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1-006.絶体絶命のファーストコンタクト

  

 ――ゆらり。


 薄暗がりの小さな部屋で(ともしび)が揺らめく。


 マホガニーで(しつら)えた円卓に、取っ手がついた皿型の燭台が七つ。


 七つの灯りが七つの影を映し出している。


 燭台の炎が照らすその影は人形(ひとがた)だ。上下が一続きとなったゆったりとした外套。襟首から胸元に掛けて金の刺繍が施されている。黒のローブを身に纏った彼らは皆、フードで頭を覆っている。あたかも、(いにしえ)の魔法使いとでもいった(なり)だ。


 性別も年齢も表情も分からない。


 一つの人影がほんの少しだけ頭を擡げた。


「古き魔法賢者達よ。時が近づいている」


 力強い男の声だ。その言葉に残りの人影が微かに反応する。


 言葉を発した男が袂からゆっくりと小箱を取り出して、良く磨き上げられた卓の中央にコトリと置いた。


 男の指が撫でるようにして小箱の蓋を開ける。中からきらりと一対の指輪が顔を覗かせた。


 一つは金。もう一つは銀。およそ装飾と呼べるものが何一つないリングであったが、その表と裏に驚くほど精巧な古代文字が刻まれていた。


 おぉ、と僅かな溜息が人影達から漏れた。


「……輪廻の指輪(レンガス)

「まだ、残っていたのか」


 人影達の呻きのような呟きに男が頷く。


「皆も知っておろう。遥か昔、大魔道士ラメルが残した伝説の指輪だ」

「本物なのか」

「なぜ、此処に?」


 人影達の騒めきが収まるまで待ってから、男は右隣に視線で合図を送った。


「時が来たのです」


 右隣のローブが静かに告げる。その声色から女だと分かる。


輪廻の指輪(これ)を必要とする者が、やがてこの地に現れます」

「視えたのか」

「我が魔眼に賭けて……」

「その者は何者か?」

「いいえ、姿までは……ただ黒き瞳に黒き髪の持ち主とだけ……」

「……」


 しばしの沈黙が辺りを包む。指輪を示した男が背筋を伸ばした。


「だが、問題はその者が輪廻の指輪(レンガス)を持つに足る資格があるかどうかだ。いくら無尽蔵の魔力があったとしても、それだけでは……」


 男の対面の男が乾いた声で応じた。


「それは輪廻の指輪(レンガス)自身が指し示すだろう。魔力だけならば輪廻の指輪(レンガス)の保有者たると目された大魔導士はこれまでもいた。だが、その者達でさえも……」


