眠れるアリスちゃんに王子のキッスを
ふと目が覚める。
目の前には知らない天井。家でも、寮でもない場所で私はベットに寝っ転がってるらしい。
夜のようだ。窓から零れる月明かりが辺りを薄ぼんやりと照らしている。
「お兄様?」
慌てて起き上がると、ベットサイドの椅子に正座で座っているお兄様を見つけた。
どうやら寝ていたらしい。正座で寝るなんて、相変わらず寝相が悪い人だ。
いや待って、なんでお兄様がここに居るんだ?そしてここは何処だ?
「........起きたか。じゃぁ、私は帰る。妹よ、また会おう」
そう言って私の頭をひと撫でし、去っていく。
え、ちょっと待って欲しい。待ってこれどういう状況?説明一切無し?
「ほんとにお兄様帰っちゃったし」
ほんとに状況が分からないなんでお兄様がいたの?今何時?ここは何処?私はキーラ。
........ちょっと整理する為に今までの事を思い出してみよう。
確か私は夕食を2時間ぐらいかけて食べた。メニューはラーメン。麺を1本1本食べた。
次にその辺をブラブラした。そしたらめちゃんこ可愛い猫ちゃんに会って、ずっとなでなでしてた。
で、流石にいい時間になったから寮室に戻って........
「キーラ、もう起きたんだ」
「──────アリスちゃんは?」
戻って、アリスちゃんが倒れてたのを見つけたんだ。
「ねえ。ハイド、アリスちゃんは?」
「........大丈夫だよ。少し、覚めることのない眠りについてるだけ」
ドアを開けて入ってきたハイドはそう答える。手にはランプ?みたいな煙の出る装置を持っている。
その装置から甘い匂いがする。なんだか頭がぼんやりとしてくる匂いだ。
「覚めることのない眠りって?」
「........まだ夜だ。キーラ、今はもうおやすみ。後でちゃんと話すから」
んー。そっか。夜だもんね。眠らないとだね。うん。おやすみー。
☆☆☆
話し声が聞こえる。この声は、ハイドとアークレイくんだ。
「犯人を........結果、........」
「そうだったのか........は?」
「ええ、........して吐かせた所、キーラ様に........らしく」
「ふぅん。でも........して、トリッピング令嬢に........だね」
「........はい。で、使われた........は」
「おっと、話はここまで。キーラが起きたみたいだ」
なんの話だったんだろう。
わからないけど、肩を揺すられたので目を開く。
「キーラ様おはようございます。と言ってももうお昼ですけどね」
「おはよう、アークレイくん」
「うん、バッチリ9時間効果!実験成功!おはよう、キーラ!!」
「おはよう。テンション高いねハイド」
「まぁね!色々あったし、徹夜しちゃったからね!」
実験成功ってなんだろう。よくわかんないけど嬉しそうで何よりだ。
私はベットに横たわっているらしい。
相変わらず、知らない天井が目の前に広がっている。
「........お兄様が居た気がしたんだけど」
「ああ、キーラのお兄さんね........」
「凄まじい人でしたね........」
「なんかあった?」
「なんかもなにも、元々はキーラのせいだけどね」
「もしかして覚えてませんか?あれだけのことをしでかしたのに!?」
「うん」
アークレイくんとハイドは2人揃って大きなため息を着いた。
あれだけの事ってなんだろう。というかそもそもの状況が全くわからん!
「何があったの?」
「いいでしょう、1から説明致します。その耳の穴かっぽじってご自分がなさった事、よくよく知りなさい」
「なんかアークレイくん怒ってる?」
少し、目が血走ってるよアークレイくん。もしかしてアークレイくんも徹夜だったのかな。
ハイドと一緒にいる事に関係あるのかな?
