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1-010.御団子もっと有りませんか

 

「おい、大丈夫か? しっかりしろ」


 ヒロは、うつ伏せのまま引きずり出した少女の背中を揺さぶった。


「イプェラナタクスメアールアービェージャ、シャローパェファイヴォローアテタメックローアルパウ」


 少女は、ゆっくりと起きあがると、ヒロを見るなりはっとした顔をした。やっぱり異世界の言葉は分からない。ヒロが何も答えることできずにいると、頭の中に先程の声が聞こえてきた。


 ――私の呼び掛けに答えてくださったのは貴方ですね。助けに来てくれてありがとうございます。


 (え、貴方って?)


 ヒロはきょろきょろと回りを見渡した。穴の中には自分と少女の他には誰もいない。ヒロは少女の顔を見ながら人差し指で自分を指してみた。


「エスト((そうです))」


 今度は少女が発する異世界語と頭の中の声が被って聞こえた。訳が分からず戸惑っていると、少女は自分の下顎に人差し指を当てて上目遣いになり、少し考えるような仕草をする。


 ――やっぱり、言葉が分からないのですね。


 ヒロの頭の中で声がしたかと思うと、少女は自分の人差し指をヒロの眉間にちょんと当てた。


 ――カチリ。


 ヒロは自分の頭の中でブレーカーのようなスイッチが入った音がした。次の瞬間驚くべきことが起こった。


「私の言葉が分かりますか」


 少女の言葉が鼓膜を震わせる。日本語に聞こえる。ヒロは困惑した。


「分かりませんか? 分かる筈なんですけど……」


 少女はおかしいな、という表情をした。おかしいのはこっちだ、と言いたいのを我慢して、ヒロは頷いた。


「ですよね! 私の言ってること分かりますよね、ね?」」


 少女は目を輝かせてヒロの顔を覗きこんだ。その勢いに押されて、ヒロは「うん」と答えた。


「よかった。私の名はリム。貴方は?」

「……ヒロ」


 ヒロは戸惑いながらも日本語で答えたのだが、リムと名乗る少女は、それを理解した。


「ヒロ、様ですね。私は、大地母神リーファに仕える精霊の……見習いです」


 リムは少し申し訳なさそうな声で自己紹介をした。ヒロは、そんな事より、いきなり異世界語が分かるようになったこと。そしてリムが日本語を理解していることに驚いていた。何が何だかさっぱりだ。


「あ、なぜ言葉が分かるようになったのか不思議なんですね。さっき、おでこに触ったときにヒロ様の言語中枢をこちらの言葉に合うように調整させていただきました。ヒロ様が母国語で聞いたり喋ったりしている積りでも自然にこちらの言葉になってますからご心配なく」


 リムはにっこりと微笑んだが、ヒロには半信半疑だった。試しに問いかけてみる。


「魔法を掛けたのかい?」

「ん~。正確には魔法ではありませんけど、似たようなものです。見習いとはいえ精霊ですから」


 少女は何でもないことのように答えた。確かに言葉が通じている。ヒロは理由を詮索する前にまず事実を受け入れることにした。


「もう一つ聞きたい。さっき、俺の頭の中でこっちこっちと呼ぶ声が聞こえていたんだけど、何か知っているかい?」

「あれは私の心の声です。精霊と念話(テレパシー)できる人種(ひとしゅ)は滅多にいないのですけれども、ヒロ様はお聞きになられました。御蔭様でこうしてお会いできました。良かったです」


 リムは嬉しそうに言った。


 ヒロは困惑した。確かに声は聞こえたが、それが念話(テレパシー)なのだと言われても、どう反応していいか分からない。だが、今はそんなことを追及している状況ではない。理屈はどうあれ、この小さな娘と意志疎通ができる事実の方がはるかに重要だ。


 そして今の状況も……

 

 ヒロはリムの言葉を否定したかったが、口をついて出たのは全く別の台詞だった。


「そりゃどうも。もっと()いところで逢えたら良かったんだけどね」

「へ?」


 リムは吃驚した顔で、ヒロを見つめた。


「君を助けたいのは山々なんだけど、実は俺も助けて欲しい側なんだ」

「えええぇぇえ!」


 リムの反応に、ヒロは申し訳なさそうに頭を掻いた。



◇◇◇



「ヒロ様。これ、――もぐもぐ。美味しいですね。――もぐもぐ」


 リムはヒロからもらった団子(キビエ)を口一杯に頬張りながら、心底旨そうな顔をした。もう機嫌が直っている。現金なものだ。意外と気持ちの切り替えは早いらしい。


 ヒロはとりあえずお互いの事を話しておこうと提案し、リムは「そうですね」と素直にヒロの言葉に従った。二人は落とし穴の底の干し草の上に腰を下ろした。リムは自己紹介を始める。


