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9-062.こいつを作れる職人はそうおりませんでな

 

 ――翌朝、早朝。


 ヒロ達三人はカダッタの道具屋に足を運んだ。ヒロの冒険者としての装備を整えるためだ。


「お客さん、いらっしゃい」


 満面の笑みを湛えたカダッタがヒロ達を迎える。襟無しの一張羅から伸びる手足の筋肉が、有り余った力を発揮せんとばかり、モリモリと隆起している。カダッタは蝋板(ワックスタブレット)に彫りつけていた羽ペンを耳に挟む。商品のチェックをしていたようだ。


「カダッタ。また寄らせて貰ったよ」


 カダッタを見上げてヒロが挨拶を返す。カダッタは笑みを崩すことなく、ヒロ達を店内へと案内する。


「……ヒロ殿でしたな。今日は何をお探しですかな」


 カダッタは、一歩、歩く度にこちらには剣、あちらには防具だと指さす。自慢の商品ばかりなのだろう。その声は弾んでいた。


「手頃な防具や剣がないかと思ってね」


 ヒロは、まだ自分が魔法使いになれるのかどうか確信がなかった。確かに、モルディアスから貰った輪廻の指輪のお陰で魔法を発動できるようになった。だが、それは単に出せる、というだけで使いこなしている訳ではない。魔法使いと名乗るには烏滸(おこ)がましいという気持ちがあったし、魔法使い用の道具がどれくらいの値段なのか想像も付かないという心配もあった。ソラリスも魔法使いの装備はよく分からないと言っていたが、ヒロは、まず防具と剣といった無難な装備で、様子を見たいと思っていた。


「カダッタ、ヒロは今日が冒険者デビューなんだ。よろしく頼むぜ」


 ソラリスが横から割って入る。


「まだ、仮登録だよ。本物じゃない」


 ヒロは訂正してみせたが、カダッタはそうは受け取らなかったようだ。ヒロに向き直って、ヒロに手を伸ばした。


「それは、それは目出度いですな。ヒロ殿。冒険者としての門出にカダッタの道具屋に来ていただけるとは。これは勉強させていただかなければいけませんな」


 なんだか乗り気である。


 カダッタはグローブのような大きな手でヒロと握手してから、ソラリスに尋ねる。


「ソラリス嬢ちゃん、もしかするとヒロ殿とパーティを組むのですかな。こいつは楽しみですな」

「へっ。これでも本人(ヒロ)は自信がねぇんだとよ。あたいは良い冒険者になると思ってんだがな」

「ほうほう」


 少し照れたようにいうソラリスをみたカダッタは巨体を折り曲げてヒロに耳打ちをする。


「これは随分と嬢ちゃん(ソラリス)に気に入られましたな。ヒロ殿。嬢ちゃん(ソラリス)はこの辺りでも指折りの冒険者でしてな。今は盗賊をしてますが、剣の腕は超一流です。今はもう滅多なことではパーティを組みませんが、今でも剣士として色んなパーティから声がかかると聞いていますぞ。嬢ちゃんとパーティを組むのなら、大概のクエストは心配いらんですな」


 戸惑うヒロを余所にカダッタは、少しお待ちを、といって店の奥に入っていく。何かを取りに行ったようだ。


 しばらく待っていると、カダッタが戻ってきた。ハンカチサイズの銀色に光る薄い布のようなものを手にしている。


「ヒロ殿、ちょっとよろしいですかな」

 

 カダッタは店の奥にあるテーブルの椅子に腰掛けて、ヒロを手招きする。ヒロ達がカダッタの反対側に座ると、カダッタがテーブルにその銀の布を広げて見せる。それは布ではなく、金属のリングを編み込んだものだった。どうやら鎖帷子の一部のようだ。


「これは、当店の鎖帷子のサンプルでしてな。説明させていただいてよろしいですかな」

「済まないカダッタ。鎖帷子については、よく……いや全く分からないんだが、どれも同じなんじゃないのか?」


 ヒロの問いかけにカダッタは嫌な顔一つせずに応じる。


「皆さんそう仰るのです。けれどもよくよく見ると色々と違ってましてな。身につけるとその違いは直ぐに分かりますな」


 カダッタは三枚のサンプルを持っていた。その内の一枚を広げる。


「これは、通常市中に出回っている標準的な鎖帷子です。いわゆる量産品ですな。普通の鎖帷子は一つのチェーンの上下左右方向にチェーンを一つずつ、都合四つのチェーンを通して互いに繋ぎます。防御力はまぁ、そこそこです。初心の冒険者ならまずはこれをお勧めします」


 ヒロは目の前の鎖帷子をじっと見る。小指の先程大きさのリングが綺麗に編み込まれている。初心者の自分は、これで十分なのではないかとヒロは思った。


「ところが、このタイプの鎖帷子には柔軟性に少々難がありましてな」


 カダッタは手にしたサンプルを横に折り曲げてみせる。サンプルは二つに折り畳まれ、両端の表面(おもてめん)同士がくっついた。


「……横には柔軟性があるのですが」


 ヒロの視線が鎖帷子のサンプルに注がれていることを確認すると、カダッタは、サンプルを縦に折り曲げて見せる。今度は、少し撓むだけで、折り畳むことは出来なかった。


「このとおり。縦には柔軟性がないのですな。激しい動きをする際、この柔軟性の無さが仇になることがあります。ですから、中級以上の冒険者になってくると段々と鎖帷子は使わなくなるのですな」


