生贄になった事無いからやってみたい!
「───魔王、左翼側、2秒後に爆炎。
んで、半径3メートルで幻影」
「了解っす!」
「ハイド、8秒後に右斜め前!18秒後に魔王の回復」
「はいよ。そっちに針何?」
「3本痺れ。後方足4!8番の罠発動────7秒、来る!」
現在、クローモ山にて戦闘中。
今日の朝ごはんは昨日の残りのカレーでした。2日目のカレーってなんか一段と美味しいよね。
今戦っているのはサールの群れ。
1メートルぐらいの大きさの猿を想像して欲しい。その猿の毛の色を緑にして牙と鋭い爪を生やして欲しい。そう、それがサールという名の魔物だ。生態は猿とほぼ同じ。集団で生活し、集団で襲ってくる。あとすばしっこい。
ゴブリンとは比べもんにならないぐらい頭も良い。
「ッチ、数が多い」
「キーラ、火炎、後方、範囲ずらすから右に吹っ飛ばして!」
「罠3、2秒後っす!」
魔王は言うまでもなく強い。小規模、高火力の攻撃を連発して猿を倒している。
大規模だと薬草ごとこの山が禿げてしまうからね。だいぶセーブして攻撃してるみたいだ。
ハイドは、太めの針をダーツみたいにして敵に当てている。もちろんハイドブレンドの毒付きだ。
当たっても致命傷、掠っても致命傷........恐ろしい武器だ。
「........とっ、ボスのお出ましだね」
「早かったすね」
戦闘開始から30分。
クローモ山の大ボス、ボスサールの登場。大きさは3メートルぐらいかな。結構でかい。
それにしても思ったよりすぐ来た。もうちょいかかると思った。
「私が殺る。背中は任せた」
2人にそう言いつつ、私はボスサールに剣で攻撃を仕掛ける。
弾かれた。
「この毛皮が厄介」
やっぱり物理軽減付きだよ。これだからサールのボス討伐は面倒くさい。サールが上級魔物である理由はこの辺にある。勿論群れで攻撃を仕掛けてくるのも大変だけど、この耐性持ちの毛皮のせいでなかなか倒せないのだ。
でもボスが倒さないと魔王連れて来た意味が無いから頑張らねば。
「魔法はどうかな?」
猿の素早い爪攻撃を避けつつ。無属性の裂傷魔法を放つ。
当たったが、効果はない。以前としてつやつやな緑の毛が有るばかり。
「魔法無効まで着いてんの?この猿!」
猿のくせに生意気だな。物理と魔法耐性付いてる毛皮とかめっちゃめっちゃ上級素材じゃん。館ひとつ建つレベルだ。
「すばしっこいな........っ!」
「キーラさん手伝うっすよ!」
いや、大丈夫。
一旦ボスサールなら距離をとり、こぶしを固める。助走がポイントなのだ。
「そーぉれ」
バゴンっ!
そんな音と共にボスサールをぶっ飛んだ。
ボスサールは目を回した。ボスサールは痙攣している。
「こぶしは最強」
大抵の敵は殴れば勝つる。これグレイアム家の常識。
幾ら毛皮が物理や魔法を無効にしても中に詰まっている脳みそがシェイクされれば脳震盪を起こす。
敵は簡単に倒れる。
あれだ、凄い硬い鎧に爆風が当たって、その鎧が硬いばっかりに着ている人がダメージを負うのと同じ原理だ。
「........流石っすね!」
「魔王、今のうちによろしく」
「わかってますって─────汝ら我が支配の属人にて隷物となりて従属せしたり........以下省略するっすね─────服従魔法、『アミサンカラ』」
世界が塗り変わる。魔王の膨大な魔力が山を覆う。黒にどっぷりと浸かる。
昼だったはずの空には夜の帳が落ち、月が顔を出す。とこからも無く烏が舞った。
「........サールが攻撃を止めた?」
「ハイドさんもう倒さなくて大丈夫っすよ。魔法で今は自分の支配下に置いてるっすから!」
さっきっきまで嬉嬉として私たちを殺しにかかって来ていたサールの群れが、今は魔王に頭を垂れている。
「魔王っぽい」
「魔王っぽいじゃなくて自分、本物の魔王っすよ!」
いや、ココ最近、船の上ではゲーゲー血を吐いたり、宿屋に騙されたりしてて、あんま強そうな印象持てなかったからさ。
でも、これで薬草探しは楽になる。
「どういうこと?俺なんも聞いてないんだけど」
「魔王は魔物を従える魔法が使える」
「それで?」
「この魔法の発動条件の1つが、群れのトップを倒す事なんすよね」
「今回の場合はこのサールの群れのボスを倒したことによって、トップが魔王に入れ替わったって感じ」
今はボッチだけど、6年前はこの方法で魔物を次々と従えてて凄かった。魔王軍として世界各地を制服するぐらい数居たからね。
「だからコイツら使えば薬草もすぐ見つかるっすよ!」
「魔王を連れて来たのはこういう訳だったのね」
「そういうこと」
さすがハイド、理解が早い。
「というわけで───我が魔を統べたる王の名において命ず、小人草を探せ───」
「魔王って魔王やってる時キャラ変わるよね」
一人称『我』になってるし。語尾に『っす』付けないで古風な喋り方するし。
「子供の夢を守るためっす。こっちの方が魔王ぽいっしょ?魔王は冷酷無慈悲なイメージなんすよ」
アイドルのキャラ付けみたいだな。
「サール森に散ってたけど、魔王の言葉わかるもんなんだね」
「まぁ、大体は──────まじっすか?!」
急に魔王は叫ぶ。なんだなんだ。
「なんかした?」
「........多分小人草見つかったっす」
「「はっや?!」」
はっや。え?早すぎでは?
