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3点の小テスト

 

 美麗高校はHRの後に、毎朝15分の小テストがある。基本的に国語、数学、英語の問題が出題され、たまに物理、化学、歴史などの問題が出ると先輩から聞いたという女子の話し声が、机に突っ伏している俺の耳に聞こえてきた。


 今は、そのテストが終わった後の1限が始まる前の休憩時間だ。小テストが開始されてから5日目の今日は漢字の読み問題が10問、因数分解が10問、英単語の読み問題が10問であったが、出来た問題はたった3問。漢字は自分の中ではまだ得意な方であったので辛うじて3問解けた(得意といいながら3問しか解けなかったのは心苦しい限りである)が、ほかは全滅である。


 周囲で「今日の問題は満点いけた」などと騒いでいる声を聞くと耳が痛くなる。どうやら美麗高校の生徒にとって朝の小テストは造作もないらしい。これが卒業するまで続くと思うと憂鬱である。


 さらに、現時点で既に良くない気分が、授業が始まるとよりいっそう悪くなる。それもそのはず、偏差値40しかない俺が偏差値70の高校の授業を受けているからだ。


 勉強する内容は言うまでもなく難しいのだが、さらに驚いたのは生徒の意識の高さにある。美麗高校の生徒はどの授業も予習をして授業に臨んでいるため、まだ習っていない範囲を先生に当てられてもさらりと答えてしまう。


 彼らにとって予習することは中学校の時点でルーティン化されているのだろうが、小中と遊びほうけており予習の「よ」の字も知らない俺は違う。そう、俺は一人だけ場違いなのである。


 そんな考えてもしょうがないことを考えて4限の歴史の授業を乗り切り、チャイムが鳴る音を聞いた。ようやくお昼である。


 今朝、コンビニで買ってきたパンを食べるため、鞄に手を伸ばそうとしたところ、先生に呼ばれた。授業中寝ていたことを怒られるのではとびくびくしたが、その心配は杞憂に終わった。


 どうやら、遅れて発注した資料集が今日届いたらしく、歴史資料室からクラスの人数分運んできてほしいとのことだった。どうして俺が呼ばれたかといえば、俺が社会科係(気づいたらなっていた)だからである。社会科係は二人いるらしく、もう一人女の子が呼ばれていた。


 名前は確か井ノ(いのせ)だったか……? 人の名前を覚えるのは極端に苦手だが、彼女の名前は憶えている。というのも、先生に当てられた際、どんな問題にもまったく動じることなく受け答える姿が印象的だったからだ。そして、俺が知る限り全問正解している。


 一度も話したことがないため気まずいことこの上ないが、とりあえず俺が先に廊下に出て歩き出した。その後ろから井ノ瀬がついてきたので、そのまま縦の隊列を組んで歴史資料室へ向かった。


 4限が終わり昼休みになって騒がしくなった廊下を男女二人が縦に並んで無言で歩いているこの様は、いささかおかしくないかと考えながら、今いる本館から渡り廊下で繋がれた別館にある歴史資料室に向けて歩いている。


 資料室までの道のりは物理的にも時間的にも長いため暇を持て余す。時間つぶしに様々な方向に目をやっていると廊下にある窓が珍しく開いていることに気がついた。窓が開いていることやその理由にまったく興味はなかったが、まじめなこの学校でもこんなことがあるのだと、わけもわからずほっとしていた。が、次の瞬間窓の外から勢いよく突風が吹いてきた。


 強風であったため、転ぶことはなかったが少しよろけてしまった。それと同時に、俺の上着のポケットから少しはみ出ていた一枚の紙が、俺と井ノ瀬の間に表向きにポトリと落ちた。小テストの紙だ。その紙には赤ボールペンで書かれた『3』の数字が視認できた。


「あっ……」


 俺が何か言う前に、井ノ瀬の口から声が漏れた。数秒時間が止まったような感覚にあったが、その後すぐに意識を取り戻し、この状況を打破すべく言葉を発した。


「き、きょうは頭の調子が悪かったんだよなー。き、きのう食った牡蠣でもあたったかな」


 咄嗟に出た言葉がこれだとは我ながらショックを隠せなかった。頭の回転は速い方ではないとわかっていたが、ここまでひどいものだとは思わなかった。


 それ以前に、牡蠣は頭とはまったく関係ない。影響があるのはお腹だ。そして、そもそも昨日牡蠣は食べていない。自分の不甲斐なさとこの場の気まずさ、そして30満点中3点というまったく不名誉な点数がクラスメートにばれてしまったという羞恥心で、混乱に陥ってしまっていた。


 そんな中、井ノ瀬は何も言わずにこちらを見ていた。彼女の顔をまじまじと見たのは初めてだったが、混乱しているこの状況でも顔の整った美人であると認識できた。


「勉強苦手なんですか?」


「へっ!?」


 思わず小気味悪い声を上げてしまった。まったく情けない。気持ちを落ち着かせるため、一度心の中で深呼吸をした。


「そうなんだよー。昔から勉強苦手でさあー。それなのに家に帰っても勉強しないでぐうたらしちゃってさあー。友達と一緒じゃないと勉強できない体質なんだよねー」


 余計なことを言いすぎてしまったが、さっきと比べれば及第点である。それにしても友達と一緒じゃないと勉強できない体質なんているのだろうか。


「……そうだったの」


「うん……、なんかごめん…」


 ほんとに申し訳ない限りである。ついでに言うと、誰に何について謝っているかさえ整理できていない。


「ちょっとついてきて」


 そう井ノ瀬は言い放つと、突然俺の腕を掴み廊下を歩きだした。またしても脳の処理が追い付かない状況ではあるが、先ほどと同じ轍を踏まないためにも、この状況を作り出した原因を考えることにした。


 人気のない教室に連れ込み俺を説教するため。これが1つ目。できればこれであってほしくない。


 俺との会話に飽きたあるいは苛立ったため、先生から与えられた仕事をできる限り早くすませようとした。これが2つ目で、今のところの最有力候補だ。


 3つ目に、人気のない教室に連れ込みこくは――

 いやいや、それは絶対にありえない。もしそんなことがあれば、俺は世の中にあるすべてのことを信じられなくなる。


 3つ目の候補を全力で否定している間に井ノ瀬の足が止まった。


 そこは、本館から別館へ向かう渡り廊下の手前であった。


「井ノ瀬、ここは……?」


 そういって辺りを見渡すと閑散とした雰囲気の廊下の中で、明かりが付いている教室があることに気づき、またその教室から微かに笑い声が聞こえてきた。


 相変わらず井ノ瀬はだんまりを決め込んでいたが、このままでは状況が読み込めないので、今度はさっきよりも強めに訊ねようした。が、それは叶わなかった。俺が言う前に、井ノ瀬は「ガラガラ」と教室のドアを開けた。


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