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スタンド・バイ・ミー

作者: 圷 啓

 兄は僕の兄ではないようだった。


 年が離れていたのもあるし、何より旅行が好きでたびたび放浪していた。でも、そんな兄のことはとても好きだった。兄は時折帰ってきて僕によく話をしてくれた。その時だけ、彼はやっぱり僕の自慢の兄なのだと思うことができた。でもその割にはケチで、家にいるときはどこにも連れて行ってくれない。だから僕がせっついていくと、いやいやとりあえず公園へだけは連れて行ってくれた。春の日には桜が満開で、とてもきれいな場所だ。花見の定番スポットでもある。僕は団子の方だけど。公園に来ると言うのは実に素敵な出来事なのだ。しかし、そんな僕ももちろん年をとる。一人で砂場遊びをしなくなり、ブランコに乗らなくなり、滑り台は逆に上り、それすらしなくなった。そうすると、家で兄の話でも聞いていた方がましな気がして、小学校も高学年になる頃には僕は兄を誘わなくなった。


 中学を卒業した春のある日。兄は、僕にカギをくれた。スクーターのカギだった。理由を聞くと、「高校生になるのだから、お前も近いところから言ってみるといい」とのこと。しかし僕は別に旅行に興味はなかった。地元は好きだし、部活もやってたし、なにより兄が話をしてくれるじゃないか。わざわざ遠いところに行っても兼ねも無駄遣いになる。そんなことを言うと兄は何事もなかったのように笑い飛ばし、正社員になると言って東京へ出て行った。両親はほっと肩をなでおろしたらしい。兄は時折帰ってくることもなくなった。一度、盆に帰ってきたが、両親とばかり話をしていた。僕は何か腹立たしくて、兄が声をかけてきても理由をつけて相手をしないようにした。部活をやってて良かった。


 その翌年のことだった。兄は結婚するのだと言った。昔、現地で知り合って、連絡をしていたのだと言う。連れてきた女性と両親がほほ笑んでいる。両親は盆の時に既に聞いていたのだ。僕だけがその輪の中にはいなかった。翌月、結婚式は慎ましやかに進行し、兄は地元にほど近い都市で転職した。どこにもいかずしっかりと働いた。兄は僕の兄ではないようだった。義理のお姉さんは僕にとてもよくしてくれた。それでも、彼女は僕の姉ではないようだった。


 翌年、子供が生まれると、兄も人の子だったのだろう。それはもう狂喜乱舞だった。あることないこと吹聴して、奥さんとよく出かけるようになっていった。両親も初孫とあって、大変うれしそうだった。それから、家族が活気づいたのは黄瀬ではないだろう。だが、受験を控えている僕のこともあって、配慮をたくさんしてくれていた。騒ぎすぎず、かといって、黙りすぎず。出かけるその度に、僕にもよく声をかけてもくれた。部活の試合があれば応援に来てくれるようになったし、誕生日にはプレゼントをくれるようになった。二人は実に有用なものをくれる。万年筆や、参考書、新しい携帯や、PC――。でも、


 あの話をしてくれた兄は、もういない。兄は僕の兄ではないようだった。




 それから、僕は高校を卒業した。

 無事に大学を合格し、春から東京で一人暮らしをする。さまざまな準備をし終え、荷物を詰め込み、一段落したのち、倉庫の中にあるものを見つけた。


 僕は初めてスクーターにまたがってみた。しかし動かなかった。整備もされてないスクーターはうんともすんとも言わず、転がして店までいって見てもらった。古いが物自体は良く、さすがと言ってか、なかなかいい音を鳴らしだした。運転免許は合宿で取りに行っておいたので、あとは実技をこなす勇気があるかどうかだ。転がして帰宅して、夕飯を食べて、風呂に入って、部屋に戻ってスクーターのことを思い出した。スクーターは駐車場にたたずんでいた。クスリとも笑わなかった。黙っているスクーターを眺めていると、なんとなくだが、そのボロイ車体にいとおしさを感じるようになった。昔の兄はこれに乗って小旅行をよくしていた――そんな汚れがあちこちに付着して、主張しているようだった。僕はスクーターに近づいた。またがって腰かけようとして、そのサドル部分に何やらついているのを見つけた。凝視したのち、僕は部屋に戻って財布とメットを持ってまた飛び出した。興奮は急に湧きだってきて、抑えられそうになかった。

 さあ、どこへ行こう。

 そう考えて、馬鹿みたいにヘルメットをかぶって空を見て、浮かんだ場所――僕は、その場所へ、歩けばいいのに、スクーターで行く。そう決めた。またがって何度か軽くふかしてその推進力に内心ビビりながら、僕は思いっきり飛び出した。


 夜の桜吹雪の中を、下手くそなスクーター男が駆け抜けていった。

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