『瀕死は無傷だ。だから死ぬ気で闘え』
「ここがこれから4年間生活する寮か」
流石、貴族が通う学園なだけあって、豪奢な作りをしている。なんで学生寮の個室なのに高そうな壺とか絵画とか飾ってあるんだ。意味わからん。
え?入学式をすっ飛ばしてないか?って。
大丈夫ちゃんと参加して来た。いい睡眠時間だった。
別に寝ようと思って寝たわけじゃない。弁解させて欲しい。
生徒会長、学園長のお話があるのはまだ分かる。それに加えて、王族、2〜4年生の話、新入生代表だけじゃなくて、新入生の中で公爵家の人は取り敢えずお話、王族もお話……権力の関係か知らんけどめちゃくちゃお話する人が居る。眠ってしまうのも仕方の無い状況だったんだ。
そもそも、私は勉強するのと同じくらい、人の話を黙って聞くのが嫌いである。
というわけで、入学式について語る事はとくにない。
それより、この寮の方が今は重要だ。
「この部屋をもう1人の生徒と使うはず。もう1人もすぐ来るかな?」
その疑問に答えるように寮室の扉が開いた。ベストタイミングである。
扉を開けて入ってきたのは小柄な女の子だった。クリっとしたアーモンド型の緑の瞳が印象的である。その小さな体躯を包むのは黄色のドレス。そこから伸びる腕の細いこと、細いこと。きっとフォークより重い物を持ったことがないに違いない。
「いかにも、良いとこのお嬢様って感じの子だ」
「出会い頭から失礼な人ですわね」
心の声だったつもりが、口に出てたみたいだ。申し訳ない。
この部屋に入ってきたお嬢様っぽい女の子、ってことは同室の同級生ってことだよね。
「あなたが同室の子だね!私はキーラ。これから4年間よろしく!」
「グレイアム伯爵家の野生児でしょう?知っていますわ。わたくしはアリスティーナ・ダブヒルンテ・トリッピング。よろしくお願いしますね」
「........アイス・ダブル・トッピング?」
「アリスティーナ・ダブヒルンテ・トリッピングですわ!!本当に失礼な人ですわね!」
そう聞こえたんだから仕方ないじゃないか。この世界の人の名前ってすごい聞き取りにくいんだよ。私は人の名前を聞き取るのがとても苦手って言うのもあるけど。
「そっかー。アリスちゃんだね。私はキーラって呼んで!」
「そして人の話を聞かない人ですわね!!........はぁ、なんで私がこんなアホ娘のお付け目役になってしまったのでしょう。いくらキカルテット様からのお願いとは言え........」
「お父様のこと知っているの?」
「キカルテット様から貴方が『勝手な行動』をしないよう、見張り役を仰せつかったのです」
「なんで?」
「キカルテット様は貴方のことを、『学と常識を教え忘れたから、学園で何か問題を起こしてしまうかもしれない。学園を半壊させるぐらいなら何とかなるが、うっかり王族を殺害してしまったら洒落にならんから』と私に学園で貴方のサポートをするよう、仰ったのです」
「へぇー、そんなんだ。じゃあ私、寮内の構造把握のために外行くけど、アリスちゃんは早く寝なよ」
「........キカルテット様がなんで見張り役をお頼みになったのかを、今、身をもって、知りましたわ」
アリスちゃんは疲れたような顔で大きな溜息をついた。そしておもむろにその細い手で私の手首を掴む。ぎっちりと。
私が軽くチョップしたら簡単に折れそうな細腕のどこにそんな力があるんだろう。
「そういうのを、『勝手な行動』と言うのです!!」
と、いい笑顔で言った。にこやかな笑顔なのに怒っている感じがする。なんでだろう。わかんないけどアリスちゃん怖い。
掴まれた手首からギチギチと音がしてきた。
「でも、いくら警備が万全とはいえ、もしもの時の為に地形把握は重要だし........」
「いいから、貴方は、もう寝ろ。寝て、くれ、くださいませ」
「........はい」
