乙女ゲームに転生した悪役令嬢はやる事が沢山あって大変だ。
青空をバックに見つめ合う男女2人。
何処からもなく飛んで来る花弁はまるで2人の出会いを祝福するよう。
1人は桜の花をそのまま切り取ったような色の髪と瞳。美しい、美麗と言うよりも、可憐で可愛いという言葉が似合う、整った容姿の少女。
もう1人はこれまた整った容姿の青年だ。
陽の光を受けて輝く髪は目を見張るような金髪。少女を映すその瞳は王族のみにゆされる濃い赤い色。その赤の深さは魔力の大きさにも比例する。
不注意で転んでしまった少女に手を指しべる青年、その場面は2人の美貌も相まってまるで1枚の絵のようだ。
そう、まるでなにか乙女ゲームのオープニングのような........。
「........まるでじゃなくて、これ乙女ゲームの世界じゃん!!」
☆☆☆
私、キーラ・グレイアムは、このクレア王国の貴族の1人である。そして、転生者でもある。
所謂、前世で私は日本で花のJKをやっていた。
生まれた瞬間から約900万の借金を背負い、もうすぐ人口の5割が高齢者になるであろうと予測されている、あのサブカルチャーが狂ったように発達していた平和な国、その日本が私の出身地だ。
そのことに気がついたのは確か7歳の時。お母様とお父様が喧嘩し、その決着をそれぞれが倒したワイバーンの数で決めようとしていた時だった。
各々の武器や、魔法を使ってワイバーンを地に伏せるその姿を見て唐突に悟った。
「ワイバーンに魔法ってファンタジーの世界じゃん!!」
それはもう衝撃だった。それを悟ったことが呼び水だったのか、7歳の小さな少女の頭に日本で暮らしていた前世、とある女子高校生の18年分の記憶が流れ込んできたのだから。
それと同時に納得もした。なるほど、あれは前世のせいだったのか、と。あれというのは、
アンデットを倒す兄様に、
「ゾンビーをシューティングする時はグルネードランチャーが最強だよ!」
と言ったり。
魔物を捕獲していた時だったおじ様に
「ポケットなモンスターのボールがあれば楽なのに........」
と言ったり。
他にも色々言ったりやらかしたりしていたが家族は概ね子供の戯言だろうと優しく聞いてくれた。
........まぁそれでお兄様は『火力が、火力が欲しい』と呟きながら超爆発魔法を発明したし、おじ様に持ち運び簡単なボール型の捕縛器具を開発していたけれど。
そして18年分の記憶が戻った私は思った。
魔法と剣の異世界転生とかチート無双確定じゃん!!しかも貴族とか!勝ち組だ!わぁーいいぇーいふぅー!!と。
日本に生まれ、しっかりと2次元に浸る、いわゆるオタクだった私にはしっかりと転生モノの知識があった。そして決意した。無念にも18年で終わってしまった前世より幸せになろう、と。
出来ればみんなからキャッキャウフフされる人生を送ろう、と。
「とりま内政チートですね。分かります」
☆☆☆
内政チートは失敗に終わった。
なぜなら私はあまり頭が政治に向かないタイプだからだ。あと、なんせこっちは若者の選挙率が死ぬほど低い日本出身の18歳若者だった。政治に興味とかなかった。
策略とか財政とかちょっとよくわかんなかった。
まぁ、国王が頑張ってるから私がわざわざやる必要もないと思う。うん。
それと同じく、物作りチートも失敗だった。
電気で光る電球があれば魔法のない人でも夜を明るく過ごせるし、儲かるかと思い、発明しようとしたがダメだった。直列回路がわかる程度の知識では電気も電球も作れなかった。
あと、紙をもっと普及させようと牛乳パックでハガキ程度の紙を作ろうとしたがそもそも牛乳パックがないことに気がついた。自分のアホさ加減にビックリした。
私の学力はどうやら小学校で終わってしまっていることがわかった。うん。
私には頭を使うのが向いていないことがわかったので、魔法や剣、武術方面でチートしようと決めた。
よって、私の夢はいつか、この世界の中心で『私TUEEEE』と叫ぶこと、になった。
幸い、貴族だったので魔力があった。この世界では貴族しか魔力を持っていないのだ。上流貴族行くほど魔力も大きい人が多くなる。つまり伯爵家の私は魔力が多い方である。
そして私の身体能力はアホみたいに高かった。強化魔法もかけず普通に壁を垂直に走れるし、ジャンプしたら余裕で三階建ての建物に飛び乗れる。リンゴだって片手で握り潰せる。
どうやら私のステータスは武力に全振りだったようだ。
武力無双を決意した私は剣等を習う事にした。殴った方が早いが、剣の方がそれっぽいし何よりカッコイイ。
「お父様、私剣が習いたいです!」
「キーラももうそんな年か。大きくなって........もちろんいいぞ!!私が教えてあげよう」
「お父様が?」
「当たり前だ!私の娘だぞ。他のやつに教えさせてやるか!!」
貴族の令嬢、それも伯爵家の娘が剣を習うのはあまり薦められたことではなかったが、お父様はあっさり許可してくれた。
むしろ娘に教えられるという事で、その時たまたま通りかかったお兄様が廊下を進むのを止めるぐらいぐらいニマニマと喜んでいた。
後でお母様にも話してみたが「まぁまぁ、私もあなたぐらいの時初めてワイバーンを殴り倒したわねぇ。懐かしいわ」とニコニコ返された。
ワイバーンは殴り倒せるものでは断じて無いと私は言っておく。
むしろ家族全員が私が剣を習う事に賛成だった。納得と言えば納得だ。
それも、お父様は国防を担当する1番偉い軍人らしいし、のほほとしたお母様だってお父様とワイバーンを倒せるほどの腕前、お兄様は王族騎士副団長。おじい様はまだ現役で冒険者、おば様はむかし殴り殺す系の聖女だった、とても殺意が高くて可愛いかった、とよくおじ様が惚気けている。
そんな家族だから私も剣を手にするのは必然なのかもしれない。
........それにしても私の家族、武力ステータスたかすぎでは?
