊っていやがる。

 今は無理でも後でこっそり殴っておこう。今決めた。


  レイアちゃんはルーカスと踊る終わると今度は赤い髪の人と踊り始めた........あの人も攻略対象だな。

 確か、ナイトリウス・トケイト。ウラシアライトと同じ3年生で魔石部の部長。魔石が大好きで大恋愛の末、主人公には価値にすると王城1つぐらい買える魔石が着いた指輪をプレゼントする。


 それにしてもレイアちゃんは誰ルートなんだろう。ダンスパーティーで踊ったキャラのルートに進む筈なのに、今の時点で既に4人と踊ってる。もしかしてノーマルエンドになるのかな?

 いや、でも姉はこの乙女ゲームにノーマルエンドは無いって言ってたような。

 まぁ、これはゲームじゃないしそういう事もあるのだろう。これからもレイアちゃんが誰とくっつくのかドキドキ出来るし、悪い事はひとつもない。


「あら、アークレイではありませんか」

「あ、アリスティーナ様!こ、こんばんわ。今宵は一段と美しいですね!!」

「あら、有難う存じますわ」


 人の波から抜け出すようにしてアークレイくんがやって来た。どうやら今はパートナーと別行動中らしい。

 アリスちゃんと嬉しそうに話している。

 というか、さりげなく私たちのことを忘れている。アリスちゃんしか見えていないのかもしれない。


「彼がキーラと同じクラスのアークレイ・イロリアス?」

「そうだよ。たぶんだけどアリスちゃんの事が好きなんだ」

「たぶんじゃなくて絶対だね」

「ハイドもそう思う?」

「思うね。彼、トリッピング令嬢の隣にいた俺を睨んでたし」


 そう言って『よかった、彼なら安心だ』とつぶやくハイド。

 何が安心かはよくわからないけど、ハイドもそう思うなら確実だろう。

 アリスちゃんは今ルーカスに置いてかれて心障中だからそこにつけ入れろ!

 私はアークレイくんの恋を応援するよ。とりあえず、


「アリスちゃん、ちょうどいいからアークレイくんと踊ってきたら?」

「キ、キーラ様?!」

「1曲も踊らないで帰るのも勿体ないしね」

「........それもそうですわね、ルーカス様はあのピンク女に夢中ですし、アークレイ、私と1曲御相手お願い出来ますか?」

「ええ、ええ、も、もももちろんです!!喜んで!!」


 アークレイくんは顔を真っ赤にして、しかしとても嬉しそうにアリスちゃんの手を引いて行った。

 よかったよかった。


「じゃあ、俺たちも今度こそ踊らない?」


『そうだね』と言って、差し出された手を取ろうとした時だった。その小鳥のような、それでいて凛とした声が聞こえたのは。


「あの、ハイドリック様、ですか?」


 振り返った先にいたのはこの世界の主人公のこと、レイアちゃんだった。

 近くで見るとチョー可愛い。溢れんばかりに大きな桜色な瞳は少し潤んでいて、色白で、ボンキュッボンで、ピンクの髪はふわふわだ。


「........そうだけど、何の用かな?」

「あぁ、よかった!わたし、不安で不安で」


 不安?何がだろう。さっきまで美男子と楽しそうに踊ってたのに。


「周りが貴族様ばかりで気後れしてたんです。ハイドリック様も平民出の養子だって聞いて、わたし、ずっとお喋りしたいと思ってたんです!会えてよかった!」


 えーと。悪役令嬢ちゃんとあんだけファイトしてたのに気後れ?


「ハイド、このレイアちゃん頭おかしいかもしれない」

「かもしれない、じゃなくて確実に頭おかしい、ね」


「あら?彼女はどなた?もしかしてあなたもハイドリック様と踊りたかったの?でもごめんなさいね。わたしが先に踊りるべきだから譲ってね」


 どうしよう。ヤバい子だこの子。

 多分話通じないタイプの、関わったら面倒くさい子だ。ハイド、どうにかしてくれ。


「ごめんね。俺、知らない子と踊らない主義だから」

「あぁ、わたしったら興奮しちゃって、すみません。わたし、レイア・カナトーンといいます!これで私たちも知り合いです!早速踊りましょう」


 さすが主人公、グイグイくる。どんだけ踊りたいんだ。さっきも色んな人と踊ってたし、めちゃくちゃ踊りが好きなのかもしれない。


 でもなんでハイドなんだろう?他にも人いっぱい居るのに。


 あ、ハイドが『なんだこいつ毒で眠らせて黙らせたいな』っていう顔してる。

 これは助け舟出した方がいいかもしれない。


「そこにいる子も早く何処かに行って。わたしとハイドリック様の時間を邪魔しないで」


 あ、ハイドの笑顔が固まった。


「えーと、俺なんだか持病の仮病が悪化したみたいで、凄い機嫌悪いから君から即刻、離れなきゃいけないんだよね」

「え?」

「じゃあ、そういう事だから、キーラ行こう」


 そう言ってハイドは私の手を掴み、レイアちゃんから離れる。

 置いてかれたレイアちゃんはポカンとしていた。

 そりゃそうだ。持病の仮病なんて病気、初めて聞いたし。


「最初っからこうすればよかったんだよね」


 そう言って、ハイドはずんずんと進み、会場の中央に着くとおもむろに手を差し出した。やっとハイドとダンスが出来る。


「美しい紫煙の君、今宵は俺だけをその瞳に映し、踊ってくれますか?」

「紫煙の君?よくわからないけど、もちろん!」


 およそ2週間にわたる私のダンス授業は無駄にならなかった。ちゃんと音に合わせて踊れた。アークレイくんの足を踏んでばかりいたあの頃の私とはちがう。

 飛び抜けた身体能力にものを言わせた感はある。ターンとか3回転ぐらいした。オリジナルでジャンプをしたり片足でステップしてみたり。

 そしてハイドもダンスがうまかった。私の無茶ぶりダンスに上手く合わせて踊ってくれる。楽しい。


 会場中の人がその奇妙で奔放なダンスに見とれている中、私達は夢中で踊っていた。


 だから、その中で、ある女子生徒が呟いた声なんて聞けるはずがなかったんだ。




「隠しキャラにライバルキャラは居なかったはず........なんなの、あの女」






 この世界の主人公、レイアちゃんは前世の記憶持ちだった。












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