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9-066.スティール・メイデン

 

 三つの影が人だと認識したヒロは、スクリーンバリアを解除した。バリアが無くなるイメージをするだけで、六角模様の膜は跡形もなく消え去った。


 三人の人影は、真っ直ぐにヒロ達に近づいてくる。


 一人は、大剣を手にした銀色のアーマーの男。一人は黒マントの三角帽。最後の一人は弓を担いだオールバックの小男。ヒロはこの三人に見覚えがあった、ウオバルの冒険者ギルドで会ったパーティだ。確か「スティール・メイデン」といったか。


「よぉ。また会ったな。ソラリス」

「ミカキーノ、手前ぇ。なんでこんなとこに居んだ」

「おいおい。助けてやったのに、それはないだろう。助け賃を請求してやってもいいんだぜぇ。なんなら、お前が体で払うってのでもいいぜ。負けといてやらぁ」

「誰がお前の助けなんかいるかよ。余計なお世話だ」


 ミカキーノが持っている幅広の刀身の大剣には、血糊がべったりとついていた。切っ先からぽたぽたと青い血が滴り落ちる。最後に逃げ出した小悪鬼(ゴブリン)のものであることは疑う余地はなかった。


 ミカキーノは大剣の血糊を拭うことも払うこともせず、そのまま背の鞘に納める。


「ソラリス。生憎、俺達も仕事中でな。お前を構ってやれねぇんだ。小悪鬼(こいつら)はお前らに呉れてやる。有り難く思いな」


 上から目線で言い放ったミカキーノは二人を引き連れて、その場を離れようとした瞬間、彼らの背後の茂みが微かに動いた。ヒロがそれに気づいて声を上げる前に、()()は正体を現した。


「キシャァァァア!」


 奇声とともに、一匹の小悪鬼(ゴブリン)が茂みから踊り出た。右手のナイフがギラリと光る。最後の生き残りだろうか、小悪鬼(ゴブリン)はその小さな体格からは考えられない程の跳躍で一気にミカキーノを狙った。


 ――ドシュ!


 ミカキーノが振り向き様、背の大剣を抜き放ち一閃した。刃は小悪鬼(ゴブリン)の首筋に食い込み、一息に両断する。血飛沫が舞い上がり、胴から離れた頭がごろりと転がった。緑青のような青臭い匂いが辺りに漂う。


(……強い)


 この男、態度や立ち振る舞いは別として実力は本物だ。ヒロはミカキーノの強さを素直に認めた。


 ミカキーノの脇に居た黒マントとオールバックの二人は、何でも無いことの様に(たい)を交わして小悪鬼(ゴブリン)の血を避けた。それはとても慣れた動きに見えた。そういえば、この二人とて、その実力は確かなものだ。弓矢に魔法といったロングレンジ攻撃主体とはいえ、三十匹の小悪鬼(ゴブリン)相手に手傷どころか返り血ひとつ浴びていない。


 この世界の小悪鬼(ゴブリン)がどれ程の強さなのか分からない。だが、さっきヒロを襲った囮を使う手口といい嘗めて掛かれる相手とは思えなかった。それをこうも易々と片づけるとは。


 ――しかし。


 ヒロは、叢に横たわる小悪鬼(ゴブリン)の死体を目に一種の気持ち悪さを感じていた。この世界の住人にしてみれば、モンスター討伐など当たり前なのかもしれないが、ヒロはそうではない。やはり冒険者にはなれそうもない。いや、正確には、モンスター狩りのクエストは出来そうにない。精々、魔法を使ったロングレンジ攻撃か、先程のスクリーンバリアで防御に徹するかくらいだ。もちろん将来、モンスター狩りが出来るようになるのかもしれないが、少なくとも今は無理だ。ヒロは(かぶり)を振った。


 「あぁ、このクズが俺の背後を取るなんざぁ、百年早ぇんだよ」


 憤ったミカキーノが、今倒したばかりの小悪鬼(ゴブリン)を滅多刺しにする。黒マントの男は三角帽を目深に被り直し、オールバックの男はせせら笑った。止める気配はない。彼らにとっては何時(いつ)ものことなのかもしれないが、いくら何でもやりすぎだ。


「止めろ!」

「あぁん」


 ヒロの制止に、ミカキーノが幾分狂気を含んだ瞳を向けた。その顔には小悪鬼(ゴブリン)の青み掛かった黒い返り血がいくつもあった。

 

「もう止せ。最初の一撃で死んでる。これ以上必要ない」

「何だ手前ぇ。邪魔するんじゃねぇ」


 ミカキーノは血にまみれた大剣の切っ先をヒロに向けたが、ヒロの顔をまじまじと眺めると何かに気づいたように片眉を上げた。


「あぁ、お前どっかで見たな。そうだ、冒険者ギルドに居た奴じゃねぇか」

「それがどうかしたのか」


 ヒロは努めて平静に答えた。おたついたら、何をされるか分からない。


「はぁん。道理でソラリスも居る訳だ。そういやぁ、落とし前をつけてなかったなぁ」


 ミカキーノは、冒険者ギルドでヒロと喧嘩になりかけた。その時は受付のラルルが止めに入ってなんとか収まったが、その落とし前をつけようというのだ。


「ミカキーノ、ヒロに手ぇ出したら、あたいが許さないよ」


 ソラリスが警告する。その手は腰の後ろに回っていた。何かあれば、迷いなく短刀を抜くだろう。


 リムはソラリスの後ろで震えている。こんな所でやりあった所で何の得もない。ヒロは、一瞬、さっきのバリアスクリーンをもう一度張ろうかと考えたのだが、如何せん距離が近すぎる。ミカキーノ達を遮断して、ソラリスとリムを守るような器用なバリアが張れるとは思えない。形状も距離も先程とは比べものにならないくらいの精度が要求される。ヒロには、とてもイメージだけでそこまでコントロールする自信は無かった。


(どうする?)


 ヒロの額に汗が滲む。炎粒(フレイ・ウム)を地面にぶつけてめくらましするか。いや、下手に動くといきなり斬り掛かってこないとも限らない。良くて相打ちか。金を払って許して貰うか、しかし、手持ちの金貨はエマの町でカダッタに鎖帷子の前金として殆ど置いてきた。その手も使えない。

 実際のところ、ヒロは防御にせよ攻撃にせよ、有効な手立ては殆ど持っていなかった。話し合いが通じる相手なら、まだ手があるかもしれないが、この男相手にその見込みは薄い。ヒロは対応に窮した。


 (参ったな)


 とその時、一陣の風がヒロとミカキーノの間を割るように吹き抜けた。


 ヒロとミカキーノが同時に風が吹いた方をみる。その視線の先に、黒いローブの影が佇んでいた。 

 

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