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12-090.では、そろそろ始めようかの

 

 ――ヒロがソラリスに剣術を教わったその日の午後。


 ヒロとソラリス、リムの三人は深淵の杜に向かっていた。杜の魔法使い、モルディアスに魔法を教えて貰う為だ。ヒロは午前中にウオバル闘技場でソラリスから剣術の手解きを受け、疲労困憊していたのだが、リムが掛けてくれた回復魔法の御蔭で疲れの大半は消えていた。

 

 ヒロは回復魔法を自身に受けるのは、初めてのことだったのだが、嘘のように疲れが抜けていくのに驚いた。いったいどういうメカニズムなのだろうか。ヒロにはどうしてもその仕組みが気になってしまう。


 元の世界に居た時、同僚のエンジニアの一人からこんな話を聞いたことがある。手品を見たとき何を思うかで、文系脳か理系脳なのか分かるという。手品のタネが気になるのが理系で、手品を使って商売をしようと考えるのが文系なのだそうだ。


 よく発達した科学は魔法と見分けがつかない、とは誰の言葉だっけ。この異世界でも、いつか魔法の仕組みが科学的に解き明かされる日がくるのだろうか。そんなことを考えながら、ヒロは杜の路を進む。


 杜の中に入ると、昨晩降った雨の名残りなのか、肌がひんやりとした。冷たい風が運ぶ緑の香りが土の匂いをブレンドして顔を撫でる。路の土は柔らかい。動物か何かの足跡が所々に残り、小さな水溜まりが出来ていた。


 ヒロは拳ほどの水溜まりをそれとなく避けながら歩く。後ろのリムは、水溜まりを見つけると、嬉しそうにぴょんと飛び越えていた。ソラリスは、水溜まりなどあまり気にしてないようだ。蹴る力が強いのか彼女(ソラリス)が歩く度に、後ろに泥が跳ね上がっていく。自然とソラリスが一番後ろになった。


「なぁ、ヒロ。ここまで来といて言うのもなんだが、あの爺ぃ(じじい)は本当に魔法を教えてくれんのか?」

「ん? そういう約束だが」

 

 立ち止まったヒロが振り向くと、ソラリスが腰に手を当てて、口をへの字にしていた。


「初対面のお前に、いきなり魔法の指輪をやったり、どうにも胡散臭いね。何か他に魂胆があるんじゃねぇのか?」


 この間、モルディアスの所にいったときも、ソラリスは不平を漏らしていた。彼女(ソラリス)は、モルディアスとの初対面で、懐から金貨の入った袋を抜き取られている。やはり盗賊のプライドが許さないのだろうか。モルディアスにはいい印象を持っていないようだ。


「ふむ……」


 ヒロは軽く握り拳を作ると、折り曲げた人差し指の第二関節を自分の下唇に当てた。少し考えてみる。昨日図書館で本を借りたときも、モルディアスは、補償金を立て替えてくれた。確かに知り合ったばかりの相手にするには、行き過ぎている気がしないでもない。


ソラリス(きみ)の言うことには一理ある。それは否定しないよ。だけど、モルディアスは最初に俺を試したんだ。魔法を使いたければリムと別れろってね。俺は断ったが、モルディアスはそれを見てから、この指輪を寄越したんだ。目先の欲に振り回されないことを確認した上でね。最初から俺を騙すつもりなら、そんな回りくどいことはしない筈さ。だから、もし魂胆があったとしても、直ぐにどうこうとはならないと思う。それが分かる迄は、爺さん(モルディアス)と付き合ってみるさ」


 そんなもんかね、とソラリスはまだ納得していない様子だ。その気持ちは理解できなくもないが、何も分からない異世界で、そこの住民から総スカンを喰らったら、その先、生きてゆくのが難しくなるであろうことは目に見えている。駆け引きはしてもいいが、人を信じなくなることは御法度だ。最後の一線を越えなかったからこそ、今がある。ヒロは、元の世界で社会に出たばかりの俺に仕事を教えてくれた社長(おやっさん)の言葉を思い出していた。


 やがて、右手の視界が開けた。モルディアスの家がある広場だ。


 ヒロ達三人はモルディアスを訪ねた。



◇◇◇



 広場にヒロ達三人とモルディアスがいた。ヒロがモルディアスから輪廻の指輪を託され、魔法の練習と異形の魔物を斃した広場だ。


 広場の所々に一抱えほどもある岩がいくつも転がっている。岩の色合いからみて、この前、此処に来たとき、ヒロの魔法練習相手として召喚された石人形(ゴーレム)のなれの果てだ。石人形(ゴーレム)はモルディアスの魔法でブロック単位に切り刻まれた哀れな躯を晒していた。

 

 その岩の一つにモルディアスが腰掛けている。ソラリスは少し離れたところにある、元石人形(ゴーレム)の岩に片足を組んで座っていた。


「お嬢ちゃん、次は茶を持ってきてくれんかの。扉は開いておる」

「は、はいぃ」


 ぱたぱたとリムがモルディアスの小屋に駆けていく。五分ばかりリムに肩を揉ませたモルディアスが小屋を指さした。しばらくして小さな三角の盆を手に戻ってきたリムから茶を受け取ると、ずずっと啜る。


 モルディアスはリムに自分の世話をさせるという条件でヒロに魔法を教える約束だ。ヒロは団子(キビエ)をリムに毎日()()()することで受け入れて貰った。毎朝、大量の団子(キビエ)を買い込んではせっせとリムに捧げ、リムはそれらを一つ残らず自分の胃袋に受け取らせた。


 お供えの御利益か、最初は不承不承だったリムも機嫌を直し、こうしてモルディアスの世話をしている。

 

 美味そうに茶を啜るモルディアスの前で、ずっと立ったまま待っていたヒロは痺れを切らした。


「モルディアス、その茶を飲み終わってからでいいんだが、そろそろ魔法を教えてくれないか」

 

 ヒロは片膝をついて腰を落とし、老魔法使いの顔を覗き込む。モルディアスが口にしている茶が何の茶なのかは敢えて聞かないことにした。


「ほっ、ほっ、若い者は急いていかんの。別に魔法は逃げんわ」


 そう言って茶碗を口につける。相変わらずマイペースな爺さん(モルディアス)だ。ヒロは立ち上がると肩を竦めて、ソラリスに目を向ける。ソラリスは組んだ方の足に肘を立てて頬杖をつき、あたいの知ったことかといわんばかりの顔をしていた。


 たっぷりと時間をかけて茶を飲んだモルディアスは、リムのお盆に空になった茶碗を戻して、ゆっくりと立ち上がる。


「では、そろそろ始めようかの」


 モルディアスは三角帽の下から、鋭い視線をヒロに投げかけた。

 

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