 再び沈黙が訪れる。燭台の灯は僅かにその光を強くした。


「……輪廻の指輪レンガス再び世に現れ、世界は(ほつ)れん。導かれし者。運命が光と闇の狭間に投げ込まれるとき、世界は再び結び直されん」

「ラメルの予言……」


 何処からともなく呟きが漏れる。男は円卓に座る六人の魔法賢者をぐるりと見渡してから、一つ息をついた。


「左様。八千年の時を経て、ラメルの言葉が成就するときが来たのだ」


 その男の言葉に、対面に座るローブが疑念を呈した。


「しかし、どうやって見つけるのだ。その姿も分からぬのに……」

「いや、そうでもなかろう」


 男は手を軽く上げ、指輪を納めた小箱を指さした。


「人の子が輪廻の指輪(これ)を手にすればどうなるか分かっておろう。大魔道士ラメルの後、輪廻の指輪(レンガス)を扱えた者はいないのだ。此処に居る我らを含めて、な」


 その言葉を引き継ぐかのように別の声が被さった。


「やはりラメルが特別だったのだ。ラメルが神の使者から授かったという伝説を忘れたわけではあるまい」


 対面の男が尚も反駁しようとした時、カツンと杖が床を叩いた。


 皆が音の方を振り向くと、これまで一言も発していなかったローブが一人、立ち上がっていた。


「儂が預かろう」


 皺枯れた声が、暗い小部屋に響いた。しかし、彼の宣告は有無を言わさぬ力に満ちていた。


「……師父(クリンダリル)、貴方が?」

「左様。()()()ならば、腕に覚えのあるものが集まるからの。黒髪黒眼の持ち主などそうはおるまいて」

師父(クリンダリル)、もしも、その者が魔法を知らぬ者だとしたらどうなるのだ。(ことわり)も知らぬ者に輪廻の指輪(レンガス)を託すことになるのでは……」

「お主も知っていよう。欲得で輪廻の指輪(これ)を手にした者が皆()()()いったことを……輪廻の指輪(レンガス)自身が持ち主を選ぶのじゃよ」


 そう答えた師父に女ローブが語り掛けた。


師父(クリンダリル)。その者には魔法封印が施されていると我が魔眼が教えている。お心に留め置きなされませ」


 師父は無言で頷くと、一同を見渡した。


「卿には儂から伝えておこう。それでよいな?」


 残りの魔法賢者達は、皆、承諾の印を示した。


◇◇◇


 ――照りつける太陽。高く青い空。


 ヒロは道端にいた。異世界への第一歩を踏み出したのだ。


 胸を反らすように大きく鼻から息を吸って、口からゆっくりと吐き出す。特に変な味も臭いもしない。


 しばらく深呼吸を繰り返して様子をみたが、特に異常は感じられない。二、三歩歩いてみたが、体は重くも軽くもない。重力はもとの世界と同じ一Gのようだ。


 ――パラレルワールドは一つの世界から様々に枝分かれしていった世界に過ぎない。


 汎宇宙の管理人と名乗ったタガミの言葉を思い出す。ヒロにはその意味を理解している訳ではなかったが、ここが地球とよく似た世界であると感じていた。


 タガミの手伝いをしているといったメノウは、この世界は人が住む世界だといった。そうであれば、賭けはうまくいった事になる。あの変梃なエレベーターにあの娘(メノウ)を引っ張りいれなければ一体どうなっていたことか。


 だが問題は、ここが本当に人間が生きていくのに適した世界なのかどうかだ。いくら此処が人の住む世界だといっても、恐竜やモンスターが跋扈して、人の生存領域がほんの少ししかなかったとしたら良い環境とは言い難い。


 人間が只の餌にしか過ぎないような異世界では、人間はモンスター達に怯えならが暮らすことになる。そんなのは真っ平御免だ。


 今のところ、恐竜もモンスターも姿を見せていない。単にまだ出会っていないだけかもしれないが、いきなり襲われている訳でもない。ヒロは自分の行動が最悪の選択を避けたのだ、と言い聞かせた。

 

 自分が今立っているところは明らかに道だ。道の両脇に、片手で持てるギリギリの大きさのゴツゴツした石が、等間隔で並べられている。剥き出しになった砂利と乾いた土が入り交じった道には、わずかに轍の跡がある。人がいる証拠だ。道の左右には青々とした芝生と背の低い濃い緑の草叢が広がっている。


 ヒロは辺りを見渡した。正面遠くに青々とした山が連なり、その上をゆっくりと白い雲が流れている。山の麓には森があり、今立っている道は真っ直ぐそこに向かっている。その先は分からない。ヒロは後ろを振り返った。道は緩やかに登り下りして、はるか地平の彼方まで続いていた。


 一見して、長閑な田園風景だ。だが、元の世界と大きく違うものが一つあった。


 (……蓮?)


 月、というには奇妙な物体が天の一角に浮かんでいた。


 半球の上に、まるで蓮の花びらのような葉を幾重にも重ねたものが空に浮かんでいた。色合いは、昼間の月のように白っぽく左側の四分の一程が欠けて見える。月と同じ衛星なのだろうか。


 だが、どんなに目を凝らしても月のようにクレーターの陰影が形作る模様に類するものは見あたらない。


 ヒロには、あの蓮が、人工物なのか自然の天体なのか判別できなかった。もしあれが人工物だったとしたら、この世界は地球以上の科学技術を持っていることになる。ヒロにはその事と、足下の轍の砂利道が酷く不釣り合いなものに見えた。

 

 (……訳が分からない)