「ハイドリックも他人のフリしないで!一緒にキーラ様に説明しましょう」
「めんどくさいね。アークレイ、君に任せたー」
「僕だってめんどくさいですよ!」
「聞く準備は出来ている」
それにしても呼び捨てし合うなんていつの間に2人は仲良くなったんだろう。
「まずですね........」
そう言って説明を始めるアークレイくん。
その内容を私なりにまとめると、こうだ。
私、自我、魔力ともに暴走。
私、寮を半壊させる。
私の寮破壊を止める為に、王都からお兄様を連れてくる。
兄、私を止める。
兄、ついでに学園を半壊させる。
兄、帰る。
私、目覚める。
「学園半壊か........大変だ」
「寮もです!!お陰でほとんどの生徒は眠れぬ夜を過ごしました」
「ここは?」
「半壊を免れた学園の医務室です。あんだけ壊しといて怪我人が1人も出なかったのは奇跡ですね」
「教室も壊れた?」
「そうですね。今は『グレイアム家直属の修復部隊』という方々が学園を直しているそうです」
成程、彼らが来ているならすぐに直るだろう。よかったよかった。
やった記憶ないけど、私が寮を壊しちゃったらしいし。
私達の家族はよく物を壊す。
屋内で人を殴ったらまず、その人は屋根を突き破って吹っ飛ぶ。
ちょっと兄妹喧嘩をするだけで家の2階が吹っ飛ぶ。
私達家族はイラッとするとついでに威圧魔法を使う。すると何故か家中の窓が吹っ飛んでいる。
1番ヤバかったのはお父様で、王様と謁見している最中にうっかり頭で王室の大理石に大きなクレーターを作った。
もうほんとに私の家族は軽率に器物破損を引き起こしてしまう。
壊さないようにしているのだが、何故か壊れている。だからもう諦めて『壊さないようにする』じゃなくて『壊したら、如何に早く元どうりにするか?』という方向性にチェンジした。
その結果が『グレイアム家直属の修復部隊』だ。
彼らは建物修復、復元魔法のエキスパート。学園ぐらいなら1日足らずで、復元出来る。
「キーラ。物思いふけってるけど、状況も説明したし、そろそろ本題に入っていい?」
アークレイくんが私のしたことを話してくれる間、ずっと何かが書かれた紙を読んでいたハイドはそう言った。
何を読んでたかは知らんが、随分険しい顔をしている。
「本題?」
「そう。本題........トリッピング令嬢のこと」
アリスちゃんのこと。
──────────。
「キ、キーラ様!!」
「どうどう、落ち着いて。また暴れる気?」
おっと、申し訳ない。無意識だった。
今まであえて考えようとしなかった事。気づかない振りをしたこと。アリスちゃんのこと。
私は溢れだしそうになる魔力を抑え、聞く。
「アリスちゃんは?」
「アリスティーナ様は眠っています」
眠ってる。
「死んでない?」
「は?!勝手に殺さないでください!!生きてます!!」
「だってハイドが、覚めることのない眠りに何たらかんたらって言ってた」
頭がぽわぽわしてて、はっきり覚えてないけど絶対そう言ってた!
「うん、言ったよ」
「死んでるじゃん!」
「違います!そう言う毒を受けたのです!」
毒、とな。
「そう。ネムリンゴっていう毒林檎。別名はシラユキヒメ。1口食べただけで永遠に眠ったままになる。死ぬことは無いけど起きることも無い、そんな御伽話みたいな毒」
「アップルパイに使われていたのをアリスティーナ様は食べてしまったのです」
「すごい貴重な毒だよ。それ食べて眠ったら最後、体が退化どころか、成長もしなくなる。摂取者は時間が止まったように眠り続けるんだ」
アリスちゃんはそのリンゴを食べたせいで、眠っている状態らしい。
命に別状は無い。
「けど目覚めないって........」
もうアリスちゃんと話す事も、小言を言われることも、手を繋ぐ事も出来ないって事でしょ?
それってもう........のと同じじゃん。
「目覚めるよ?」
え?
「今、眠り続けるって」
「ネムリンゴは人に盛る毒です。そういう毒には必ず解毒薬が作られます。その方が便利ですから」
『人を脅す時とか人質代わりになります』と言うアークレイくん。
「そ、けど残念な事に今回の犯人は解毒薬を持って居なかったようでね」
「拷問して確認しましたが、ホントに持っていないようでした」
え、もう犯人わかってるの?
