Answer、その気持ちは恋です。
「グレイアム嬢、先生はとても悲しい」
食堂でレイアちゃんと生徒会長を見かけた日から丁度1週間がたった。
私はまた先生に呼び出された。
「座学の授業は大抵爆睡。起きていたとしても勉強をせずに何かしらやらかしている。特に、魔法器具工作授業の時、大型の流しそうめん機器を勝手に作ったたげく、誤って副校長先生のヅラを流したと聞いた時は、先生意味わかんなくて『副校長ってヅラだったんだ!』って、うっかり職員室で叫んじゃったんだけど」
副校長先生の鬘はたまたまだ。ちゃんとごめんなさいをして、流し終わったらしっかり戻した。
副校長先生は優しいから鬘を戻す時も怒らず、真っ赤な顔でブルブル震えてただけだった。何も言わず許してくれた。
「先生はね、別にこれから起こるであろう副校長先生の逆襲が怖くて嘆いてるわけじゃないんだ。学園でグレイアム嬢が勉強を全くしないことに嘆いているんだ」
それは申し訳ない。
「前に呼び出した時もそう思って注意したんだけど、全く効果がないみたいだから、先生は別の手を考えることにした」
先生はそう言って机から沢山の紙を取り出した。
「という訳で反省文を書きなさい」
「はんせいぶん」
「そうだ。授業を1つ妨害、または爆睡する事に1枚。最高で1日6枚。因みに今日は6枚だね。書きたくなかったら授業をちゃんと受けることだ。反省文は1週間後にまとめて先生に提出しなさい」
「きょうはろくまい」
「何が言いたいことでも?」
「........いえ」
ないです。
反省文ってなんだろうとか、6枚分も文字をかける気がしません、絵日記でいいですか?とか思ってないです。だからこちらに狙いを定めながらムチをバシバシしないで下さい。怖いです。
☆☆☆
「........反省文って何を書けばいいんだ!」
「喧しいですわね」
寮室に戻って白い紙に唸ること約1時間。全く進まない。こんなに椅子に座り続けたのは初めてかもしれない。
アリスちゃんは何処から取り出したのか、大量のドレスを並べて、あれでもないこれでもないと言っていた。
「その大量のドレスは?」
「今週末開催される、新入生お披露目ダンスパーティー用のドレスですわ。キーラもそろそろ準備した方がよろしくってよ?」
「ドレス?いつものじゃ駄目?」
「当たり前でしょう」
「じゃあ、アリスちゃんに任せる」
「そう言うと思って、選んでおきました。この色ならキーラの紫煙色の瞳に合うのではなくって?」
そう言って、1着のドレスを差し出してくる。
赤と紫を基調としたフリフリのドレスだ。アクセントに金色のレースが着いていてなんだかとても上品で強そうな感じがするが、とても可愛い。
しかも私がドレス選んでないことを予測してるとか、アリスちゃん、優秀過ぎでは?
「アリスちゃんありがとう。とても嬉しい」
「よかったですわ。でも貴方、その様子だとエスコートしてもらう殿方も決まっていらっしゃらないのでは?」
「それは大丈夫。昨日のお昼、ハイドに頼んだ」
「ハイド?........ってあのハイドリック・チュシャリート・イッポス?!」
「知ってる?」
「知ってるも何も、その方有名ですわよ。『Bクラスの頭でっかち』って」
「へぇー」
「グレイアム伯爵家の令嬢ともあろうお方が、男爵家の、しかも魔法も使えない出来損ないの男にエスコートされるなんて........」
「それ、絶対にハイドの前で言っちゃダメだよ」
多分、言ったらその直後、笑顔でお茶に誘われて、モルモットにされてしまう。
私もなんかイラッとした。お昼を一緒に食べるぐらい仲のいい友達を、無意識とはいえバカにされるのは、いくらアリスちゃんでも許せないかもしれない。
そもそも魔法を使えないのにも関わらず、Bクラスって、凄い頭がいいってことじゃないか。
私でも気がつく。そこに気が付かないなんてアリスちゃんもおバカな所があるもんだ。
まぁ、完璧な人なんていないからね。私の寛大な心で許そう。今回は。
だから、もう言わないでね?
