虫除けスプレーなしで山に入る........お前、正気かい?
目に入れても痛くないぐらい、かわいいかわーいいー我が愛しの娘へ
キーラが学園に入ってもう1ヶ月が過ぎてしまった。家に帰ってもキーラの『おかえりなさい』が聞こえない生活........寂しさで胸が張り裂けそうだよ。
まぁ、代わりにビックラビットの胸を張り裂いた。30メートル級だぞ。
どうだ?パパはすごいだろ。天才だろ?それほどでもあるからもっと褒めていいんだぞ?
トリッピッング家のご令嬢の話は聞いたよ。
友人の為に怒れるなんて我が娘ながら誇らしい。約束事と同じぐらい友人は大切にしなさい。
だが、まさか学園を壊すとは........いつか壊すとは思っていたが思ったよりも早かった。
壊すな、とは言わんから事後処理は迅速にな。
あぁ、そう。ノースタリア王国に行く、と言う話だったね。最近あの国はどうもきな臭い。気をつけるように。ついでにお土産買って来てくれるとパパとっても嬉しい。
謹慎の件はパパに任せなさい。上手く誤魔化しておくから。
友を救う愛しき娘の旅路に幸福と数多の祝福があらんこと。
追伸
魔王にはそのうちタコパしに行くからクラーケン用意して待っててくれと、伝えておくれ。
それともう1つ、入学の件は上手く行きそうだ、とも。頼んだよ。
キーラを愛して止まないカッコイイパパより
☆☆☆
「って言うことらしい」
「わかったっす!キーラさんとお父さんにはお世話になりっぱなしっすね。後で邪龍の逆鱗を持ってお礼に伺いますって伝えって欲しいっす!」
「わかった」
邪龍の逆鱗か。お父様、めちゃくちゃ喜ぶだろうなぁ。お父様龍の逆鱗大好きだから。
どのぐらいかと言うと、王様から逆鱗を賜った喜びで、大理石にクレーター作るぐらい。
謹慎のお礼と、魔王の言伝を返事に書いてハトちゃんに括り付ける。ハトちゃんは、バサりと羽を大きくふって青空へと飛びたった。
今日もいい天気だ。船に乗ってはや4日。ついにノースタリア王国に着いた。ようやくだ。船で揺られ続けたせいか、船から降りてもまだ地面が揺れている感じがする。
ハイドは虚ろな目で『おはよう地面、会いたかったよ地面、アイラブユー地面........』と呟いている。
だいぶ海にやられたらしい。可哀想なので背中をさすってあげる。
「何はともあれやっとノースタリア王国」
「........ほんとにね。途中海賊に襲われた時はどうしようかと思ったよ」
「いい臨時収入になった」
「自分、海賊に初めてあったっす!結構弱いっすね!」
「そりゃ、魔王に比べたらその辺の盗賊なんてミジンコに劣る戦闘力だろうね」
「ハイドさんに褒められると照れるっすー」
身分のいい人が沢山乗る船だったからだろう。2日目の夜中、私たちの乗っていた船は海賊に襲われた。
睡眠時間を邪魔されてガチギレした私は、服毒中の魔王と共に襲ってきた海賊のみならず、海賊が乗っていた船に乗り込み、荒れに荒れまくった。
最終的に『この金銀財宝あげるんで帰ってくれ下さいお願いします』と土下座された。
というわけで、私の懐はとても暖かい。お腹も空いてきたし、まずは腹ごしらえにどっかなんかすごい、高そうなものを食べに行こう。
「高そうなものってなんすか?」
「キーラは臨時収入を無理やりにでも何かに使いたいタイプだね」
何がいいかな。せっかくノースタリア王国に来たし、この国の名物料理がいい。
この国、前世の日本と同じような食文化なのだ。お米が主食だし、べっこう飴なんかははこの国の伝統芸術になってたりもする。
「自分、『寿司』が食べてみたいっす!」
「魚か、いいね。俺も生の『フグ』って言う魚を誰かに食べて貰いたいと思ってたし」
「フグ?美味しいんすか?」
「うん。意識明瞭なまま全身が痺れて、4時間で死ぬぐらい美味しいんだって」
「それはぜひ、食べてみたいっす!」
「俺も食べて苦しむ魔王がみたい」
「蕎麦にしよう」
「........キーラがそう望むなら」
そばにしようそうしよう。近くにあるし、蕎麦屋のカレーうどん美味しいし。
それにしてもこの2人、ハイドが魔王を殺しかけて以来滅茶苦茶仲がいい。
仲がいいことはいい事なんだけど、軽率に殺そうとしたり死にかけたりしないで欲しい。目の前でお茶飲みながら泡吹いて倒れる魔王とかトラウマもんだからね?女の子にそんなの見せちゃダメだよ?泣くよ?