「私は準精霊になるための修行中なんです」

「精霊?」

「え、まさか精霊を知らない訳じゃないですよね? ――もぐもぐ」

「言葉では聞いたことがあるけど、見たことはないんだ」

「ヒロ様、私、見えてますよね? ――ごくん」

「いや、あの、精霊って、こう羽が生えてて、森の中に棲んでいるっていうか。リム、君は見たところ、普通の人のように見えるんだが……」


 ヒロは、リムが自分のイメージの中の精霊と違う事を指摘した。ヒロの目に映るリムは十歳くらい。短くショートカットした亜麻色の髪にくりくりとした目。その瞳が金色に輝いている点を除けば、その辺にいる小学生と変わらない。ヒロは親戚の子供か何かと話している気分になった。


「あぁ、それは聖精霊様の事ですね。精霊にも順番があるんです。まず(ヒト)種や色んな種族の中から、精霊になれる素質のある者が見習いになります。そして修行と実績を積むと、準精霊になります。その準精霊が更に修行を積んで、本精霊、聖精霊へとランクアップしていくんです」

「成る程、最初から精霊という訳じゃないんだ」

「はい。聖精霊様になると、自分の姿を自在に変えられるようになります。ヒロ様は聖精霊様にお会いになったことがあるんですね」

「いや。俺が子供の頃の読んだ絵本の中で、精霊はそういう姿だっただけさ。会った訳じゃない」


 精霊か。リムを見ていると実感が湧かないが、ここまで当たり前に話されてしまうと、ここが俗に言うファンタジーの世界だと認めざるを得なかった。


「それで、リムは聖精霊になろうとしているんだね。聖精霊になったらどうするんだい?」

「女神になる修行が始まります」


 リムは間髪入れずに答えた。何を当たり前の事を訊くのだろうといわんばかりの顔をしている。ヒロは我慢して飲まずにおいた紅茶のペットボトルをキャップを外すと、リムに飲むかといって渡す。リムはペットボトルをひったくると、躊躇なくゴクゴクと飲んだ。実に元気がいい。ヒロはこんな状況でありながら、少し愉快な気持ちになった。


「リム。修行中の身であることは分かった。でもそんな君がなんでこんなところにいるんだ?」

「えへへ。こっちにくるのは初めてなもので。ずっと歩いてきて、喉が乾いたので、水を飲もうと……」


 そういえば、穴に落ちる前、小屋の裏手の奥から水が流れる音がしていたな、とヒロは思い出した。


「なるほど。それで見事にここに落っこちた、と言う訳か。俺も人のこと言えないけどな。リムはいつからここにいるんだい?」

「え~。二日前ですかね」


 リムは自分の指を一つ二つと折り曲げ、数えてから答えた。


「それはお腹が空いただろうね。助けは呼ばなかったのか?」

「最初は大声で呼んでみたのですけど、なんか、黒いおっきい犬がやってきて……」


 あの黒狼か。ヒロはつい先程、自分も襲われたモンスターを思い出した。自分とてセフィーリアに助けられなかったらどうなっていたか分からない。ヒロは肩を竦めた。


「なんともなかったのか?」

「そんなわけありませんよぉ」


 リムはその時の事を思い出したのか、急に両目をうるうるさせてヒロに訴えかけた。


「すっごく怖くって、ここの穴に隠れたんですよぉ」


 リムは自分が引きずり出された横穴を指さした。なるほど。それであんなところにいた訳か。ヒロは理解したとばかり何度か小さく頷いた。


「それからもう声を出すのが怖くなって、念話(テレパシー)でずっと助けを呼んでいたんです」


 リムはいきなり、がばっとヒロの首に抱きつくと嬉しそうに言った。


「よかったです。私の念話(テレパシー)を聞いて、ヒロ様が助けに来てくれて……」


 (だから、さっき俺も困ってるって……)


 ヒロはそう言おうとしたが、言い出せなかった。今まで生きてきて、これほど無条件に頼りにされた事などなかった。しかも可愛い女の子だ。会社の一員として、その他大勢の中の一人として黙々と仕事をしていたときと違う何かがヒロの心を揺さぶった。


 ヒロが少しよい気分でいると、リムは急に大事なことに気づいたかのように真剣な顔つきになった。ヒロを上目づかいでじっと見つめる。ヒロはリムの眼差しに何を言われるのかとごくりと唾を飲みこんだ。


「……ヒロ様。団子(キビエ)もっとありませんか。お腹が空きました」

 

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