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2-017.契約書に古語は使わない方がよいですよ


「何故だい。商談を持ちかけてきたのはそちらだろう?」


ヒロの詰問にもシャロームは冷静さを崩さない。肘をテーブルに乗せ、両の掌を組んだ。

 

「如何にも。確かに持ち掛けたのは私です。珍しい八千年前の金貨ですからね。私もこれまで色んな商品を取り扱ってきましたが、レーベン金貨など滅多にお目にかかれない。それが五十枚も此処にある。何処かの遺跡から発掘されたにせよ、盗品にせよ、これ程の枚数ともなれば噂にならない筈がない。しかも一度も使ってないかのように綺麗です。これは一体どういうことでしょう。ヒロ、貴方が何処でこれを手にいれたか知りませんが、商品としては、精巧な偽物だと判断せざるを得ません。それとも、貴方から本物であると証明して戴けるのですか?」


 シャロームの返答は尤もなものだった。希少品が一度に大量に市場に出てくる場合はその出所が必ず噂になる。闇の商人でもない限り、出所の怪しい品物に手を出さないのは当然の反応といえる。ヒロはシャロームを真っ当な側の商人だと判断した。


「確かに君のいう通り証明はできない。だが利益は保証できる。君が買い取ってくれればね」


 ヒロは努めて平静に応じた。ここが正念場だ。祈るような気持でシャロームを見つめる。


「どういうことです?」


 シャロームは組んだ両手に顎を乗せた。口元に笑みが浮かぶ。好奇心を刺激されたようだ。


「君が買い取ってくれなかったら、俺達は別の街で、この金貨を売りに出すことになる。買ってくれそうな人を見つけてね。そして多分、君のいう通りすぐに噂になる。こいつは偽物かもしれないとね。そうなったら金貨(こいつ)が本物なのかどうかはもう関係ない。偽物だと思われたら誰も取引に応じないし、仮に取引できたとしても、一度に金貨(こいつ)が大量に出回れば、取引価格も下がってしまう。結局は二束三文になってしまうのさ」


 ヒロは、そこまで言ってシャロームの顔を窺った。シャロームは笑みを崩さない。まるでヒロの言葉を楽しんでいるかのようだった。


「だが、君が金貨(こいつ)をここで買い取ってくれれば話は別だ。君は様子を見ながら少しずつ捌くことができる。金ピカであることさえどうにかなれば、取引は出来るし値崩れも起こさない。手綱は君が独占して細く長く利益を得られる。簡単な話だ」


 ヒロは一息に説明した。


「大変興味深い話ですが……」


 ヒロの言葉を受け取ったシャロームが刺すような眼差しをヒロに向ける。


「そんなことをすれば、貴方が詐欺師として追われることになりますよ。私に詐欺師の片棒を担げとでも?」


シャロームの至極当然な追及だ。しかし、ヒロには確信があった。それはシャロームが本当の商人であるという事実に依拠するものであった。


「これが偽物だったらね。でも君はこれが本物だと思っているんだろう?」


そう言ってヒロはシャロームを見つめる目に力を込めた。


「……確かに」


 シャロームは両手を広げて正直に答える。抜け目はないが誠実だ。ヒロはシャロームという男に興味を覚えた。


金貨(こいつ)を全部捌くのが簡単じゃないことは君の顔を見れば大体分かる。だが、俺が売るよりも、商人の君のほうがずっと簡単な筈だ」


 ヒロはテーブルに無造作に積まれた太古の金貨の(アレー)枚を摘んで、シャロームに見せる。


「つまり、金貨(こいつ)の値段を決められる権利を持っているのは君なんだ。俺は材料を提供するだけだ。ただ、材料費をもう少し弾んで欲しいだけさ」


 ヒロを見つめるシャロームの瞳が笑った。


「……面白いですね。ヒロ。いいでしょう。レーベン金貨(アレー)枚につき、王国正金貨(モヘ)枚、それでどうです? 順当なところだと思いますが」

「正金貨(ヘイス)枚でいい」


 ヒロは即答して続けた。


「その代り前金が欲しい。こちらの金貨の半分を此処で渡す。どうだ?」

「ふむ。前金を支払う事に問題はありません。しかし、生憎とそちらの金貨の半分に見合うだけの持ち合わせがありません。今、御用意できるのは……」


 シャロームは自分の鞄の中を確かめるように見やった。


「王国正金貨五十枚です。足りませんか?」

「いや十分だ」


 ヒロは王国正金貨の価値がどれくらいか分からなかったが、そう言った。少なくとも、ナントカ準金貨よりはずっと高額の筈だ。


「では決まりです。契約を」


 シャロームが手元の羊皮紙二部を上下ひっくり返してヒロに寄越した。ルーン文字を少し丸くしたような異世界の文字が綴られていた。勿論ヒロには読めなかったが、流麗な筆跡の流れに、思わず見惚れてしまった。