「...っ!まっ、まぁ、学生の内だけですからね。わたくしもとやかく言い過ぎましたわ。失礼しました。ぜひ、イッポスと楽しんでくださいまし」
「それで、アリスちゃんは誰と行くの?」
「わたくしは同じクラスのルーカス様とですわ」
「アークレイくんじゃなく?」
「........何故ここでアークレイが?いえ誘われていませんことよ」
「そっか」
おかしいな。
アークレイくん、私が一昨日のダンスの授業の時に『誰を誘うの?』って聞いたら『アリスティーナ様と踊れるなら僕は死んでもいいかもしれませんね』って言ってたから、てっきりアリスちゃんを誘ったと思ってた。
と、いうか『ルーカス』って攻略対象じゃん。
主人公の同級生友人枠で、ツンデレ担当のルーカス・モウラ・アンダーウッドじゃん!
攻略キャラにエスコートされるなんて、やるねアリスちゃん。流石、可愛くって面倒みが良い子は違う!
と、言うことは、だ。
レイアちゃんのルーカスルートは完全に消えた感じか。
この新入生お披露目ダンスパーティーで主人公のパートナーになったキャラのルートに進むからね。
つまり、レイアちゃんのエスコート役がそのままレイアちゃんの恋人にるってことだ。
レイアちゃんは誰とダンスパーティーに来るのかな?凄い気になる。
なんか、週末のパーティーがとっても楽しみになってきた。
「ちょっ!?なんでおもむろにドレスを引き裂くのですか??」
「武器を収納するポケットをつけようと思って」
「武器?!貴方、ダンスパーティーをなんだと思ってるのです!?」
「恋と駆け引きの『戦場』だ、ってお母様が言ってた」
「間違ってはおりませんけど!!」
☆☆☆
「反省文が進まない........!」
「今、集中してるから静かにしてね」
ダンスパーティーはがいよいよ明日に迫った今日この頃。私はハイドのいるポーション開発部で反省文を書いている。
耳を揃えて出さないとダンスパーティーに行く許可をくれないのだ。そう先生に言われた。職権乱用だ。
「それにしても、ここまでよく揃えたね」
「頑張ったからね」
そうなのだ。まだ部室を貰って、1週間ぐらいしかないのにポーションを作るための道具はもちろんのこと、それらを入れる大きな棚や、鍵付きの大きな金庫、至る所に薬草が植えられてたり、よく分からない物体が吊るされてたりしている。
今私が反省文を書くのに使っている、大きなソファーと机も、何処からか持ち込んだものらしい。
「今日は何作ってる?」
「骨折した時、痛みはそのままで怪我だけを治すポーション」
そう言いながらも動かす手は止めない。
何やらグツグツと煮えたぎっている赤黒い中身の鍋に、フラスコに入った白い液体をスポイトで少しづつたらす。
する何故か赤黒かった鍋の中身は深い青色にかわる。凄い化学変化だ。
ポーション作りはよく分からないけど見ていて面白いし、ハイドとのおゃべりは楽しいから放課後はよくこの部室に来て、だべっている気がする。
鍋の中身をビーカーに移すことでひと段落着いたのか、ハイドはお茶を片手にソファーに座ってきた。
「飲む?」
「いや、自分で入れる」
「そぉ?それは残念」
ハイドからのお茶は怖くて飲めない。
私はソファーから立ち上がり、自分用にココアを入れる。もちろん粉末はもちろん自前のものだ。ここの粉末は何が入っているか分からない。
ヤカンがないのでフラスコに水を入れ、火で温める。
「........ねぇ」
お湯が湧くまで、フラスコの中の水をなんとなしに見ているとハイドが声をかけてきた。なんだかいつもより暗い声だ。
「なに?」
「キーラはなんでいつも此処に来るのかな?」
「え?」
フラスコの水が泡立ってきた。
「だから、なんでこんな面白みのない毒作りをいつも見てるの?」
「毒作りは面白いよ」