あと、幾ら寿司屋でも生のフグを出す店はないと思う。
☆☆☆
「クローモ山の近くの村を拠点にするんっすよね?」
「そうだよ」
「だいぶ標高が上がってきたね」
ノースタリア王国の土地を踏みしめて2日。
私達は宿に止まりながらも寄り道することなくクローモ山を目指し続けた。
馬に揺すられすぎて地味に腰が痛い。座りだこが出来そうだ。
「あ、あったす!」
「どこ?」
「........大体34キロメートル先っすかね。結構大きし、宿屋もありそうっす!」
「すごいね魔王は。人外じみた視力だ」
「ハイドハイド!私も頑張れば15キロメートル先ぐらい見えるよ。すごい?」
「わーすごい。人間やめてるねー」
ふふん。ハイドに褒められた。この手の自慢を褒めてくれるのはハイドだけなのだ。
先生は『流石グレイアム家ダナー』って流すし、アリスちゃんに至っては『野生児は黙っててくださる?』って返される。
........アリスちゃん。
この6日間、朝はずっとハイドに鼻をつままれての、呼吸困難で目覚めている。アリスちゃんのシンバルの音が恋しい。耳がジーンとするぐらい、命の危機に比べたら全然優しい起こし方だった。
「私の清々しい朝のためにもアリスちゃんを目覚めさせなければ」
そんな決意を新たに、私は馬に揺られ、村に近づいてくのだった。
☆☆☆
「なんかピリピリしてる」
「そこかしこから睨まれてるね。部外者だからかな?」
「閉鎖的な村っすねぇー」
薬草採取の際、拠点とする村に着く。全く好意的では無い視線で村人達はお出迎えしてくれる。全くもって嬉しくない。
あ、こら。そこの少年!馬糞で包んだ石を投げるんじゃない!投げるなら石だけにしなさい。飛び散る馬糞も含めて避けるの結構大変なんだからな!
「魔王。あの糞ガキの首、ちょっとこう........コキッてやってくれない?」
「言われなくともやるっすよ........」
「ストップストップ」
え、待って待って。沸点低過ぎでは?ちょっとした子供の反抗じゃん。寛大な心で許してあげなよ。
「やぁーい。お前、玉ねぎ入ってない牛丼〜」
「........少年、君は私を怒らせた」
「え?今ので?」
少年。君は言ってはいけないことを言った。
「魔王は先に宿取っとって、ハイドは虫除けスプレー買っといて。私はちょっとあそこのクソガキに大人の怖さを教えてくる」
「虫除けスプレー?」
「........虫除けスプレーなしで山に入るとかハイド、正気?」
「いや、わかるけどこの状況で言われると思わなかったよ」
「よろしく」
「わかったっす!」
よし、これで心置き無くあのクソガキを懲らしめてやれる。
あ、アイツ身長の小ささを活かして人混みを抜けっててる........やるな。
「怒ったァー?怒ったー?」
「怒った!とても怒った!!牛丼から玉ねぎをとったらただの牛丼になるじゃないか!!」
そんなの許せない!
「いや、牛丼じゃん」
あのタレが染み込んだ、あまぁーいあの、玉ねぎを牛丼からとったら!
「ただ、焼いた牛の肉を白米に乗せただけの丼になっちゃうじゃん!」
「いや、それ牛丼じゃん」
違うんだよ、牛丼なんだけど、牛丼じゃないんだよ!伝われ!この思い!!
「捕まえた」
そうこうしているうちに少年を捕まえる。私から逃げようなんざ100年早いね。ワイバーンと追いかけっこしてる私から逃げられると思うなよ。
「ぎゃー、痴漢だァー!美少年を監禁してお菓子で太らせる女タイプの痴漢だァー!」
「割と具体的だけど全然違う」
痴漢と叫ぶとはいい作戦だ。思わず手を離しそうになった。だけどその方法は私に効かない。
さぁ、覚悟するといい。大人のお仕置だ。
「必殺、すごいこちょこちょ」
「いひゃ、あひゃちょ、っ、はっは、はっやめ、はっはっいひーっひひっ!」
「反省した?」
「うひひゃひゃはっん、せいひゃーひーはっしっ、た、はっはっ」
「ならば許そう」
これが大人の力だ。大人になるとこの攻撃は効かなくなる。ふっ、まだまだガキですねー。
「ひー。死ぬかと思った!!何すんだよオバサン!!」
........なるほど、こちょこちょが足りないようだ。
「うわっうわ!!冗談だって!!だからこちょこちょはやめて!ごめんなさい!!」
これが嫌だったらオバサンなんて呼ぶなよ?前世の年齢と合わせてもまだ33歳だ!私はまだ若い!!
と、そんなことよりも。
「なんで石を投げる?しかも悪意増し増しの馬糞着きで」
さては私達のこと嫌いだろ?と少年に問う。
「嫌いだよ」
「初対面なのに?」
「お前らみたいな貴族が居るから、姉ちゃんは、姉ちゃんは、うわぁーーーん!!」
「ちょ、待って!」
急に泣き出し、去って行ってしまう。追いかけようにも周りの人の『あ〜泣かせたーいけないんだァー』という視線が痛くて動けない。
なんて卑怯な手だ!
「それにしても........姉ちゃん?」
お前らみたいな貴族って。他にも貴族が居てそいつらが少年の姉ちゃんに何かをしたってこと?もしかしてこの村の住人が冷たいのはそれと関係あるのか?