これは、逆らったらダメなやつだ。学はないけど、私は賢いから分かる。これに逆らったらきっと手首が折れるだけではすまないだろう。
アリスちゃん、恐ろしい子。
「はいはい、わかった。じゃあね、おやすみ」
「ドレスのままで寝ないでくださいまし!」
「めんどくさい」
「こらお待ちなさい!ドレスを脱ぎ捨ててはなりません!」
「........わかったよ、ママー」
「ママではありません!!」
こうして私の学園生活1日目は過ぎていった。
☆☆☆
「いいですか、今日はクラス分けの試験があります。くれぐれも勝手な行動をなさらないように」
朝、ブレックファーストをだべている私に、アリスちゃんは言った。昨日も言っていたけど、勝手な行動な行動ってなんだろう。でも頷いとかないとめんどくさそうだ。
「わかったよママー」
「だからママではありません!ちゃんと聞いてまして?」
「今日は大事なクラス分け試験だと言うのにこのアンポンタンのせいでよく眠れませんでしたわ」と言いながらコーヒーを飲むアリスちゃんはなんだか子育てに疲れた主婦のようだ。
「クラス分け試験か」
クラス分け試験というのは読んで字のごとくクラスを分ける試験の事だ。これは新入生だけでなく、全ての生徒が対象である。
試験内容は魔物を時間以内に倒すと言った簡単なもの。だが魔物は中々に強く、とても生徒一人で倒すの難しいらしい。
でも、お兄様は『殴れば勝つる』とドヤ顔で言っていたから、本当はそんなに強くないかもしれない。
試験は学園内にある闘技場で行われ、その様子はなんと、上流貴族に騎士団長、魔法師団長、果ては国王まで見に来て、スカウトなんかしたりする。自分の実力を売り込むには最適な一大イベントなのだ。
「貴方、そんなもちゃもちゃと食べていたら遅れますわよ!」
「アリスちゃん、食べるの早い」
「貴方が遅いのです!........ああ!もうこんな時間!試験が始まります、行きますわよ!」
時計を見て慌てるアリスちゃんは、ナプキンで上品に口を拭くと、まだ食べていた私の手をとって歩き始めてしまった。
「私のコンビーフ........」
「コンビーフはお昼でも食べれるでしょう!!」
☆☆☆
「今度こそ、俺はCクラスから脱出する!」
「オレ、この試験が終わったらマチョリアに告白するんだ」
「もうこんなのイヤだオウチカエリタイママァ!」
「無理だ無理だ無理だ」
「後のことは頼みましたよ........」
「南無阿弥陀仏」
「おい見ろよ、新入生達ビビって震えてるぜ」
「いや。お前自分の足見ろよ、ガクガクしてんぞ」
たどり着いた先は阿鼻叫喚地獄だった。
1度体験している先輩方は過去に何があったのか、物凄く震えている。人によっては言語が不自由になっている。本当に何があったんだろう。
何も知らない新入生はそれに当てられて、わけも分からず震えるしかない。
試験内容を知ってる私もなんだか不安になってきた。
このゲームを知ってるとはいえ、実際にプレイした訳では無いから細かいストーリーは全く分からないのだ。
もし、物理攻撃が効かなくて、物凄く強い魔物だったらどうしよう。物理攻撃が効けば、ある程度の魔物には勝てるけど........。
「あ、騎士団長が来てる」
「こら、指をささない!不敬ですわよ!」
すごい勢いで指を弾かれた。指がちぎれるかと思った。昨日も思ったけど、骨を折らんばかりに手首を握ったことも含め、アリスちゃんは結構力が強いみたいだ。
「王様も来てる」
「なんですって!国王様もいらっしゃているの?!なら殊更気合いを入れねばなりませんわ」
「わざわざ?」
「何を言ってるんですの?第2王子、エドワーズ・クレア様には婚約者がまだ居ないんですのよ?」
それとこれに何の関係があるんだろう。どういうこと?私、全く分からない。
だから、『あ、そういえばこの子バカな子だった』みたいな顔で見ないで欲しい。普通わかんないから!急に話飛んだし!
