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Jewel  作者: 緋色 麻里
1/2

①出会い

あれは去年のクリスマスシーズンの頃だから、もう5ヶ月前になる。

くるみのマチネの後に、うちの先生から電話がかかってきた。

あ、くるみっていうのは「くるみ割り人形」で、マチネっていうのは昼公演のこと。

で、うちの先生って言うのは僕の母親のこと。


うちはおばあちゃんの代からのバレエ一家で、日本でも結構大きい部類に入るバレエ団を持っている。

だから僕は物心ついたときから、バレエをやらされてきたし、その先生である母親は、母親であって母親ではない。稽古場ではもちろん、家でも「先生」と呼ばされてきた。だから僕の「先生」って言う呼びかけは「おふくろ」って言うのと同義語。



「来年のオフはうちで踊って頂戴! 50周年だから大きいのをやりたいのよ」


突然の申し出に僕は面食らった。 大きいの?


「大きいのって・・・眠り?(眠れる森の美女)」


「ううん、ロミジュリ。全部ロイヤルにおんぶに抱っこして貰ってやるの。もうOKも出てるから」

「ええ~っ!ロミジュリ?!ロイヤルにおんぶに抱っこぉ?」


良くカンパニーがOK出したな。

僕との繋がりだけでは弱いもんな・・。

ジャパンマネーってやつか?