 シャロームが羽根ペンの先をインク壺に軽く付けて、ヒロに渡す。ヒロは自分の署名をリムに委ねた。


「は、はい」


 突然のヒロの言葉に吃驚したように返事をしたリムだったが、羽根ペンを受け取ると流れるようにペンを走らせる。シャロームの字と比べると少し角ばった筆跡だ。


「出来ました」


 リムが両手で持って差し出した羊皮紙を受け取ったシャロームは署名に「ヒロ」と記載されていることを確認すると、店主(アルバ)を呼んだ。


「アルバさん。証人の確認と読み上げを」


 店主(アルバ)は、シャロームから羊皮紙を受け取ると、内容を読み上げた。


「契約。大地母神リーファの名の下に、契約が成立したことを証す。売り手ヒロはレーベン金貨五十(ヌン)枚を買い手シャローム・マーロウに譲渡する。買い手シャローム・マーロウはレーベン金貨五十(ヌン)枚の対価として、レーベン金貨(アレー)枚につき、フォス王国正金貨(ヘイス)枚を売り手ヒロに支払うものとする。尚、レーベン金貨(ヨド)枚の譲渡とその対価であるフォス王国正金貨五十(ヌン)枚の支払いについては、契約の一部として即時履行する。但し、売り手ヒロがレーベン金貨五十(ヌン)枚を譲渡できない場合、または買い手シャローム・マーロウがフォス王国正金貨二百五十(レシュ・ヌン)枚を支払えない場合において、売り手ヒロと買い手シャローム・マーロウ双方の同意を以て本契約は破棄される。二蓮(ふたはす)の月の七日。証人、アラニスのアルバトロス」


 店主(アルバ)がシャロームとヒロを交互に見やって、その体格に相応しい大音声で、間違いないかと確認する。


「間違いありません」


 そう答えたシャロームはヒロに視線を向ける。ヒロも間違いない、と応じた。


 二人の宣誓を聞いた店主(アルバ)は、二部の契約書に自分のサインをして、一部をシャロームに、もう一枚をヒロに渡した。


「契約成立です。ありがとう」


 シャロームが立ちあがって手を差し出した。ヒロは此処が異世界であることも忘れ、同じく立ち上がって握手を交わす。


 ひとしきり握手したあと、シャロームは鞄から王国正金貨を取り出して、テーブルの端に積み上げ始めた。瞬く間に十枚一組の山が五つ出来上がった。


 ヒロも、テーブルに出したリムの金貨の山から十枚を取り分け、シャロームの方に移動させる。


「前金です。御受け取りを」

「ありがとう。こちらも金貨(ヨド)枚を渡すよ」


 前金の王国正金貨五十枚を受け取ったヒロに、シャロームが思い出したように口を開いた。


「ヒロ、一つ教えてください。貴方は私が此処で金貨を買い取らなかったら、別の街で売り捌くといいました。しかし、私が仲間のギルドに連絡を回してしまえば、どの街に行こうが一枚たりとも売る事はできなくなる。その事は考えなかったのですか?」


 シャロームの問にヒロは笑顔で答えた。


「考えたさ。でも君は絶対そうしないと分かっていた。君は自分の目利きに狂いはないと思っている。違うかい?」

「ふふっ。買い被り過ぎですよ」


 シャロームはヒロから受け取った金貨を鞄に仕舞うと、くすりと笑った。


「ここから少しいったウオバルという都市に、シャローム商会があります。契約書とレーベン金貨を持ってきて下されば、そこで残りの代金をお支払いしますよ。あぁ、そうでした……」


 シャロームは再び鞄を開ける。


「ウオバルに行くなら、紹介状があった方がいいですね」

  

 シャロームは鞄からもう一枚羊皮紙を取り出すと何やらサラサラと書いてヒロに渡した。


「これは私からの紹介状です。ウオバルの城門でこれを見せれば、問題なく入れてくれる筈です」

「ありがとう、シャローム」


 感謝の言葉を述べるヒロに、シャロームが付け加えた。


「ヒロ、良い商談でした。最後に、余計なお世話かもしれませんが、契約書に古語は使わない方がよいですよ。ウオバルは学問都市ですから、この辺りの商人で古語を読める人は少なくありません。ですが他の都市ではそうではありません。商人といえど皆、レーベン文字が読めるとは思わない方がよいですよ」


 シャロームは、頭のベレー帽を少し直すと、宿に戻ります、といって店を後にした。


 シャロームを見送ったヒロが振り返ると、リムがえへへと恥ずかしそうに頭を掻いていた。

 

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