小人草って国宝になるぐらい貴重なんだよね?
1000人の軍隊が派遣されてやっと2本見つかるレベルのお宝なんだよね?
「ほんとに?」
「支配下に入ったら、自分に嘘をつけない。だからマジだと思うっすよ──────あ、今こっちに持ってくるみたいっす」
その言葉が言い終わるのと同時に1匹のサールが木から魔王の前に落ちてくる。
「あだっ!」
着地に失敗して魔王の顔面に張り付いた。
手に持っていた草、薬草が魔王の鼻に突き刺さる。
サールは何が起こったかわかっていないようだ。顔から降りることなくバタバタしている。
「猿も木から落ちる......」
「キーラ多分それ使い方間違ってる。そんな気がする」
そんな事を言っているうちに、魔王は顔からサールをどけ、鼻に突き刺さった薬草を抜いた。
「ハイドさん、この薬草で合ってるっすか?」
「どれどれ........うん。間違いない。これは小人草だ」
あっさり手に入ってしまった。
いや、嬉しいことなんだけれども。なんかもっとこう大変な気がしたんだけどなぁー。
なんかこう、迫り来る敵を掻い潜り、眠りもしないで探し、でも見つからなくて、崖に落ちて、たまたま見つける!!........みたいなハートフルストーリーを想定していた身としてはなんというか、肩透かし?
「何はともあれ、早く見つかってよかった」
「そうだね。早く帰って調合しよう」
魔王様々だ。魔王がいなかったらこんなに早く事は運ばなかっただろう。
「魔王、ありがとう。これなら余裕でアリスちゃんの葬儀に間に合う」
「とんでもないっすよ!キーラさんのためなら自分、なんだってしますから、ね?」
そういっていつものように抱きしめてくる。
「俺、モルモットとして魔王が大好きだけど、今みたいな所、とても、殺したいぐらい大嫌いだなぁ........」
んで、ちょっとばかし物騒な事を吐きながらハイドが引き剥がしてくれる。
この流れが3人で旅を始めてからのテンプレだ。
今日でこの旅も9日目。
帰るのに大体7日かかる。けど、それを足しても葬式の5日以上前に着く。
「余裕だね」
間に合うか心配だったけど、全く問題なかった。
むしろアークレイくんがキス出来るかどうかが心配だ。練習ちゃんとしてるだろうか。
☆☆☆
あっさり手に入った小人草を持ち、私たちは山をおりた。
夕暮れの日が眩しい。魔王の支配魔法のせいで真っ暗な山にいたからね。
そこら辺の家からは煙がたっている。夜ご飯の準備だろうか。お腹を刺激するいい匂いだ。
「昨日はカレーだった、今日はシチューにしよう」
「今日もあそこに泊まるのかい?」
「そうっすよ!今日こそ眠れぬ恋バナをしましょう!!」
「恋バナはつまんないから怪談にしよう」
「怖い話っすか!いいっすね!」
魔王の恋バナは、大抵、サキュバスとのハーレムな話だ。ほとんど自慢なので面白くない。魔王だからモテモテなんだってさ。
「意味が分かると怖い系はやめてね」
「なんでっすか?面白いじゃないっすか!」
「ヒント、キーラ頭が弱い」
「ハイドそれヒントじゃない。答え」
「........なるほど!バカだから話されても意味わかないってことっすね!!」
「そうだけど、そんな大声で言わないで」
「折角キーラが傷つかないように、俺がオブラートに包装して100%の綿でくるんで話したのに」
そんなこんな喋りながら夕食の材料を買って、宿屋に向かう。もちろん、シチューの材料だ。
☆☆☆
草木も眠る丑三つ時。
「........なんか泣き声が聞こえる」
「キーラさんから怪談始めますか?どうぞどうぞ!」
「怪談じゃなくて、ほんとに聞こえる」
「え?」
しくしくとしゃっくりをあげる声。女の人だろうか。
こんなに深夜に聞こえるとか、まさかガチの幽霊?え待って無理無理ゴースト系は私ほんとに無理。物理効かない系は向き合いたくないレベルで無理。
