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第13話 「オレもぎゅーしたい!」

「怪我、してる」

「こんなのかすり傷だろ」

「でも…」

「フィンが怪我してないなら、それでいい」


ハルトの服の所々に、誰かの血飛沫が飛んでいる。

旅をしているのだから、こういうことが起こる可能性だって、あったじゃないか、とそんな事も考えていなかった自分の考えの甘さに、きゅ、と服の裾を握りしめる。


「ねぇ、フィン」

「…なに」

「もうさ、服、乾いてるんだけど」

「…うん?」


奥歯に物が挟まるようなハルトの言い方に、どうしたのだろう、と首を傾げれば、ハルトが「ん」と言いながら手を広げる。


「おいで、フィン」

「っ!」


柔らかく、ハルトが笑う。

それは、小さな頃からずっと、見てきたもの。

揺れる山道の、馬車の荷台だということも忘れて、ばっ、とハルトのところに飛び込む。

ドン、とバランスを崩して、若干の体当たりにはなったものの、ハルトの腕はしっかりと支えてくれて、ぎゅ、とそのままハルトの背中の服を掴む。


「ハルトが、居なくなっちゃうかと、思った」

「俺が?フィンを置いて?あり得ない」

「だって」


見えなかったのだ。二ヴェルの腕と、ハルトのマントが、すっぽりと視界を隠してしまった。


「フィンに置いていかれるならまだしも、俺がフィンを置いていくなんて、あり得ない」

「ハル」

「フィンしか居ないんだ。フィンがどう言おうと、どう思おうと、俺にはフィンしか居ない」


ぎゅう、と抱きしめられる腕は、いつもより少し強くて、「ハルト、痛い」と小さく声を零せば、「ごめん」と言う言葉とともに腕の力が緩くなる。


「なぁー、フィンー、オレもぎゅーってして欲しいなー」


ひょこ、と荷台に顔を覗かせたのは、前方に居るジャンで、その様子に「ダメに決まってんだろ」とハルトが笑いながらジャンの視界から私を隠す。


「何でだよ!二ヴェルだってハルトだってぎゅーしただろ!次はオレだろ!」

「うっせぇ!お前はしっかり前見てろよ!」

「ヤダよ!オレも!」


ギャンギャン、と言い争いを始めたハルトとジャンに、二ヴェルは呆れたようにため息をつき、私はというと、みんなが無事で、いつもと同じだ、ということに安心したせいか、「ぷっふふ」と急に笑いがこみ上げてきて、暫くはその笑い声を止めることが出来なかった。



「ただで乗せてもらう代わりに護衛、っていう話だったのにね?」

「随分と沢山頂きましたねぇ」

「暫く食には困らなさそうだな!」

「おい、ジャン、まだ食うのかよ」


この街まで乗せてきてくれた商人は、「あんな大勢に狙われたのに、生きて帰れるなんて、奇跡みたいなものだ!ありがとう!本当にありがとう!」と物凄くたくさんジャンとハルト、二ヴェルにお礼を伝え、その上で、「少なくて申し訳ない」と十分すぎる食事と報酬まで出してくれた。受け取った報酬を見た、ジャンは沢山食べた直後にも関わらず、まだ食についての話をし、ハルトはというとそんなジャンに呆れたような表情を浮かべている。


「んー、でも、まだ食えるしなぁ、オレ」


ちょっと物足りない、と呟くジャンに、「それだったら」と報酬の中から、いくらかを渡して好きなものを買ってきたらいい、と考え、お金が入った袋に手を入れた瞬間、ドンッ、と右腕に衝撃が走る。


「うわっ、ちょ」


倒れる、と思った瞬間、バッ、と報酬の入った袋が、私では無い誰かの手によって、一瞬にして奪われた。


「あっ!!」

「ッ!スリかっ!」

「チッ!」


トン、と倒れ込んだのは、二ヴェルの胸元で、「おっと」と二ヴェルは終始落ち着いた声で「フィン、怪我は?」とのんびりした声で問いかけてくる。


「怪我はしてない、けど、お財布がっ」


盗られた、と旅の皆の資金が、と焦る私を余所に、「お金は大丈夫でしょう」と二ヴェルは私とは正反対にのんびりとした声で答える。


「え、だって、盗られたんだよ?!私たちも行かないと」


言い終わらない内に駆け出そうとした私の手を、二ヴェルがぐい、と引き止める。


「大丈夫ですよ。フィン。あの2人ですから。むしろ、あの子を心配したほうがいいかと、私は思いますけどね」

「へ…?」


ポカンとした表情をしたまま、立ち止まった私に、「そんな表情も良いですが、少し歩きましょうか」とニコニコとしながら、二ヴェルが胸元から一枚の紙を取り出して、混乱したままの私の手をひいて歩き出す。


