9-068.わたし、浄化魔法使えますよ
「それにしても、スティール・メイデンは酷い殺し方をするもんだ。あれじゃ、なぶり殺しだ。いくらモンスター狩りといってもあそこまですることは無いんじゃないか」
ヒロは、スティール・メイデンの三人の小悪鬼への攻撃を思い出していた。一射で急所を射抜く腕を持ちながら、わざと手足を打ち抜いて、木に釘付けしてから止めを指すやり方。首を刎ねた後の死骸を滅多差しにする執念深さ。まるで殺しを楽しんでいるかのようだった。
「ヒロ、それがあいつらがスティール・メイデンと呼ばれる理由さ。『アイアン・メイデン』って知ってるか?」
「ん? 内側にびっしり棘がついた棺桶のことか」
鉄の処女。中世ヨーロッパで使われた拷問器具だ。ヒロは、かつて元の世界にもあった拷問器具と同じものがこの世界にもあることに驚きを隠さなかった。
「そうさ。あいつらは鉄じゃなくて、もっと硬い鋼鉄だ。モンスターを拷問に掛けるように、いたぶり殺すのさ。反吐が出らぁ」
ソラリスが心底嫌な顔をした。それはそうだろう。いくらモンスター狩りとはいえ、そんな残虐な殺し方、普通の神経なら耐えられない。ミカキーノはそんなパーティにソラリスを誘っていたのか。ヒロは沸々と怒りの感情が湧き起こるのを覚えた。
「でも、スティール・メイデンは、なぜ急に行ってしまったんだ。黒いローブを追っていったようだが……」
「さぁな。まぁどうでもいいさ。あたい達には関係ないよ」
「そうか……」
ヒロは黒ローブの人物に少し引っかかるものを感じていた。ミカキーノと対峙して一触即発の瞬間、何の前触れもなく、二人の間にだけ突風が吹き抜けたことが気になった。それは、今、リムが魔法で起こしてみせた風の魔法にも似ていた。仮に魔法だったとしたらその意図は何だったのか。俺達の注意を惹くためか、それとも、二人を狙って的を外したか。
ヒロが考えを巡らせている内に、バリアの中で火葬された小悪鬼達は燃え尽き、骨となった。
「終わったな」
ヒロがバリアを解除する。リムが近づくが止める。
「待て、リム、焼けたばかりだ、触ると火傷するぞ」
「あ、はい。あの、浄化しとこうかと思って……」
「浄化?」
「はい、さっきソラリスさんが、落とし穴に集めた死骸は後で、高位神官が浄化魔法を掛けるって」
「それがどうしたい?」
ソラリスが割って入る。
「なら、今ここで浄化魔法を掛けておいてもいいかなって」
「リム、君が浄化魔法を掛けるのか」
「はいです」
リムの答えにソラリスが目を剥いた。
「おいおい、冗談言うなよ。浄化魔法は高位神官の中でも特に熟練の奴しか使えないんだ。寄進の金だって安くはねぇ。ギルドは高位神官を呼ばずに済ませる為に、モンスター狩りをする冒険者達には、極力自分達でモンスターの死骸を処理するように通達を出しているくらいなんだぜ」
「わたし、浄化魔法使えますよ」
リムはけろりと答えた。
「ソラリス、やらしてみたらいいじゃないか。本当にリムが浄化魔法を使えるなら、この先色々と助かる。リム、やってみてくれ」
「はい。ヒロ様」
リムは焼かれた小悪鬼の骨の山の前に出る。まだその周りには熱気が漂っているが、リムは意に返さずに両手を広げて天に向ける。
「天に在す天空神エルフィル。大地を育む大地母神リーファ。偉大なる二柱の神の御名の下、使命を終えた魂に救済と祝福を与えん。この者達の魂は天に召され、姿身は大地へ還らん。永久の浄化を此処に……」
リムが呪文を唱えると、頭上から、きらきらと光る金の粒子がゆっくりと落ちてきた。それは雪のようにひらひらと舞い小悪鬼の骨に降り注ぐ。やがてその『金の雪』は骨の山を覆うように降り積もり、一際輝いたと思うと消え去った。後には、真っ白な灰だけが残っていた。
「終わりました」
ふぅと深呼吸を一つして、リムは両手を下ろした。本当に骨が灰になるんだな、ヒロが感心している脇でソラリスが目を丸くしている。
「マジか。リム、お前何者なんだ?」
「只の精霊です。見習いですけど」
リムはソラリスに顔を向けるとにっこりと笑った。
「リム、これで浄化されたのか?」
「はい、大丈夫です」
ヒロは灰の前で片膝をついた。手をかざして、灰が冷めたことを確認すると、そっと一掴みする。灰は石灰の様に細かく、指の隙間からサラサラとこぼれ落ちた。
「ふむ」
ヒロは少し考えてから、懐から皮袋を取り出した。元は金貨の入っていた袋だったが、金貨はカダッタの店で鎖帷子の前金として殆ど使ってしまった。残りの僅かな金貨をズボンのポケットに移すと、代わりに目の前の灰を掴んで、皮袋に入れた。
「サンプルとして、少し持ち帰らせてくれ。このまま埋めてもいいんだが、後で鑑定して貰おうと思う。リムを疑う訳じゃないが、浄化されていると確認できたら、これからは何かあってもリムに浄化をお願いすることもできるしな」
ヒロの言葉にリムはにこりとする。特に気を悪くした様子もない。安心したヒロは小悪鬼の灰が入った皮袋を懐に納めると立ち上がる。
「じゃあ、行こうか」
ヒロ達は道端に小さな穴を掘ると、残りの灰を埋めて、その場を後にした。