誰だよ丑三つ時に怪談話しようって言った人。魔王だよ。許さん。
「ほんとだ、聞こえる。アッチかな?ちょっと見てくるね」
そう言ってハイドは外に出ようとするハイドの手を掴む。
いや待て待て、そういう風に様子見とかで最初に出てったやつは大概殺されるんだよ。私知ってる。ホラーゲームあるあるだよ。
「待って。危険かもしれないから皆で行こう」
「もしかしてキーラさん、怖いんすか?」
「怖くない」
「なんかだんだん近づいて来てないっすか?泣き声」
ファっ?!
........怖くなんかない、怖くないよー。大体のゲームでは怯えてるキャラから死んでいくんだ。だから全くビビってなんかない。
怖いくないからハイド、絶対にこの手離さないでね。
「女の子........かな?」
小屋の隙間から外を見たハイドがそう言う。
「あ、女ですね。人間っすよ」
「幽霊なんて居るわけないし、人間以外ありえない」
「キーラさん、あんま激しい否定は強い肯定っすよ」
え?なんの事かよく分からないなぁー。古文?
「人間の女がこうな時間に泣いてるって、結構珍しいっすね」
「タダならぬ雰囲気を感じるね........事案かな?」
「........声をかけてみよう」
私たちは藁の布団から起き上がり少女に近ずいてみることにした。
☆☆☆
「ううっ、ひっぐひっぐ」
虫も泣かぬ星夜。ひっそりと静まり返ったその場所でその少女は泣いていた。暖色のワンピースに頑丈な皮のブーツ、長い髪はひとつにゆってある。
見たところ、この村の住人のようだ。
「どうしたの?」
「ひぇっ?!」
驚かせてしまった。飛びずさる少女の顔は涙を流したせいで、暗くてもわかるほど真っ赤に腫れている。
「あ、あなた達は、き、きき貴族のっ?!ち、近寄らないで、ください!!」
「間違ってはないけど、近づいちゃ行けない理由にはならない」
泣いてる君を放っておく理由にもならない。
「『貴族はこの村に入るな!』ここの人間は皆そう言うっすね」
「俺達がいくら旅人だって言っても信じてくれない」
「旅人?巫山戯けないでください!!あ、あんた達も私を生贄として連れてくために来た人達の仲間でしょう?!........あっちからは逃げてきたのに!二手に別れて追うなんて反則です!!」
生贄?連れていく?逃げてきた?
ううーん?情報過多だな。全くこの少女の状況がわからん。あと、二手に別れて追うは別に反則でもなんでもないと思う。
「落ち着け、人間の女。キーラさんがわかるように説明しろ」
「ひっ!」
「あ、民間人の前は魔王モードで対応するんだね」
「私達、あなたを捕らえに来た訳じゃない」
「え?違う?私をヨーグルーリトナ公爵の館に連れていかないですか?」
「違う。ヨーグルト?って人は知らないし」
「ヨーグルーリトナ、だよキーラ。ノースタリア王国、公爵5家のひとつで、場所によっては国王より権威を有してる。王国建国の立役者でもあるね。だからヨークラーシャル家の紋章に描かれた燕がノースタリア王国の国旗にも入っている。そのぐらいの力を持っている有権者なんだ、ヨーグルーリトナ公爵家は」
「........つまり?」
「........この土地でめちゃくちゃ偉い人」
なるほど。最初からそう言って欲しかった。
「そのヨーグリーナ家があなたを捕まえようとしてる?」
「そうです。1年に1度、魔王鎮魂のため、処女の生贄を納める事はご存知ですよね」
「「「ん?」」」
ご存知ないですね。
「その儀式を執り行っているのがヨーグルーリトナ様です。この地下深くに眠る魔王が蘇ること、それ即ち国の崩壊です。ヨーグルーリトナ様はそれを阻止する為、魔王鎮魂のための生贄を領地や村、町ごとに収集しているのです」
魔王、生贄、処女、復活、国崩壊........?