そういえばうちのバレエ団には強力なスポンサーが付いてたっけ。


「あのさぁ・・もっと前に話してくれても良かったんじゃないの?」

「ごめん。でも、ちゃんとOKが出るまで待ちたかったのよ。7月末だけどやってくれる?」


「やってくれる? って言ったって・・・もう決まってるんでしょ?」

「まあね」

「良かったね。別の仕事が決まってなくてさ」



次のオフシーズンは、気のあう友人達を集めて小遣い稼ぎをしようと思っていた。

少人数で出来る小品を集めたコンサート。


イギリスロイヤルバレエ団でプリンシパルをしている僕、「楠 絢也じゅんや」が日本で踊ると、チケットは瞬く間にソールドアウトになる。

最近は男性ダンサーがブームらしく、日本の雑誌やテレビが僕の所まで取材に来たことも何度かあった。

だから、仲間同士で何公演かしたらちょっとした小遣いが稼げると思ったのに。

この分じゃ、頼んでおいた小屋(劇場)の手配もしてなかったんだろうな。

大きいのをやるなら、ちゃんと話してくれればいいのに。


それにしても・・ロミジュリか・・・。


ロミオとジュリエット。

今は亡き、ロイヤルバレエ団の名振付家、ケネス・マクミランの傑作中の傑作。

僕も何度か出演はしているが、ロミオはやった事が無い。

いつもマキューシオかティボルトだ。

どっちも面白くてやりがいはあるけど、やはり一度はロミオも踊ってみたい。

でもそれがうちの舞台でなんて・・・。



「ジュリエットは姉さん?」

「ちがうわ。今回は若手なの」


「若手? 50周年で?」

「そう。うちの秘蔵っ子よ。倉橋樹里。覚えてない?今23歳」


「覚えてない。僕、小さい子のクラスは覗いた事なかったから」

「そう。今はね、スコティッシュでソリストをやってるわ」


「スコティッシュ?じゃあ、イギリスにいるんだ。・・こっちで合わせられるかな」

「そうして欲しいの。二人のパートはそっちで仕上げてきて。バレエ団のほうには全てお願いしてあるから」


「分かった。じゃあ、連絡先を教えて」



そうして僕は倉橋樹里と踊る事になった・・・。






そのと合わせる前にある程度振りを把握しておきたかった。

この前の公演でジュリエットを踊ったサラは、もっかの僕のGF。

彼女に頼んで、空いているスタジオで振り移しをしてもらう。



「ロミオはマントを翻して闇夜の中、近づくの。音も無くね」

「で、ジュリエットが降りてきて・・・」


「ドキドキしながら手を繋ぐのよ」

「う~ん・・初々しい・・」



サラとは『マノン』や他の演目で踊っているけど・・ジュリエットのサラはかわいいんだよな。

つくづく思う。女は化ける・・。



「そうそう、ここでリフト」

「何だ・・サラ・・太った?重いよ!」


「失礼ね。この振りは男性は大変みたいね。女性は綺麗だけど」

「うう~ん。重量挙げだね。これは」


「もう!付き合ってあげないわよ!」

「ごめんごめん。でもこの最後のキスがあれば重量挙げも堪えられる。そういえば、何度もマシューとうっとりキスしてたよな」


「! だってジュリエットの初めてのロマンティックなキスなのよ。うっとりしなくてどうするのよ!」

「ハハ、それもそうだな。じゃあ、ぜひ僕とも・・」


そう言って僕はサラの唇にキスをする。

サラの腕が僕の首に回る。


「ん・・」


おいおい、ジュリエットはそんなキスはしないぞ・・。

長いキスが終わって、唇が離れるとサラはとろけそうな目で言った。


「juneのキスは最高。Fantastic・・」






「juneパートナーのはどJulieはどんな娘だい?」


振り移しをしてくれる教師のウェインが僕に聞く。

かつてマクミランに、最高のロミオ役として愛されたダンサーだ。


「いや・・僕も知らないんです。うちで育った娘らしいけど5歳も下だと接点が無くて。最近は彼女も海外にいるから、日本に帰った時も会わなかったし」

「ふぅん。かわいい娘だといいな」

「そうですね」



そして

稽古場に入ってきた倉橋樹里は、まるでモノクロームの写真から抜け出てきたような、静謐な雰囲気をまとった美少女だった。


艶やかな黒髪に、長い睫毛に縁取られた漆黒の大きな瞳。

小ぶりのスッと通った鼻に、きゅっと結ばれた唇。

抜けるような白い肌。

東洋人特有の華奢な身体。


「これはまた、かわいらしいジュリエットだ!」

ウェインの言葉で我に返る。


そう、僕は初めてジュリエットを見た時のロミオのように、雷に打たれたように・・その場に立ち尽くしていた。

美少女、というのが23歳の彼女にふさわしいかわからない。

でも、彼女の持つ雰囲気は無垢な少女のものだった。




「はじめまして。倉橋樹里です。どうぞよろしくお願いいたします」

「あ、楠 絢也です。よろしくね」


「よし、挨拶も済んだし、早速始めよう。」





※マキューシオ・・・ロミオの親友    

  ティボルト・・・・ジュリエットの従兄弟 


ロミオとジュリエット・・・シェイクスピアの戯曲。バレエ曲はセルゲイ・プロコフィエフが作曲。各国で独自の振り付けがあるが、特にイギリスのケネス・マクミランのものが有名。


イタリア、ヴェローナの町は有力なモンタギューとキャピュレットという二つの家に分かれ、長年争ってきた。ある日、モンタギュー家の一人息子ロミオはキャピュレット家で催された舞踏会でジュリエットに出会う。出会った時は敵同士とは知らない二人は、互いに恋に落ちる。

しかし、いがみ合っている両家。町でのこぜりあいからロミオの親友マキューシオがジュリエットの従兄弟であるティボルトによって殺害される。その場は復讐はしないと誓うロミオ。だが後に、ティボルトによって挑発され、争いになり、ティボルトを殺してしまう。

遠地へ流されるロミオ。その間、ジュリエットは何とかロミオに会うため死んだ事を装い、ロミオのもとへ行こうとするが、手違いで「死んだ」という連絡がロミオの元に届いてしまう。悲嘆にくれるロミオはジュリエットのもとで服毒自殺を遂げる。その後目覚めたジュリエットは傍らにロミオの死骸があることに驚愕し、ロミオの短剣で胸を刺す・・・。


マノン・・・・・・・・・・・アベ・プレヴォーの小説を、ロイヤルバレエのケネス・マクミランが振付けた、『ロミオとジュリエット』に並ぶ傑作。

マノン・レスコーとデ・クリューの激しい愛を描いた破滅的な物語。


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