そもそも、
「キーラ、虫除けスプレー買ってきたよー........ってどういう状況?」
「私達貴族に見える?」
「あー。俺達は兎も角、魔王は」
「魔王?」
「幾ら平民の服装して、角隠しても魔王のオーラ、というか覇者っぽい貴族の雰囲気が滲み出てるからね」
「........確かに、見た目だけは『我の前に跪け愚者共よ』って感じはする」
中身は体育会系の後輩だけど。一人称『我』じゃなくて『自分』だけど。
「でしょ。さしずめ俺達は魔王の従者とでも思われてるんじゃない?」
「お忍び貴族の従者的な?」
「そんな感じかもね」
なるほどねー。やっぱり魔王の雰囲気は隠せないねー。流石魔王。
「キーラさーん、ハイドさーん!宿取れたっすよー!!」
私達が従者って言うより、魔王が従者っぽいことしてるけどね。
☆☆☆
「は?」
「えっ?」
「いやぁーこんな部屋あるんすねー。自分初めてっす!」
広い部屋だった。部屋というより小屋だ。
床は黄色でフサフサしている。これは干し草だ。
動物がつながれている。と言うか私達が乗ってた馬だ。
はい。どう見ても馬小屋ですね。ありがとうございましたー!
「ここどう見ても馬小屋だよね?絶対人が泊まる場所じゃないよね?と言うか既に馬がお泊まりしてる感じだよね?!」
「ハイドはさん落ち着いて下さいっす」
「落ち着けるか!魔王、世間知らずだとは思ってたけど宿も取れないの?」
「とったすよ!ここの宿屋に聞いたら『お貴族様と違って干し草をベットに馬を暖としながら夜を過ごすのが平民の常識ですよー』って此処に通されたんすよ!」
「どう考えても騙されてるね!」
「そうなんすか?!キーラさんもそう思うっすか!?」
「うん。流石に馬小屋は人の宿にはならないと思う」
どう考えても嫌がらせだろう。
「確かに、自分1000年ぐらい生きてて初めて知ったっすけど........でもあの人いい人だったし」
そりゃ、初めてだろうね。
「夕ご飯の料金払ってないのに人参くれたんすよ?そんな人を疑うなんて!2人とも人としてどうかと思います!!」
「え、俺達が悪いの?」
「いや、私達は間違っていないはず」
あれ、魔王めちゃくちゃキラキラした瞳で言ってるけど、私達が正しいんだよね?
人参くれても馬小屋に案内するような宿屋はいい人じゃないよね?
「ここの宿屋が食中毒で無くなれば、部屋は使い放題になるよね?でも1ヶ月も使わないのに殺人は........あ、俺達がいる間は監禁しとけばいいのか」
「そんなにこの部屋やなんすか?」
「非常時なら兎も角、俺は動物臭くない布のベットで寝たい」
まぁ、それもそうだよね。
でも、ここを案内する限りここの店主、だいぶ私たちのこと嫌いみたいだからなー。ここを拒否ったら馬ごと外に放り出されそうだし。
「野宿だと思えば、いける」
「キーラ?!」
「そうっすねー。自分、野宿初めてっす!」
うん。これは野宿。ちょっと干し草が服につくだけの部屋。外とそんなに変わりない!
ドガッ、ボッ、バコンっ!!!
「キーラ?!何してんの!?」
「ちょっと屋根に穴を」
「そりゃ見ればわかるよ!」
「なんで火炎魔法で屋根燃やしたんすか?」
「野宿って言ったら満天の星空でしょ?」
あと、自分たちで作ったカレーと、キャンプファイヤー。定番だよね。
青春漫画で川辺で殴りあって友情を育むレベルで定番だよ。
野宿に満天の星空がないなんて考えられないね!
「キーラ、実は怒ってるよね?」
怒ってない怒ってない。
全然怒ってない。魔王このやろうとか、その人参馬用だよとか、野宿と思わないとやってらんないとか、腹いせにぶっ壊したろ!とか全く思ってない。
そんなことを思う私を見て何思ったか、ハイドはため息を着いた。
「いいっすね!星空見ながら恋バナとかしてみたいっす!」
「このメンツで?........もおいいや。キーラ、寒いから火起こして」
「火加減は任せて。伊達にゴブリンの村焼き払ってないから」
「この小屋まで焼き払わないようにね」
この後材料を買って、カレーを作った。人参も有難く使用した。魔王の料理スキルにより、とても美味しく出来た 。
深夜まで軽くキャンプファイヤーをやって、歌いまくった。宿屋が怒鳴りこんできた。屋根の穴を見て悲鳴をあげた。
ちょっと腹の虫が収まった。
そんなふうに騒ぎながらその日は終わった。
星空は綺麗だったが恋バナはしなかった。
どうもイガリーです。
誤字報告してくださる神に感謝感激雨あられなイガリーです。前回もほんとにありがとうございました。マジで。
また、ここまで読んでくださった方々ほんとにありがとうございます。




