若葉春男の憂鬱
一応ラブコメですが、コメディーの方に多く比重を置いて話を進めます。(恋愛を期待している方はすみません) 初投稿なので、温かい目で見守りください。
「嘘……だろ……」
一枚の紙を持つ手を震えさせて俺はそう呟く。震えているのは2月の冬の寒さにやられているからではない。紙に書かれている受験番号と目の前の巨大な掲示板にある一つの番号を交互に見ている。しかし、何度見ても俺の受験番号2145は掲示板に載っている。
この瞬間、偏差値40の若葉春男は偏差値70の私立美麗高校への入学が決定したのである。
「なんでこんなことになったんだろう……」
入学式から5日が経ち、どの生徒もようやく生活に慣れ始める時期であるはずなのだが、俺は2ヶ月前の合格発表が未だに夢ではないのかと疑うのを止められず、生活に慣れるどころの話ではなかった。
「それは自分の責任だろ、ハル」
思いやりのない口調で喋るこいつは小学校からの付き合いで、今も同じクラスメートの塚本透だ。知り合ってからずっと一緒にバカやってきた親友であるが、気づいたら偏差値に30ものの差ができてしまっており、同じ高校に行かないことは判然たるものだった。それでも、違う高校に行っても定期的に遊ぶことを約束していたのだが、現在同じクラスにいる。
「それを言われると返す言葉がないけどよ」
「私立は何個でも受験可能だから記念受験すると言って、受けたはいいけど本当に合格しちゃうとはね」
アハハと言って大爆笑する透には人を気遣う心が微塵もないらしい。
「あの時の俺はほんとにバカだったと今でも思っているよ」
美麗高校の試験はすべて5択のマーク式、適当にマークすれば正答率20%、美麗高校ボーダーが6割であることを考えれば、ほぼすべての問題がわからなかった俺が合格するはずもないのだが、鉛筆を転がして適当にマークした結果、奇跡的に合格してしまったというわけである。
それにしても今年の初詣に湯島天神で買った鉛筆がここまで効用があるとは予想だにしていなかった。神様なんてまるで信じていなかったが、一度信仰してみるのもいいのかもしれない。
「ならさ、美麗高校は辞退して、他の公立高校を受ければよかったんじゃないか?」
「そうしたいのは山々だったんだが、俺が合格発表を見に行っている間に美麗高校から書類が送られてきていたらしくて、そこで合格したことがばれたんだよ」
誰にばれたのかと言われれば、もちろん親である。美麗高校も律儀に発表当日に書類を送らずとも、ゆっくり郵送してくれればばれずにすんだのだが…。
「それで、美麗高校には行かないって言ったら、それなら学費は一切出さないと言い出して大喧嘩になったよ」
こちらが真剣に話している横で笑っている透を見て、続けて「母親が『息子が美麗高校に合格した』といろんな人に言いふらして近所で話題になった話」を話そうとしたが、これ以上透に笑われるのは癪にさわるので話すのを辞めた。
「まあ、定期試験前には助けてやるから安心しなよ」
「それは助かるよ」
これに関しては素直に感謝。神様、仏様、透様である。
「ところで、部活何にするか決めた? 美麗高校はマンモス校だから部活もたくさんあるみたいだよ」
「俺はもちろん部活には入らないよ。特にやりたいこともないからね。それに、ただでさえ勉強のできない俺が部活なんか入ったら、どんどん成績が悪くなるしな」
「確かに、ハルに勉強と部活の両立は無理だね」
やはりこいつはひどい。
「けど、たった一度の高校生活いろいろ青春しないとあとで後悔するよ」
「この高校に入った時点で青春なんてできないし、後悔なら入学した時にもうしてる」
自分で言っていて空しくなる。しかし、事実なのだからどうしようもない。遊ぶ余裕なんかなく学校が終われば自宅に帰って勉強、だがその行為も集中力のない俺にとっては無意味だろう。要領の悪い俺はなかなか成績が上がらず、授業にもついていけなくなって、定期試験は赤点だらけ、夏休みは大量の宿題と補修に追われることくらい少し考えればわかるのだ。
「まだわからないと思うけどね」
「わかるさ、それで……お前はどこかに入るのか?」
「テニス部!」
「どうして?」
「テニスって青春って感じじゃん!」
本当にこいつが偏差値70もあるのか疑わしくなってきた。実際、透の偏差値詐称疑惑は昔からで今に始まったことではないが。
「それなら帰りは別になるな」
「ハルもテニス部に入れよ!」
「さっきの話聞いてなかったのか? 部活には入らないよ」
テニスをやりたくないかと言われると嘘になる。テニスをしたことはないが、球技は好きで小学生の頃よく公園でサッカーや野球をよくしていた。素人が高校からテニスを始める話はよく聞くし、ボールを打った時のスカッとした感触は一度感じると忘れられないとも聞く。ましては、設備が整った美麗高校は10畳ほどの部室、芝生の生い茂ったテニスコートが8面、さらにはシャワールームまで完備されていると聞く。
「……そうか。これからテニス部に見学行くから。じゃあまた明日!」
「おう、じゃあな」
それでも頑なに部活に入らないのは学力が落ちてしまわないようにするためなのはもちろんだが、一番の理由としてはたまたま合格した俺が、頭のいい奴と一緒にスクールライフを満喫するのは少し違うのではないかという固定概念があるからだろう。
「なんで来ちゃったんだろう……」
そんなことを小声で呟きながら、1―F組のある4階の階段から昇降口へ向けて長い階段を下りていった。