「ちょ、ちょっと待ってよ。二ヴェル、どういうこと?!」

「まぁまぁ、行けば分かりますよ。きっと」

「全然分かんないし!二ヴェルってば!」


「こっちか?」と時折、きょろ、と紙と周囲を見比べながら、ぐいぐいと進んでいく二ヴェルに引き摺られる形で歩き続けて、数分。


「あ、居た」

「ね。居たでしょう?」


クックッ、と妙に楽しそうに笑いながら言う二ヴェルに、「一体どうやって」と問いかけるものの、「まだ秘密です」とぱちん、とウィンクが返ってきて、私はそれ以上を聞くのを諦める。


「あなたがお財布盗ったのね……ってあれ?!女の子?!」


ジャンの手に取り押さえられた犯人は、私と同じか、私より少し背が低い可愛らしい女の子だった。


「誰であろうとフィンにぶつかったんだ。謝れよ、お前」


腕を汲んで彼女の前に立つハルトを見て、彼女は、「はっ」と鼻で笑うだけで何も言わない。


「てめぇ…」

「ちょっと!ハルト!暴力だめ!」


グッ、と拳を握ったハルトに、慌てて声をかければ、ハルトは「チッ」と大きな舌打ちをして、拳をポケットへと仕舞う。


「どうする?憲兵に突き出すか?」

「え、そんな」

「だってフィンが怪我するところだったし。人の金に手を出すのもルール違反だろう?」


ジャンのルール違反だ、という言葉に返す言葉が見つからず、「でも…」と呟けば「お前らバカか?」と私達では無い少し高い声が聞こえる。


「んなこと言ってないでさっさと憲兵に突き出せよ。どーせ、憲兵であろうとお前らだろうと、ボコボコにするんだろ?だったらどっちでも変わらねぇ」


吐き捨てるように言う彼女の言葉に、「へぇ」と二ヴェルが物珍しそうな声を零す。


「随分と威勢のいい子どもですねぇ。しかも手慣れている、と」


ふむ、と彼女を見定めるような表情を浮かべていた二ヴェルが、ふと、先程まで持っていた紙を取り出し、「おや」と静かに驚いた声を出し、ハルトをじい、と見やる。


「あ?何だよ」

「そういえば、この街で、もう一人、仲間が増えるんですよね?ジャン?」


二ヴェルの視線に気がついたハルトが、明らかに不機嫌そうな表情を浮かべ、そのハルトをちらりと見た二ヴェルが、前の街で聞いた噂を確認するためにジャンに問いかける。


「ああ。聞いたぞ。小さい奴らしいな!」

「小さいやつ、ねぇ?」

「小さい…?何の話してんだ、お前ら」


ジャンに捕まったままの彼女を見ながら、二ヴェルが呟いた言葉に、彼女が訝しげな表情で私達を見る。


「おい、まさか、こいつがか?」

「ええ。多分、ですけど」

「マジかよ…何で」

「ほら、これ」

「へ?」

「ん??」

「あ?」


二ヴェルとハルトは、どうやら話の趣旨を理解しているらしい。先程、二ヴェルが胸元から取り出した紙を、ぴら、とハルトに見せ、ハルトは「こんな機能あんのか?これ」と物珍しそうに紙を見つめている。

いまいち会話の終着点がピンと来ていない私とジャンは、2人揃って首を傾げ、もっとも理解出来ていない彼女は眉間に皺を寄せながら私達を見る。


「この街に入ってから、見てきた人間の中でこいつが一番、小さいんじゃないかと思うが、ハルト、お前の意見は?」

「…あー、まぁなぁ」

「おい、誰がチビだコラ」

「お前だよ、お前。俺と二ヴェル、ジャンとは比べ物にならねぇし、フィンより背小さいじゃん」

「ああん?!オレっちが女より小さいっつーのか!」

「いや、小さいでしょう。あなた」

「うるせぇ!メガネ!」

「…しかも頭が弱い」

「んだとコラ!?」

「フィンの魅力が分からない時点でもう頭が弱い」

「はぁあ?!何なんだそこの無駄なイケメン!」


二ヴェルの言葉に、ハルトが答え、2人の言葉に、彼女が応じる、というのを繰り返していく内に、ふと、1つだけ、疑問が生まれる。


「何で、2人とも、女の子なのに、この子には手厳しいの?」


何だかんだいって、女性にはいつも手荒くしない2人が、こんな風に話すなんて珍しい、と首を傾げながら問いかければ、「こいつ」とハルトが彼女を指さしながら口を開く。


「フィン、こいつ、男だぞ?」

「え?嘘だぁ!こんなに可愛いのに!」

「嘘じゃないですよ、フィン。ほら」


ほら、と言って二ヴェルが、ジャンに捕まっている彼女(?)の上着をペラ、と迷うことなく首元まで持ち上げる。


「きゃーー!!」

「うわっ、ちょ、何してんだコラ!」


バタバタと彼女(?)の胸元を隠すようにした私と、急に服を捲られて焦った彼女(?)の叫び声が響いた。





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