私が直々に探し出して殴り殺そうと思ってたのに。
てか、アークレイくんの顔こっわ。いつもの小動物的な可愛い顔が大変なことになってる。
すごい、物凄い顔をしている。
私知っている、こういう顔してる人は何をやらかすかわからないって。
アークレイくんはアリスちゃんのことが大好きだから。何をするか分からない。
「でも、俺なら簡単に作れる薬だ。材料さえあれば、ね」
「材料さえあれば?」
「その材料の小人草がとても貴重な物なのです。貴重すぎて値打ちがつかないので、宝物として王城の倉庫に保管されるぐらい」
小人草、冒険中に聞いたことがある。
確か、7つの人型の葉っぱが着いたのが特徴の薬草で、隣のノースタリア王国の山奥に生えてる。魔物がうようよする山だ。
危険で、見つけにくい上に、個体数が少なく、繁殖も遅い薬草のため、5年前に1度1000人単位の大捜索をしたが、2本だけしか取れなかったらしい。
........と、冒険者達が言っていた。私も大人になったら探しに行こうと思っていたお宝だ。
「使うとしたら、王様から貰わないといけないんだ?」
「はい。でも許可が出るかどうか........」
そんなお宝になるぐらい貴重な薬草を、いくらアリスちゃんが伯爵貴族とはいえ、1個人に譲ってくれるだろうか。
........無理だ。王城の倉庫即ち、王国の金庫だ。王様のへそくりとは訳が違う。国単位の宝をおいそれと譲ってくれるとは思わない。
しかも薬草は盾や、宝石と違って使ったら形が無くなる。永遠に消えてしまうのだ。
「わかった。王庫に侵入して盗み出そう。今夜」
「........は?」
「大丈夫、王城の間取りと警備関係の情報はある」
「待ってください!!それ犯罪ですよ!?」
「バレなきゃ罪じゃない」
譲って貰えないのなら、奪えばいいのだ。簡単な事。
薬草は使ってなんぼ、人の役にたってなんぼ。使いもしないで倉庫で眠るより、アリスちゃんが起きることの方が何倍もよい。
なんたってゆくゆくはこの国初の女王になる子だ。
将来的に見れば、国のためにもなる!
「無理だね」
「そうですよね!無茶ですよね!ハイドリック、もっと言って下さい!!」
「なんで?」
手っ取り早くて、いいと思うんだけど。
「国庫にもうその薬草はないからさ」
「使っちゃったの?」
「そうだね」
「ハイドリックがなんでそんなこと知ってるんです?」
「ちょっとね。そんな事より、この国に小人草はない。だから取りに行かないといけない」
ノースタリア王国まで。
「そんな!国王に上奏し続ければ、年単位でもなんとしようと思ったのに!!」
と、『それまでどう時間を稼ぐかが問題だと思ってたのに』とアークレイくんは嘆く。
........時間をかせぐ?何のだろう。
「........隣国まで騎士を派遣して薬草を取りには行けないですし」
「軍事行動になっちゃうね」
「ノースタリア王国の王に譲ってもらうしか........」
「そんな機会ないと思うけどね」
「では、どうすれば!」
「簡単だよ」
なんでアークレイくんはそんなに悩むんだ?
ハイドはわかってるっぽい。ニヤッと笑っている。相変わらず目が隠れているので怪しさ満点だ。
だが、ハイドの言ってる通り簡単で単純なことだ。
「場所わかってるなら取りに行けばいいじゃん」
あるかも分からない伝説の草じゃあるまいし。
流石に隣国とはいえ、ノースタリア王国の王城の間取りは分からない。
手っ取り早く、小人草を採取しに行こう。
「え?隣国の、それも凶悪な魔物が蔓延る危険な山に、キーラ様が、ですか?」
「もちろん。ノースタリア王国は冒険で行ったことがある」
その山、冒険者の中では有名だからね。場所はある程度知ってる。薬草を探す伝もあるし。たぶん行けるでしょ。
「無理ですよ!危ないですし、それに学園が直ったらすぐ授業が再開されるんです!何事もなかったみたいに!」
授業なんてサボればいいじゃん。
........イヤでもまって。授業サボりすぎるとペナルティがあった気が。
なんだっけ。確か授業を60コマ、つまり十日分受講しないとクラスが1個下がるんだよな。
で、Dクラスは1番下だから自動的に学園退学になるんだ。
そうだ、そうだった。授業爆睡し過ぎで怒られたついでに先生がそんな事言ってた。
「隣国とはいえ、山の中。国宝級薬草。流石に10日では難しいな」
「薬草を取るなんて普通に無理なんですよ。そして3週間たったらアリスティーナ様の葬儀が........」
「........葬儀って?」
それも3週間後?なんで?