 ヒロは天空の蓮について考えるのを止めた。そんなことよりもっと大事なことがある。まずこの世界で生きる算段をつけることだ。喫急の課題だ。


 ヒロは改めて身の回りを確認した。服装はブラウンのスーツの上下に、白のカッターシャツ。小豆色の下地に白の水玉ネクタイ。足には黒の革靴。あの謎の白い部屋に居た時と同じだ。


 ポケットを探る。胸の内ポケットには財布。ズボンのポケットには、ハンカチと小銭入れ。 


 ヒロは、右肩に掛けていたナップサックを降ろして口を開け、中を確かめた。


 封を開けていない紅茶のペットボトルが二本に、タオルと筆記用具。そしてライター。異世界に迷い込む前のものがそのまま残っていた。


 異世界デビューにしては心細い事この上ない()()だが、水分があるのは幸いだった。流石に一週間は無理だろうが、節約すれば二、三日は持つだろう。それまでに町か村に辿り着かなければならない。そんなのがあればだが。


 しかし、今、見渡せる範囲には、村はおろか掘っ立て小屋ひとつ見当たらない。ヒロはその場でしばし考え込んだ。 


 (……前か後ろか)


 しかし、まったく知らない異世界で、どっちがどっちなのか考えたところで答えが出る筈もない。結局のところ、運を天に任せるしかないという結論になる。


(どうせなら、放浪の旅人らしく、コイントスでもしてみるか……)


 ヒロは自嘲気味に笑った。ポケットを探って、黒皮の小銭入れから十円玉を取り出す。手の平に乗せて表面に刻まれた平等院鳳凰堂を見つめる。表なら前、裏なら後ろにいくと決めた。


 ヒロは、親指を上にして拳を握り、親指の爪に十円玉を乗せてピンと弾く。垂直に飛び上がった銅貨はクルクルと見事な月面宙返りを見せた後、地面を叩いてチャリンと音を立てる。鳳凰がその雅な姿をヒロに見せた。


(……前か)


 ヒロは顔をあげ、前方の山々をのぞんだ。人里があればいいな、と祈った。 



◇◇◇



 ヒロは、山へと向かう道を所々休みながら歩いていた。時折、確かめるように、左右の風景をみるが、芝生と草叢以外は何もない。


(せめて川でも見つけることができればな……)


 人が住んでいるのなら、川の近くを探せば村の一つや二つを見つけられる筈だとヒロは考えていた。水は生活に欠かせないからだ。ナップサックの中の紅茶のペットボトルを飲みたかったが我慢する。むやみに飲んで、貴重な水を消費したくはなかった。


 しばらく歩いて、ヒロは、道の両脇に並んでいる駝鳥の卵サイズの石が、時折、一抱え程もある大きな石になっていることに気づいた。それは道の両端に左右一対で揃えられていた。ヒロにはその大石が意図的に置かれているものに思えた。


 ヒロは、その一組の大石を起点にして歩数を数えてみた。次の一対の石まで丁度二千歩だった。ヒロは、自分の歩幅は何センチかなと思ったが、普段自分の歩幅なんて意識しない。五十センチだったら千メートル。八十センチなら千六百メートルだ。

 

(……やっぱり人がいる)


 ヒロは自分を励ました。この世界に人がいるとして、正確な歩幅は分からない。だが、轍の幅からみて、体格にそう大きな違いはないはずだ。()()()の間隔が二千歩ということは、十進法か二十進法を使っている可能性が一番高い。ヒロは片手に指が十本ある姿を想像してぎょっとしたが、たぶん五本だろう。


 次の大石にくるたびに休息を取る。大石に腰を下ろして、足を伸ばした。もうどれくらい歩いたろう。流石に革靴で長距離を歩くのはキツい。だが、陽が沈むまでに何らかの手掛かりを掴んでおきたい。こんな、ただっ広いところで野宿するのと、山中で野宿するのとどちらが危険かヒロにはよくわからなかった。強いて言えば、見晴らしがよい分だけ野原の方がマシかもしれないと思われた。だが、所詮は野宿。安全というには程遠い。