「えーと、つまりあなたはその生贄ってこと?」
「そうです。今日連れていかれて明日、ヨーグルートリナ家に代々伝わる祭壇で鎮魂の舞を踊り、この身を魔王に捧げるのです」
だいぶ意味がわからない。
そもそも鎮魂ってなんだ。魔王は死んでないどころか死ぬのに困ってるし、眠るどころか今現在進行形で私の隣に居るよ。
しかも処女を生贄として、いたる町村からおにゃの子が貢がれるとか........何それ新手のハーレム?選び放題?
「........魔王サイテー」
「何を考えるかはわからないっすけど!誤解っすよ!魔力もない人間の女は贄になりません!」
「つまり、この女性は捨てるわけか........」
「ハイドさんまで?!何言ってるんすか!?」
『贄を捧げられてたのは昔の話で、今は貰ってないっすよー』と話す魔王。
もちろんこの女性に聞かれないよう、ここまで小声で話している。
「じゃあ、この魔王鎮魂なんちゃらに魔王は全く関係ないってこと?」
「そうっすよ!そもそも魔力を補うのに贄を使うのは効率が悪すぎるっす!」
「という事は........」
「魔王鎮魂っていう名目でヨーグルーリトナ家が生娘を集めてるっていうことになるね」
嘘ついて、各地の処女を集め、自分の家の祭壇で踊らせてるの?
しかも『生贄』ってことは........。
「大切なお役目という事はわかっています。村の人達もそう理解して居ます。ですが、ですが!あたしはまだ死にたくない........死にたくないんです」
少女は泣いてる。死にたくないのだと。
魔王を復活させない為のお役目だと信じ込み、行かなければならないと信じているが故に、『生きたい』という願望と葛藤し、涙を流している。
そんな儀式なんてものは無いのに。嘘なのに。
「人間ってこういう所あるっすよねぇー。自分、魔王で欲深いってよく言われるっすけど、自分からすれば人間の方がよっぽど強欲っす」
「毎年何人も女性を集めて、ヨーグルーリトナ家は一体、何をしているんだろうね」
「人間売買っすよ。生娘と言えばノースタリアのヨーグルーリトナ。よく聞く家名っすね」
「俺、きな臭い噂があるのは知ってたけどそこまでとは知らなかった。隣国だと情報が入りにくいね」
「300年ぐらい前から界隈では有名っすよ」
なるほど、なるほど。
300年前から人を騙して、売ってた訳か。
ふむふむ。
「わかった。そのヨーグルーリトナ伯爵家にカチコミに行こう」
「え?」
「キーラさんはそう言う気がしたっす」
「知らなかったら行かないんだけど」
知っちゃったし。
目の前で『死にたくない』ってなく少女を無視できるほど、私は腐ってない。
「キーラが望むなら行ってもいいけど、葬儀に間に合わないかもよ?」
「『今日連れてかれて、明日祭壇で踊る』って事はヨーグルーリトナがいる館はここから近いって事」
5日もかからん。今日中にに終わらせよう。まだ今日が始まってから3時間しか経ってない。
「キーラって偶に頭良くなるよね」
「隣国の貴族に喧嘩吹っかけるのは頭がいい行動なのか?というの置いておけば、っすけどね」
「下手しなくても国際問題だね。俺たち晴れて国際犯だ」
「バレなきゃ犯罪者にはならないから大丈夫」
大丈夫、あなたを泣かす悪いやつは私がぶん殴るから。
だから、ね。
「泣き止んで、女の子は笑ってる顔が1番可愛い」
って言うと、泣き止むし、上手く行けば恋に落ちるってお父様が言ってた。
どうやら本当みたいだ。少女はポカンとした顔で此方を見ている。腫れた目じりが痛々しいので治癒魔法をかけておく。
「........本音は?」
「身代わりで生贄やってみたい」
「キーラのそういう所、俺は好きだよ」
私は特に反対せず、国際犯になる覚悟で公爵家にでも一緒に殴り込みに行ってくれる、ハイドのそういう所、好きだよ。




