表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編集はこちらです

桜の下で待ってる

作者: 比呂



「――――約束の日が来たわ」


 穏やかな春の日差しが陰りを見せ始める、午後三時。

 空の色が飴色に変わっていく。


 太陽が落ちるまで、あとどれくらいだろう。


 そんなことを思いながら、私は服を着替え始めた。

 シャツを脱ぎ、スカートをベッドの上に置いて、下着姿になる。


「どの服がいいかしら……」


 私室のクローゼットを開いて、そこに並んだ洋服を眺めた。


 持っている服の数は多くない。

 それでも悩むのが、少し滑稽に思えたりもする。


「これに、決めたわ」


 淡い水色のワンピースを選んだ。


 あの人が買ってくれたものの中で、一番気に入っている。


 私はハンガーからそれを外し、頭から被るようにして着付けた。

 部屋にある鏡で、自分の姿を確認した。


 あの人は桜の木の下にいる。


 待ち合わせをしている。

 桜色と水色が、きっと良いコントラストになるだろう。


「――――うん」


 彼はどう思うだろう、と考えると、自分の顔が赤くなっていくのがわかった。


 いけない、いけない。

 期待しても仕方のないことだ。


 だって、私は、会ってはいけない人と会うのだから。


 どうなるかなんて、わからない。

 けど、会えないよりは、いい。


 愛しい人。


「そう、私はあなたを――――」


 鏡は私の顔を映していた。


 これでは私自身に告白しているみたいだ、と思ったら、ひどく滑稽に思えてきた。

 ふふふ、と声を漏らし、そのまま身だしなみを整えた。


 最後の確認をすると、私は部屋から出る。


 足取りは軽い。

 玄関を出る前に、誰もいない家に向かって、いってきます、と言う。


 くせみたいなものだ。

 ドアを閉めた。


 さあ、いこう。


 見上げた空は焼け始めていて、地平線から鮮やかな藍が這い出してきている。

 すぐに夜へと変わるだろう。


 約束の時間は、そこまで迫っていた。


 柔らかな日差しで温められた空気は、次第に熱を失い、刺々しさを増す。

 鼻の頭が冷たいなぁ、などと思う。


 薄手のワンピースは、容赦なくその冷気を身体に伝えた。


「ふふふ」


 手を擦り合わせながら、それでも上機嫌でいられたのは、あの人と会えるから。


 それ以外に、何もいらない。

 私は知らぬ間に、小走りになっていた。


 小高い丘の上に、辿り着く。

 春なのに、息が白い。


「――――ぁ」


 丘の上は、桜色の霧に覆われていた。

 しんしんと散る花弁は、音も無く地面に積み上げられていく。


 一面の桜。


 私は夢でも見ているような気分になって、とある桜の木に向かって歩を進めた。

 一歩進むごとに、嬉しさが込み上げてくる。


 あの人まで、もう少し。


 あと一歩。


 私は桜の木に辿り着いた。


「……会いに来たよ」


 人影は私しか無い。


 花弁が私に降り積もる。

 空は既に夜の帳を下し、ざあ、と風が舞う。


 桜の花弁が散る。


「は、はは」


 私は力を無くすように、膝をついた。


 地面に両手を置き、感情のままに涙を流した。


「ねぇ、約束したでしょ?」


 地面を力任せに握る。

 爪の間に、土くれが入る。


 けれど、手の痛みなど、何の役にも立たない。


 彼以外に、何もいらない。

 だったら、この手に、どれだけの価値があるというのだろう。


「――――っ」


 地面を掻いた。


 何度も、何度も、感覚が無くなるまで。


 爪が剥がれ、皮膚が裂け、血が流れ、手が本物の土くれになってしまったかのようになるまで。


 必死だった。


 私の指先は、短くなってしまった。


「は、っは、あははは、はっ」


 吐いた息が白く流れる。

 私は両手を抱えるようにして、真っ白な骨を見つけた。


「うふふふ、うふっ」


 それが、彼だ。

 私の腕の中で抱かれている頭蓋骨こそが、彼だ。


 ようやく会えた。


 約束を果たした。


 私は彼についた土を払ってやり、舌で舐めて綺麗にした。


 真っ白な彼。

 優しかった彼。


 桜の木の下で、待っていてくれた。


 私の大切なあの人。


「久しぶりね」


 私は彼に口づけをした。


 桜が舞い散る。

 丘から、街の明かりが遠くに見えた。


 私と彼に、桜の雨が降る。




 すべてを埋め尽くしてしまえばいいのに、と私は思った。









短編を切れ味重視で書こうとすると、途端にホラーが増えます。

やっぱり印象が強いからでしょうね。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 小説みたいでした!面白いです! [一言] ジャンルが恋愛だったのでデートかなと思って読んでました それでとんずらされちゃったのかと思ってたら… 彼女になにがあったんですか… なんだか寒気…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