前世の記憶が戻り、世界の中心で叫ぶ夢を持ったあの日から約8年。色々あった。本当に。
ある時は帯刀出来ないパーティーでの有事に対応する為、体術を習ったり、音が出せない状況での読唇術というのはまだ分かる。
だがある時は、もしもGとイニシャルがつくあの虫が目の前に現れた時に確実に抹殺出来るよう暗殺術というのも習わされた。
ある時は、猫に好かれるための料理を作れるようになるため、王都の超一流料理人を呼んで料理を極めた。
時には、猫を撫でるために何故か人間の筋肉の作りやツボ、急所を覚えたりした。
うちの家族はやたらめったらに飛竜種とGへの殺意が高く、そしてとても猫好きであるからだ。........いやなんで??
他にも、ペンとか身近なものを武器にする投擲術や声を変える技を身につけた。
........私は何を目指しているんだろうと思った日もあった。
私、伯爵家のおなごぞ?
ある時は、それらの技を試すために冒険に出たりもした。
ある時は東の果てに眠る古龍を見る為に。おばあ様が眠っている古龍を殴ったため逃げるのが大変だった。
ある時は、同じく冒険していた勇者に出会い、一緒に魔王をシバいたりした。お兄様がうっかり伝説の聖剣を抜いて大変だった。
ある時は、大量発生したワイバーンをシバいたりした。ワイバーンは殴れば勝てることを知ったが、大変だった。
ある時は、北の果てから来た冬の王と呼ばれる大型の魔物をシバいたり、
ある時は、裏で奴隷売買していた貴族をこっそりシバいたり、
ある時は、........なんか、シバいてばっかだな。
私はメキメキと剣や魔法の実力を付けていった。それに伴い、令嬢らしさがペリペリと剥がれていったような気もしたが気のせいである。
そんな充実した日々?を送っていた私にある日、お母様はこう言った。
「今こそ、淑女力を身につける時よ!」
ちょっと何を言っているのかわからなかった。いつもぽわぽわワイバーンを殴り殺しているお母様だけどたまにこういうぶっ飛んだことを言うことがある。
「淑女力?」
「そうよ、あなた冒険ばかりして全然お茶会に出ないじゃない」
「1度、城で開かれる、王妃主催の茶会に潜入してみたことはあります」
城の従者のフリをして参加したが、よく分からない貴族特有の牽制、嫌味や、言い回し、媚び売りが多くて話も難しかったのを覚えてる。全く楽しくなかった。なんであんなみんなニコニコしていたんだろう。
「まぁ、王族のお城に潜入なんてなかなかやるようになったじゃない!誇らしいわ!」
「ありがとうございます。お母様の変装指導のおかげです」
「でも、犯罪だから絶対にバレないようにやるのよ」
「はい!」
お母様に褒められた。とっても嬉しい。
「それで淑女力の話に戻るのだけど。キーラ、魔法学園に入りなさい」
「え?」
魔法学園、このクレア王国の貴族は皆15歳になると入学が義務付けられている。そこで4年間みっちり貴族や魔法、法律について学び、姑息で狡猾な貴族の社会での生きる力をつける、らしい。そういえば私も今年で15歳だ。
「キーラ、あなたは武力でそこそこの国を転覆させるぐらい出来る力があるけど、それを現実で実行する為の、頭が足りないわ。つまり技術はあるけど学力がないの」
「勉強は嫌いです」
「そう言って血反吐吐くような鍛錬はするのに文字のひとつも書かなかったわね。尚更学校行かなくては」
勉強していると何故かとても頭がぼんやりとして、耳がぽわぽわしつつ、瞼が勝手に下がって気がついたら時間がたっているのだ。決して勉強が苦手な訳じゃない。私の体が勉強をさせてくれないのだ!