「はぁ。つまり、ここで活躍し、国王様に見初められれば、エドワーズ様の妃になれるかもしれない、ということですわ!!」
「王様が『お主強いのう、よし、儂の息子の妃にしてやろう』とか言ってくれるかもしれないってこと?」
「そういうことですわ。無知の割に物分りがよろしいようで」
「昨日からだけどアリスちゃん結構、私にずけずけと暴言吐くね」
「事実を述べて何が悪いのです?」
「それもそうか!何はともかく、王様の目に止まるといいね。頑張れ!」
「もちろんですわ。そしてわたくしは、ゆくゆくこの国初の女王になりますから!」
「すごい!応援してる」
アリスちゃん、凄い野望だ。
そのキラキラとした瞳を見てると本当に叶えそうな気がしてくる。もし女王になったら私は女王の友達、ってことになるのかな。楽しみだな。
「それにしても、先程から先生が何が仰っていますが、聞こえませんわね」
「試験内容を喋ってるのかな?」
フード付きのローブをはおり、自身の身長ほどもある大きな杖を持った、いかにも魔法使いですと言った風貌の人物が壇上で何か喋っている。多分、学園の先生だ。
大声で話してるようだが、如何せん周りが五月蝿すぎて聞こえない。
そのことにその先生は気がついたのだろう。
おもむろに懐から鞭を取り出して振りかぶった。
おもむろに懐からムチを取り出して振りかぶった........え?
バッチーーン。
そんな音と共に先生の近くにあった、大きな兎の彫像は砕けた。
「はい、皆さんが静かになるまでに兎の彫像が一つ砕けましたー」
一瞬にして会場は静まり返った。
「声が通るようになった所で早速、試験内容説明する。と言っても簡単だ。時間内にサンドイッチカブトを倒せ、以上だ」
サンドイッチカブト。通称サンカブと呼ばれる魔物だ。二匹のカブトムシのお腹を張り付つけて、5メートルぐらいでっかくして欲しい。そう、それがサンドイッチカブトだ。
........良かった。雑魚敵だ。
このクラス分け試験、勝ったな。
「魔法、武器、ポーション何を使ってもいい。とにかく闘え。そして喜べ。今年も、もしサンカブを倒せた生徒は、特別にAクラス確定だ」
え、マジで?いいの?
凄いぬるいな。でも、私みたいに冒険したりして、サンカブを倒した事ある人ばっかじゃないから、こんなもんか。
そういえばお兄様は4年間ずっとAクラスだったな。ことある事に自慢するからクラスのことはよく知っている。
AクラスというのはA、B、C、Dの中で1番上のクラス。つまりとびきり優秀で、武力、知力ともに秀でた人が入るクラスだ。
逆に言うとクラスが下がるにつれて生徒のレベルが下がっていき、1番下のDクラスは『どうしようもないのD』と馬鹿にされると、お兄様は言っていた。
知能は、入学前に行われた筆記試験の結果が反映されるのだろう。私も受けた。散々だった。
名前はちゃんと書いたから1点ぐらいは入ってて欲しい。
........でもよかった。筆記試験が悪くてもアレをぶっ倒せば、Aクラスらしい。本当によかった。
Aクラスに入ったらきっとお父様もお母様も褒めてくれるに違いない。頑張ろう。
「まぁ、そう簡単には倒せないがな。今年は何人瀕死になるかな」
爽やかな笑顔で先生は言った。
手に持った鞭をバチンバチンと床に叩きつけながら。
「安心しろ。王族印の完全回復ポーションを用意している。瀕死は無傷だ。安心して戦ってくれ。........むしろ、先生たちは瀕死になった生徒の数で賭けをしている。だから先生的には150人ぐらい瀕死になってくれると、とても嬉しい」
150人って生徒の半分近くだぞ。
なんて先生だ。周りの先生方も深く頷いてるし、見に来た人達もなんかニヤニヤしてる。これ本気なやつだ。とち狂っている。
「では犠牲者諸君、沢山の瀕死者をいの......ゲフンゲフン。では生徒諸君、決死の健闘を祈る!!」
そんな先生の高らかな宣言と共にクラス分け試験は始まった。