<A's00> 生き残った者たち
どうもお久しぶりです。前作の神龍の過去話から一週間以上が経ちましたが、実はまだ完成に至っておりません…。
執筆してみると全然終わらなく、気付けば短編にするといつ終わるかわからない始末。前作の投稿から一週間以上も経っているわけで、これ以上は皆さんに待たせてはいけないと考え、連載式という形で先に書いた部分を投稿したいと思います。
今回の外伝は葛城のお話です。何かと人気がある葛城ですが、彼女は復員船として戦後復員輸送に出ていきます。ジャンルは戦記にしてありますが戦いはありません。ご了承ください。
戦後のお話というわけで、タイトルは「After story」にしてみました。え?どこかの某タイトルに似てるって?あはははは。
どうかご覧くだされば嬉しいです。長くて鬱陶しい前書きになってしまいましたが、それでは本編どうぞっ!
昭和二十(一九四五)年七月。
―――終戦約一ヶ月前の呉。
三月に『大和』『神龍』と第二水雷戦隊が構成する第二艦隊が出撃し、沖縄の海に散っていってからも呉港には日本有数の軍港として数多くの艦艇が停泊していた。しかしそれらの艦艇は日本を護る最後の希望でありながら物資不足によって燃料は無く、出撃する機会は与えられずにずっと碇を下ろしたままだった。
身動きも取れないまま、そんな日々を過ごしていた。
しかしそんな日々さえ崩れ去った。
静かな港に轟く轟音。そして大空から襲い掛かる炸裂音。それが日常を爆音とともに破壊した。
一歩も動けない艦艇に容赦なく襲い掛かる爆弾と機銃の雨。無数の艦載機が呉港上空を飛び交い、港は爆音と炸裂音によって騒々しくなっていた。
呉の湾岸にある施設、街まで火の手が昇り、海水に浸からせる艦艇からももうもうとした黒煙が空を赤黒く染めていく。
虫のように空を自由に飛び交う敵機に対して、うら若き戦乙女たちは文字通りの意味で鎖に繋がれて動けないまま、しかし奮闘した。少女たちは各々に襲い掛かる敵機や自分の近くを通り過ぎる敵機を残さず撃ち落そうと懸命に戦う。
前にも同じことがあった。しかし今回は違った。
戦に出陣することができない戦乙女たちは自国の領土内で文字通りの死闘を繰り広げた。
その一人である少女も、無数の敵機が支配する大空を睨み、襲い掛かる敵機に今まで磨いてきた牙を存分に振るっていた。
やがて圧倒的戦力で襲ってきた敵機は去り、ようやく静寂が訪れた呉の港は惨状が広がっていた。
多くの艦艇が湾内に大破着底し、死傷者も多かった。施設は精密に爆撃され、街はもうもうと立ち上る黒煙と火の手が目立っていた。
「――――ッ」
赤黒い血が滴る片足を引きずり、引き裂かれた軍服のダランと下がった左腕の傷口を右手で抑えた少女がいた。外見は中学生くらいの幼さを見せ、しかしその幼さの中には大人っぽさも窺える。さらにその負傷した姿が少女という点で眼を背けたくなるような姿であり、同時に傷つきながらも立っていられる姿は生粋の軍人として賞賛したい。
漆黒の瞳を鋭く光らせ、鉄の味が滲む唇を悔しさに噛み締めながら、少女は一人、黒煙がのぼる飛行甲板の上に立っていた。
―――私は、なにもできない……。
不意に惨状が広がっている呉というかつての軍港を見詰め、少女は噛み締めた口の中で呟いた。
無意識に、傷口を抑えている右手が左腕の傷口をぎゅっと力強く握り締め、食い込む指の間から赤い血が流れていた。
冷たい潮風に吹かれて少女の黒髪が靡いた。
―――ニューブリテン島。
南太平洋・ビスマルク諸島最大の島。熱帯雨林が島中を占領し、各所には激しい南方戦線を善戦する日本陸海軍の航空隊基地が展開していたが、南太平洋の大空に撃墜王を生んできたラバウル航空隊も今となっては消滅し、地上の日本軍が各個小守備隊となって防衛戦を繰り広げていた。
ザアアアアアアア………
熱帯のたくましく育った葉を強く打つ雨音が響き渡る。地上は泥沼と化し、軍靴のほとんどがすっかり泥に埋もれてしまう。
熱帯地方で大雨とともに吹き荒れる強風がスコールという。そのスコールがまるで滝のように地上を覆うように打ちつき、寒さに堪えるために泥まみれの身体をさする。
「………」
熱帯林の葉を打つ雨音だけが聞こえる不気味な緊張が続く中、彼らは息を潜めて重い足を進めていた。
「衛……衛……」
雨音に掻き消されそうなぼそぼそとした声に振り返ったのは、少年の泥と雨水に濡れた童顔だった。いや、綺麗に拭き取れば女顔だというのがよくわかる。
「……なに」
