19-160.侵入
――ヒロ達がフォーの迷宮に入って数刻。
フォーの迷宮の地上部分入口に小さな影が一つ現れた。背丈は八歳の子供くらい。皮膚の色は緑で上半身は裸だ。肩から皮のバンドを襷掛けにし、そこに括り付けた丸い木の盾を背中に背負っている。
腰には茶色の皮とも布とも分からないものを巻いているが、衣服と言えそうなものはそれくらいだ。足には何も履いていない。尖った爪が足の指から大きくはみ出して伸びている。小悪鬼だ。
小悪鬼は使い古された小弓と矢を手に持ち、もう一方の手で兎のような動物を引きずっている。兎の背に矢が二本刺さっているところを見ると、どうやら狩りの帰りのようだ。
緑の小鬼は、迷宮の入り口で一旦止まると、そのぎょろりとした目玉で、きょろきょろと周りを見渡した。敵がいないか警戒しているのだろう。
やがて周りに何も居ないことを確認した小悪鬼はキッと一声鳴き声を発すると、フォーの迷宮に入ろうと歩きだした。
――ギッ!?
突然、小悪鬼が小さな悲鳴を上げた。ドサリとその場に倒れる。一体何が起こったのか小悪鬼には分からなかった。次第に狭くなる視界で、小悪鬼がみたのは、黒いブーツの人間らしき足だけだった。
◇◇◇
ヒロ達が足を踏み入れた隠し通路は、床こそ石造りだが、周囲を土壁で覆われた炭坑のような通路だった。一定間隔で木枠が壁に張られ支えている。山を掘ったのだろうか。通路は緩やかな階段となっており、ずっと下まで続いていた。
ヒロ達はソラリスを先頭に、ヒロ、リム、エルテの順に足を進めた。
通路には特に明かりらしきものは見あたらなかった。ソラリスはああいっていたが、明かりなど、とっくの昔に消えてしまっているだろうとヒロは考えていた。
フォーの迷宮が何百年、何千年前の建造物か知らないが、そもそも永遠に灯る明かりなどある筈がない。
よしんば、何らかの手段で簡単に消えない明かりを作る事ができるのだとしても、それならば町でも村でも、ふんだんに使われている筈だ。しかし、エマでもウオバルの街でさえも、明かりといえば、蝋燭かランプだ。日没になれば、その日の仕事を終える。家に帰れば、ささやかな灯火の下で食事を取り、神に祈りを捧げ、就寝する。そんな生活だ。
事に人が滅多に足を踏み入れない迷宮であれば尚更だ。人が定期的に手入れでもしない限り、迷宮の中に明かりを灯すなんて事は不可能だ。それともモンスターが明かりを灯して廻っているとでもいうのか。
馬鹿な、とヒロは首を振った。
と、目の前にいくソラリスが自分の懐を探って、赤い皮袋を取り出した。此処に来る前、カダッタの道具屋で調達したものだ。確かアリアドネとかいっていたか。
ソラリスは袋から小さな種のような粒を一つ摘む。粒はラグビーボールのような形で大きさは向日葵の種を二回り大きくした程度。向日葵の種のように縦に赤い縞模様がある。ソラリスはそれを一つ、足下の床にほうり投げた。
「ソラリス、何をしたんだ?」
「これか? 床を見てみな、ヒロ」
ソラリスが赤い皮袋を懐にしまいながら、目線で床を指し示した。ヒロが目をやると、先程ソラリスが投げた「種」が青緑色に発色しているのが見えた。
「アリアドネの種は、こうやって暗闇ん中で光るんだ。普通に土にほおっておけば十日もすれば発芽するけど、それまでは光ってる。ここは石床だから、もっと光ってるだろうけどね。自分達が何処を歩いたか分かるようにする目印さ」
「地図があるのにわざわざそんな事をしないといけないのか?」
「未攻略迷宮の地図が完璧である保証はないんだよ。たとえ地図が完璧だったとしても、自分が今何処にいるか分からなければ意味ないのさ。そうでなくても、此処は天井や壁が崩れ易いし、それで通路が塞がっていたりしていたら、地図には頼れなくなるからね」
「そうか。それでその種は動物かモンスターに食べられたりしないのか?」
「はっ、こいつはね、もの凄く苦い上に毒がある。動物やモンスターもそれが分かっているから手を出さねぇんだ。迷宮探索には必須のアイテムさ」
「便利なものがあるんだな」
色々なアイテムがあるものだ。光る種を目印に使うというアイデアは言われてみれば尤もだ。迷路というのは、似たような壁と幾重にも枝分かれした通路が延々と続く。意外に迷うものだ。地図がなくても、もと来た路など覚えているなどと多寡を括っていると大変なことになる。ヒロはソラリスの用意周到さに、ベテラン冒険者とはかくあるものかと頼もしく思った。
やがて細い隠し通路は終わり、ヒロ達の視界が開けた。
「ここが第一階層の入り口だ」
ソラリスがヒロに振り向いて、にやりと笑った。