 悩んでも仕方ない。これがゲームだったら、そろそろ人が通りかかる筈なのにな、と弱音を吐く。風がヒロの呟きをあざ笑うかのように通り過ぎていく。ささやかなヒロの望みが叶いそうな雰囲気は微塵もない。


 太陽は中天にさしかかっていた。ヒロは、スーツの上着を脱いで、ネクタイを思いっ切り緩々(ユルユル)にする。ナップサックからタオルを取り出して汗を拭う。ここまで歩いてきた距離と太陽の動きからみて時間はまだある筈だと推測する。


(いくか……)


 ヒロはスーツの上着を乱暴にナップサックに押し込むと腰をあげた。


 いつしか道は山間(やまあい)に入り坂道になる。緩やかな登り坂の周りの木は高く、梢が良い塩梅に日差しを遮ってくれる。


 体感で一時間程だろうか。道の傾斜が緩やかになっていく。山頂が近いと思ったヒロは、歩みを早めた。


 と、その先に何かがある。まだ遠目でよく分からないが、四角型をしていた。何か建物のようにも見える。その奥に何かいる。人影のようだ。


(人だ!) 


 やっと人に会える。ここまでの不安と緊張が一気に緩んだ。


 建物に近づく。人影に見えたものが少し動いた。何かに腰掛けているようだ。ヒロは建物の人物に早く会いたいという衝動を抑え、少し歩みを遅らせた。


 相手が何者か分からなかったし、人ではない可能性だって考えられなくはなかった。少なくとも、敵対する意志がないことを示す必要がある。慎重に行動するに越したことはない。


 建物の人影を観察する。手らしきものを頭の上にあげて伸びをしている。ヒロは、距離にして百メートル程まで近づいたところで、大事な事に気づいた。


(なんて声をかければいいんだ?)


 と、その人影が立ち上がった。向こうもこちらに気づいたようだ。白い服を来ている。膨らんだ胸にくびれた腰。片側に束ねて垂らした見事な金髪。女だ。


 腰に剣を携えている。剣士か? ヒロにもう少し考える時間があったなら、ここが中世ヨーロッパによく似た異世界であると気づいたかもしれない。しかし、今のヒロにそんな余裕はなかった。女は腰の剣に手をやり、一気に抜き放つ。剣の切っ先は地面スレスレに伸び、白銀の刀身が陽の光を跳ね返して強い輝きを放っていた。


 ――!!


 ヒロは足を止めた。


 敵対する意志がないことを伝えないといけない。手を挙げるか、それとも、こんにちは、とでも言えばいいのか。しかし此処は異世界だ。地球での行為がこちらでもそのまま通じる保証はない。地球だってインドやバングラデシュのように国によって頷く行為がノーを示すことだってあるのだ。無論、言葉(にほんご)が通じる可能性は限りなくゼロに近い。


(……どうすればいい、どうすればいい)

 

 敵意がない事を伝えたいという気持ちだけが膨らむばかりで頭の方は少しも回転しない。焦りのメーターだけが、ぐんぐんと回転数を上げる。


 女は剣を両手にしたかと思うと、柄を顔の右横に移動させた。切っ先を天に掲げ、僅かに頭の方向に倒す。それは、いわゆる八相の構えに似ていた。時代劇の主役のように決まっている。相当な使い手に違いないとヒロは直感した。


 女は剣を手にしたまま、一気にこちらに突進してきた。その瞳には燃えさかる敵意が宿っていた。


「ええええぇえぇえええぇ!」


 ヒロは声にならない声をあげた。敵対の意志がないことを示すも何もない。そんな暇もない。咄嗟に避けようとしたが、女のスピードはそれを遙かに凌駕した。


 五十メートルはあった距離が、あっと言う間にゼロになる。


(やられる……)


 無意識のうちに身を守ろうとその場で屈み込んだ。だが、ヒロの思考は別の方向へと跳んでいた。異世界生活は一日も立たずに終わる。こんなことなら、別れた彼女に似ていたあの娘、メノウともっと話しておけばよかったと、ヒロは場違いな後悔をした。

 

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