「違くて、なんで此処に来ることをやめないのかな?俺知ってるよ?いつもここに来ようとする時、君が『頭が悪い貴方はBクラスの彼と気が会うようですね』って、馬鹿にされてる事」
「あれ、私をバカにしてたんだ」
ぶっちゃけ事実だから気が付かなかった。というか、傍から見てもハイドと気が合うって思われてるなんて、ちょっと嬉しいなとか思ってた。
「どうしてなのかな?君は毒を盛ろうとしても、俺が魔法を使えなくて、要らない存在で、俺に毒作る能しかなくても、嫌な顔ひとつしないで俺に会いに来る」
なんだろう、ハイドは今までで見たことの無い表情をしている。髪を片手でかき上げているせいか、いつもは黒い前髪に隠れて見えない隈に縁取られた紅色の目が、苦悩に染ったその瞳がこちらを見つめていた。
「........どうして、キーラはこんな俺から離れていかないのかな?」
そういって、ハイドは私の手首を握りしめた。
フラスコからシューシューと音がする。
「........確かに、人に毒を盛るのはあんまりよくないと思う。でも、毒が作れるのなら魔法は使えなくてもいいと思う」
私は慎重に言葉を選ぶ。私は今、たぶん今までにないぐらい緊張している。
「例えば睡眠魔法はハイドが前に作っていた安眠ガスで代用できる。むしろ魔法は、異常状態解除の正気魔法である程度レジストできる。でもガスは吸ったらそれで終わりだ。その点では毒の方が厄介」
冒険中にそれで酷い目にあった。
アンスリープメリーという羊型の魔物が居る。そいつは促眠の毒を毛から放つ。前にそれを吸ってしまい敵の目の前で眠ってしまった事がある。お父様とおじ様は眠っている状態でも戦えるタイプだったからよかったけど.......って今この話をすると長くなる。
「それに、そういう凄い毒を作れるのはハイド以外、私は知らない」
そうなのだ。この世界、回復ポーションは研究されて沢山の作られているけれど、状態異常状態をもたらす毒はあんまり作られていないみたいなのだ。
冒険して色んなポーション売り場を見たことがあるが、ハイドが作ったみたいな凄まじい効力の毒は他に見たことがない。
「だから、ハイドは特別で凄い人だ」
そう言って、逆の手でハイドの手首を握りしめる。強く。
これで伝わってほしい。私は離れるつもりなんて全くないんだと。ハイドは凄いやつなんだと。無知な私とも飽きないで話し続けてくれる、良いやつなんだと。
私は自分より爵位の高い貴族相手に毒を盛った挙句、署名させるなんていう芸当出が来る人をハイドの他に知らない。
「........っ!」
ハイド薄紅色の瞳からボロボロと水が零れてくる。
「泣いてる?!」
「........手首、折れてるんだけど」
「え?ごめん!痛い?」
「痛いよ」
強く握りしめすぎたみたいだ。泣かせてしまった。最近はなかったんだけど、今回は緊張して力加減を間違えてしまったみたいだ。申し訳ない。
慌てて治癒魔法をかけようとすると抱きしめられた........なんで?
「治癒魔法がかけれない」
「かけなくていいよ。さっき作ったポーション飲むから」
いや。そのポーション怪我は治るけど痛みは残るんじゃないっけ?
「........キーラは俺が魔法が全然使えなくても、そばに居てくれるんだね」
「もちろん、ハイドは私の友達だから」
「.......アハハっ、なんだろうこの気持ち。俺は今君に、無性に、致死量の毒を飲ませたい」
「やめて」
死んじゃうから。
そんなに手首折られたの怒ってる?ごめんね?
あといつまで抱きしめるの?ちょっと恥ずかしいんだけど。
あとさっきから思ったけどハイド、めっちゃ顔がいい。前髪で隠れて気が付かなかった。目の下の隈を消し去ったらただのイケメンになる顔をしている。
それこそ、乙女ゲームの攻略キャラになっていてもおかしくないイケメンだ。