 カダッタの説明にヒロは昨日、ソラリスが自分の来ている鎖帷子を見せてくれたことを思い出した。だが、あれは絹のように滑らかに動いていたような記憶がある。ヒロの不思議そうな表情に、カダッタが二枚目のサンプルを見せる。


「ですが、(なん)にでも特別はありましてな。柔軟性を持たせるような構造にしたのがこれです」


 ヒロの目には、一枚目との違いがよく分からなったが、心持ちチェーンの目が詰まっているように見えた。


「これは総鎖(そうくさり)編みといいましてな。大型のリングを同士を小型のリングで縦横に連結していく編み方です。これだと……」


 カダッタが二枚目を片手掴んでみせる。二枚目の鎖帷子のサンプルは、カダッタの手の平の中で、いとも容易くクシャクシャになる。


「柔軟性があるのです。鎖帷子の中では抜群の着心地ですな」

「凄いな。いいじゃないか」


 ヒロが感心する。プログラマーとはいえ、エンジニアの端くれだ。構造的な話には、ついつい興味を掻き立てられてしまう。


「ですが、柔軟に過ぎるのも問題でしてな」


 カダッタはテーブルの横に置いてあった、千枚通しのような道具を手にすると、総鎖編みのサンプルに突き刺した。千枚通しの針がプスリとサンプルの根元まで貫通する。


「剣のような斬る武器は防いでくれますが、尖ったものはこの通り貫通してしまうのです。こちらの標準品だと、柔軟性がないお陰でチェーンのどこかに引っかかってしまい、簡単には貫通しないのですが、総鎖(そうくさり)編みは柔軟性が有りすぎてチェーンが守ってくれないのですな。勿論、チェーンの内径より小さなものしか通しませんが」


 なるほど。一長一短があるのか。だが、実用を考えると着心地よりも防御力を優先すべきだ。ヒロはテーブルに両肘をついて二枚のサンプルを交互に見比べた。


「ですが、まだ上には上がありましてな。総鎖編みの欠点を改良したのが、こちらです」


 真剣な面もちで二枚のサンプルを見つめるヒロであったが、カダッタは三枚目のサンプルを差し出した。


「ヒロ殿。こちらは総六方編みと申しましてな。総鎖編みと同じく、大きい親チェーンとそれらを繋ぐ小さい子チェーンで編んだものです。ですが、親のチェーンを六角形に配置してそれぞれを六つの子チェーンで繋いでいるのですな」


 カダッタが二枚目と同じく三枚目を握る。総六方編みの鎖帷子は、二枚目程ではないが、くにゃと曲がる。


「この通り柔軟性があります。そしてこの通り」


 カダッタが三枚目にも先程の千枚通しを突き刺す。だが今度は、針先が少し顔を覗かせるだけで、貫通しない。


「総六方編みは、柔軟性を保ちつつ尖ったものも防いでくれる。どうです。大したものでしょう」

「凄いな、編み方一つでこんなに変わるのか」


 ヒロは目を丸くした。科学技術はまだ未発達にみえるこの世界でも、知恵を凝らして工夫するのは変わらない。これも人の(さが)なのかもしれない。ヒロはソラリスに顔を向けた。


「ソラリス、君の鎖帷子も?」

「そうさ。あたいのも総六方だ。材質もミスリルの特別製さ」


 ソラリスの返答にカダッタが満足気に頷く。


嬢ちゃん(ソラリス)の鎖帷子は、我が店が御用建てさせていただいたものでしてな。掛け値なしに名品です。ヒロ殿が、嬢ちゃん(ソラリス)とパーティを組むのなら、同じ鎖帷子を装備することをお勧めします。パーティのメンバーの装備に余り差があると、そこが足を引っ張ることもありますからな」


 カダッタは少し申し訳なさそうに、総六方編みのサンプルをヒロの目の前に広げた。


「ですが、総六方編み(こいつ)を作れる職人はそうおりませんでな」


 カダッタが人差し指と親指で自分の顎を摘んだ。次の言葉を探しているようだ。


「言わなくても大体分かるよ。相当()()()()()


 カダッタが無言で頷く。標準的な鎖帷子と比べて値が張るだろうことは容易に想像がついた。だが、買うか買わないかはこちらが決めることだ。ヒロは、どれくらいするのかカダッタに訊いた。


「王国正金貨五十枚。チェーンをミスリル銀にすると七十枚になりますな」


 ――金貨五十枚!


 高い。ヒロは心の中で嘆息した。余りにも高過ぎる。ソラリスが言っていた標準的な防具の値段の五倍以上だ。ヒロはこの世界の貨幣価値と相場について知っている訳ではなかったが、これまで使った経験から大凡の価値は感覚で掴んでいた。前回エマで泊まった控えの間付の部屋が一泊で金貨一枚だった。おそらくあの部屋は最上クラスの部屋だろう。そこから推し量ってみても、やはり高いことは間違いなかった。


「買います!」


 ヒロが値段の安い普通の防具を見せてくれと言おうとした矢先、隣で静かに見ていたリムが叫んでいた。

 

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