「お母様、私、どうしても勉強したく...ゲフンゲフン、学園に行きたくないの!赤き古龍の卵を持ってくるので、どうか勉強だけは勘弁してください」
「キーラ、卵はとても魅力的だけれどもそれはそれこれはこれ。学園に行ってもらうわ」
「いやぁだァー。ドレスとか動きにくいしぃー、お嬢様口調とかムリですしおすしぃー。無理みが大きいでござるよォ〜」
「その無性にイラッとする口調はやめなさいと言ったでしょう!あなたはグレイアム伯爵家の1人娘なのですから、その立場に相応しい振る舞いを身につけるのです。古龍とステゴロしている場合では無いのです!」
「お母様がまともなこと言っているよぉー。怖いよぉー」
私は盛大にごねた。恥も外聞も捨てた。服に隠していたサーベルをお母様に振りかざしたように見せかけ、同じく懐から取り出した煙幕で無理やりその場面から逃げそうとした。
だが、あっさりデコピンで負けた。母強し。
「いいこと、あなたは、学園に行って、学を、修めなさい。時候の挨拶が手紙でかけるようになるまで帰ってきてはダメ。ダンジョンにも行ってはダメ!わかったわね!!」
「無理です!あと時候の挨拶ってなんですか?!」
「辞書を引きなさい!!」
「辞書を開くと寝てしまうので使えません!!」
「キリッとした顔で言うことではありません!!」
そんなこんなで私は魔法学園に通うこととなった。
ギリギリまで脱走を試みたが尽く失敗し、最終的にはおじ様が開発した捕縛ボールで捕らえられ、そのまま荷物のように馬車に乗せられ、学園に向かった。
ワイバーンをも捕縛する縄の前では私も無力だった。........くそぉう。
☆☆☆
そして話は冒頭に戻るわけである。
恐らくだがあの手を差し伸べている青年はゲームのパッケージで真ん中に大きく描かれていたエドワーズ・クレア。言わずもがな攻略対象。王族で、クレア王国の第二皇子であられる方だ。
そしてピンク色の髪をしている少女が主人公のレイア・カナトーン。平民だったが、魔力が発見されたせいで貴族へ養子に出され、貴族で1番身分が低い男爵家の令嬢になったはず。
うん、これはもう間違いなくあの乙女ゲームですね。
異世界転生は異世界転生でもゲームの世界への転生モノだった。まじか。
乙女ゲームと気がついたからと言ってこのゲームに詳しい訳では無い。乙女ゲームは前世姉の範囲だった。
私はモンスターをハンティングしたり、小さなオジサンとかでカートしたり、イカでトゥーンしたりする、どちらかと言うとアクション系が好きだった。
逆に姉はストーリー物が大好きで、RPGや乙女ゲームを中心にやっていた。
この乙女ゲームは確か、身分差Loveが主題で平民の身でありながら膨大な魔力が見つかった主人公が貴族だらけの学園で恋をする、と言った感じのストーリーで、ツンデレ、クーデレ、ヤンデレ、各種のデレを取り揃えている、というものだった........はず、記憶が正しければ。
というのも、姉が無茶苦茶ハマって、恐らく全ての攻略キャラのアクリルスタンドを揃え『うへへ、○○様マジシンドみ、仰げば尊死』と、夜な夜な呟いてたもので、毎日布教という名のネタバレをされたため、ある程度の内容、ストーリーを知っている。
姉よ、私はネタバレされたゲームは絶対にやらないとなぜ分からない!
「........でも不思議、私はどのキャラでもない」
そうなのだ。姉情報(姉も転生モノ大好き)だと乙女ゲームの転生モノは大体成り代わりであるらしい。よく死亡フラグのたっている悪役令嬢になり、そのフラグを勘違いと共に避けつつ、身分が高いので国政に携わったり、更には乙女ゲーらしく恋愛までする、めちゃくちゃハードな人生を送るのがテンプレだと姉は言っていた。
何となく私も何かの成り代わりかと思ったが、思い違いのようだ。そもそもなり代われるほどの主人公力を持った人物ではなかったってことかな........自分で言ってて悲しくなってきたぞ!
まっ、まぁ、そのテンプレ的な点で見れば私は悪役令嬢ではなくて本当に良かった。うん!
「と言っても、これが乙女ゲームの世界とは言え、現実なわけだし。成り代わりとか考えても仕方ないか」
割とあっさり乙女ゲームの世界だってことを受け入れた私がいる。まぁ、私はどうやら主要キャラではなくモブ。ゲームのシナリオとかフラグとか全く関係ない、いわば1人ぐらい居なくても大丈夫なキャラ。受け入れるもクソもないという感じではある。
「つまり、えーと。特に考える事もフラグとかに気にしなくていいし。普通に生活するってこと?」
なんで乙女ゲームの世界に転生したの?って感じではあるけど、こういうことだよね。
急に乙女ゲーム世界とか設定とかぶっ込まれてきたから焦った。けど、なんてことは無い、普通に転生した今世を楽しめばいいだけなのだ。
「なーんだ。ビックリしたー。よかったよかった、私は乙女ゲームのストーリーとは何の関係もない部外者って事ね!」
久しぶりに頭で考えたせいでなんか眠くなってきた。入学式が終わったら早めに休むことにしよう。そうしよう。
これを人はフラグという。