口を開くと寒さで歯が震えてしまうので短く言葉を返しておく。
「なんか持ってねえか」
「……なにを」
言葉の返事の代わりに、腹の虫が鳴った。
「メシ」
「……ないよ。あったら僕が食べてるよ…」
「てめっ。独り占めする気かよっ」
「僕だって空腹だし、ていうか五日間飲み食わずなんだからみんな同じだよ…」
「んだよ…。ちっ」
「おいっ。うるさいぞ。喋るな…!」
前を歩いていた曹長に指摘され、二人は口を紡いで黙りこく。
「敵に見つかったらどうする…!」
「申し訳ありません、曹長殿」
スコールに打たれる中で列を成して慎重に行進する彼らの姿は地を這うトカゲのようであった。雨を防ぐのはヘルメットだけであり、肩や背中、ヘルメットには草や葉、蔓を巻きつけている者もいる。森の中でのカモフラージュというわけだが、こうして雨に打たれ泥だらけになり、寒さに震える者もいる。正に兵隊たちの苦労が滲みすぎる行進である。
元は陸軍航空隊基地で整備兵をやっていた帝国陸軍軍人、秋津衛軍曹はその寒さに耐えられない痩せた身体に身を震わせてさすりながら、胃が締め付けられるような思いをしていた。
戦争中期のガタルカナル島撤退から激しさを増す南方戦線でも戦況が悪化していく中、連合軍はニューブリテン島を通り越して日本本土に駒を進めたためガタルカナル島のような大規模な敵の上陸はなかったが、島は連合軍に包囲され、兵力補充の輸送ルートは断たれて時折攻撃を受けるので島は完全に孤立し、地上に残された日本陸海軍は最後の一兵まで戦う信念のもとで戦い続けていた。
先日にも敵爆撃機の大規模爆撃によって航空隊基地を徹底的に破壊され、敵地上軍の進撃もあり、秋津たち兵士は基地から敗走し、部隊は分裂、各々に小守備隊として熱帯雨林の中をさ迷っていた。
「だけどよぉ、やってらんねえぜ」
ついさっき曹長に叱責されたというのに反省皆無で口を開く戦友に秋津は状況が状況なので呆れる暇もない。
「いつまでこんなことしてなきゃならねえんだ……。腹も減るし、このままだと栄養失調かマラリアで死ぬかどちらかだぜ」
「………」
空腹で死ぬか、病気で死ぬか。
そんなのは軍人としてはご免だった。死ぬなら戦って死にたい。しかし食料も無く、戦う力もない。そして弾薬も底をつき、こうして終わりが見えない熱帯雨林の中をさ迷うだけ。
とにかくとりあえずは島の最南端にある友軍基地まで行かねばならない。唯一の希望はそこだけだ。……自分たちがいた基地と同じ敵の爆撃に晒されていなければいいが。
「……全員、止まれっ」
曹長が小声で言い渡し、列が止まる。雨音だけが響く中、全員が一層高まった緊張に包まれた。
「……敵ですか」
「わからん」
そばにいた若き兵隊がこの小さな守備隊の中で一番年上であり上官でもある曹長に訊ねるが曹長は訝しげな表情で即答する。
全員が緊張に包まれる中、雨音だけが耳を劈く。
鼓動がだんだんと高鳴り、心臓がまるで胸から飛び出していきたいと言っているかのようだった。
どれくらい経っているのかわからない。そんな分や秒を数える感覚が失われるほどの緊張感。いつしか寒さも感じられず、代わりに血が燃えるように熱くなっていく。
ドクンッ――ドクンッ――ドクンッ――
高まる鼓動が、消える。
「銃剣装備ッ!」
「!!」
曹長の号令により全員が緊張から弾けるように銃剣を装剣する。雨水と泥で濡れた手でもおそろしく手際良く銃剣が銃口の顎下に付けられる。
「突撃ぃぃぃぃっっ!!」
地を蹴ってスコールの中へ消えていく曹長の背に続いて次々と大声を張り上げて彼らも駆け出す。
「ばんざ――――いっ!!」
「天皇陛下ばんざ――――いっっ!!」
「ばんざ――――いっ!!」
その張り裂けるような大声を最後に、続いて雨音に負けない射撃音が絶え間なく鼓膜に響き渡った。それは四方八方から轟く機関銃の射撃音だった。
血しぶきを散らせて次々と倒れていく兵士たち。叫び声をあげながら、万歳を叫びながら、泥に倒れていく兵士たちを秋津は見た。そしてその声を聞いた。
そんな光景が、脳裏に焼きついて離れない……。
―――帰りたい、な……。
うつ伏せに泥に倒れていた秋津は自分が生きていることに気付いて、心の中でそう呟いたのだった。
この物語の主人公とヒロインである二人のそれぞれの戦争。
葛城は国内の呉港で敵の空襲にあい……
秋津は本当の戦場で突撃し、何故か一人だけ生き残る……
そんな二人が戦後に復員輸送の中で出会います。
次回、二人が出会うお話です。