「助かる見込みがないので、亡くなった事にするそうです」
「は?」
「薬草が手に入るまで、僕の家で引き取ろうと思ってたのですが。それも無理となると、もう」
なるほど、『時間をどう稼ぐか』って言うのはアリスちゃんの葬儀までの時間のことか。
この国の葬儀は前世と同じ火葬だ。つまり、3週間たったらアリスちゃんは本当の意味で永遠に眠ってしまう。
笑えない。
「────授業はサボる。薬草は取りに行く」
退学云々より、まずはアリスちゃんだ。
なんだ、葬儀って!まだアリスちゃんは死んでないんだぞ。諦めんな!!
全力で3週間以内に帰ってくる。3週間あれば行ける。行く。
「........キーラならそう言うと思ったよ。ここでいい情報がある」
「いい情報?」
「キーラはこれから、学園を半壊した罪により、2週間の自宅謹慎の罰則が言い渡される」
ハイドは先程読んでいた紙を見せながら言う。
え?まじ?
学園半壊したのはお兄様って言ってたじゃん。ちゃっかり私のせいにされてない?こうやって冤罪が生まれるんだよ。良くないよ。
........でもまって。2週間の自宅謹慎?
と、言うことは、だ。2週間は停学扱いになるから、サボりにはならないってこと?
「そう。つまり、最高で2週間プラス10日は学園に行かなくとも退学にならない」
ハイド、さりげなく私の思考読んでない?
「と言ってもトリッピング令嬢の葬儀の関係でタイムリミットは3週間だけどね。でも、キーラなら出来るよね?」
もちろんだよ。
全力を出す。知ってる?転生者が全力出すと、世界征服したり、救ったりするんだぜ?
なら私も、友人一人救うなんてわけないね。
「キーラ様........!」
アークレイくんは感極まってしまったのか、泣いている。
「まぁ、これで薬草は解決。もう1つ問題がある」
「問題?」
「ハイドリック令嬢の解毒には薬と、もう1つ必要なものがあるんだよね。これもとても貴重なもの」
まだあるのか。もう何でもかかってこい!アリスちゃんの為なら、何でも用意するよ!!
「王子様の口付け、さ」
........ごめん、流石に私でもそれは用意出来そうにない。
「正確にはトリッピング令嬢を愛する異性からの口付け、だね」
なるほど。
「アークレイくんが居るから問題は解決だ」
「そういえばそうだったね」
「........っえ?っは?え??ええ?」
もうなんの問題もない。
あとは薬草が用意出来ればハイドが薬を作って、アークレイくんのキスでアリスちゃんは目覚める。
「よし。私の友達........間違えた。私のママを起こす為に、ちょっと隣国まで薬草とるぞ!!」
「友達であってると思うけど」
「........っえ?っは?え??ええ?」
「ノースタリア王国には俺も一緒にいくよ。実際に小人草見た事ある奴がいた方が良いだろうし」
「学園は?」
「大丈夫、俺も生徒に毒薬を飲ませた罰則で2週間停学だから。それに休日にキーラと出かける約束したからね」
毒薬飲ませた罰則、か。
今更な感じがするな。今までバレなかったのになんでだろう。ドジでも踏んじゃったのかな。
「そっか。なら一緒に行こう」
こうして、謹慎を傘にかけ私はハイドと共にノースタリア王国に行く事になった。
そしてアークレイくんは私達が戻るまで、キスの練習をすることになった。
とりあえず、枕から始めるといいと思うよ。
どうも初めましてイガリーです。
1週間放置して気がついたらブクマが100越えしててコーラを吹き出したイガリーです。
5件も感想が送られて来ててバク転宙返り(は出来ないので布団でゴロゴロ)したイガリーです。
読んでくださった皆々様本当にありがとうございます。まじで。
そして、頑張って面白い感じの続きを書くので、今後ともどうか。どうか、よろしくお願いします。




