雪ノヒ
ある冬の日、自宅で彼女と二人でダラダラとDVDを見ながらくつろいでいた時の事だった。
「唐突だけどなんだか私、アイスが食べたくなってきたわ」
我が愛しき彼女、沢口美空が流れているDVDを一時停止しこんな事を仰ってきたのだ。
「そらまたえらく唐突だな・・・」
「ええ、そうね、唐突よね。というわけで買ってきてくれないかしらアイス」
「はぁ!? なんだって!?」
「ごめんなさいね。貴方、頭と顔だけじゃなくて耳も悪くなってしまったのね・・・」
「いやいやいや、頭はともかく顔と耳は、そんなに悪く無いだろ!」
多分・・・いや、自信薄だが。で、でも女子にバレタインでチョコを貰ったっことがあるから少なくとも容姿が悪いってことはないはず!!
「・・・・・・え?」
「おい、なんだその驚愕に満ちた顔は。後、その妙に間を開けるのマジでやめろ」
嘘だとしてもマジで傷つくし、嘘じゃなかったったら練炭を買ってくるか首を括るロープを買いに走りに行くぞ。
「さて、橘涼くんの容姿の良し悪しは一旦置いておきましょう。それよりも今、もっとも大事なのは私がアイスを食べたいってことよ」
「置けないなぁ! その問題を置いとくのは俺には出来ないなぁ!」
「亮くんは世界一格好いいわ。それは間違いない。素敵に無敵。イカス、タコス、ドン・タコスよ。・・・これで納得してもらえる?」
「いまいち釈然としないけど・・・・・・納得するよ」
最後の方に至ってはメキシコの軽食と湖池屋のスナック菓子だからね。本来ならば容姿とかに褒める時に使う言葉では絶対ないからね。
「そう・・・では、納得した所で――」
「行かないぞ」
「あら? まだ最後まで言っていないのだけど? 亮くん、貴方は人の話を最後まで聞きなさいって学校で習わなかったのかしら? それとも真逆、貴方、心でも読む力でもあるっていうの? だったらすぐに病院に行って来なさい。わかっていると思うけど心療内科に行くのよ」
「泣いてもいいかな俺?」
なんで自分の彼女にここまで酷いことを言われないといけないんだろう。それと俺は病んでないので病院行く必要性は皆無だし。
「なら、私の胸の中で泣くといいわ。死ぬほど慰めてあげるわ」
「遠慮しておく」
美空は両手を広げエンジェル・スマイルで抱き迎えるようとしているが、俺は飛び込もうとは思えなかった。何故ならば、そこへ飛び込んだらアナコンダのように絞められそうだと察知したからだ。
「残念ね」
そう言って美空は、しんなりと両手をガクリと首を落とした。もしかして、ちょっとは悪いと思ってくれて本当に慰めてくれるつもりだったのか? だったら惜しいことをしたな・・・。
「・・・殺っ・・お・・に」
「スカイイヤーかな? うなだれている君の口から「殺っ」って言う単語が聞こえたんだけど」
「スカイイヤーよ」
上げた美空の顔はいつもと変わらぬ顔だった。ただ、目を俺から背いているだけだ。
「話もまとまってきたし、そろそろ本題に入りましょうか。ズバリ言うわよ涼くん、私のためにアイスを買って来なさい」
ズバリもなんも最初から言おうとしてたことはわかってたよ。俺をパシらせようということはな。
「答えはNOですけどね」
「・・・・・・何故かしら?」
怖ぇよ、怖ぇよ。あと顔が近いよ。
「そりゃあな、外はこの惨状だからかな」
俺は立ち上がり部屋のカーテンを開き曇りガラスを手で拭き外の様子を見る。曇りガラスを拭きとった先に見えるのは、雪が降りしきる綺麗な白銀の世界。“そう、雪が降りしきってるのだ!” 乾いた土色の大地が白い雪が埋め尽くしているのだ。
数センチくらいならば平気だが、何十センチも積もっているのだ。大事な用事ならば出かけるのもやぶさかではないが、たかがアイスを買いに行くくらいならば御免こうむるよ。
「出かけるのは一苦労、そう思うだろ?」
「確かに大変ね。でも、出来ないわけではない。違う?」
ははは、なにを仰っているのでしょうかこのお嬢様。少々、頭が湧いてしまったのかね? と言ってやりたい。言ってやりたいが・・・。
「胸の内に何か秘めているようね? 打ち明けてみてはどうかしら?」
「ん?」「ん?」と俺の顔を見てくる。
「いや、打ち明けることなんて一個もないよ」
「それでは行ってきてくれるかしら?」
「嫌です」
「では行ってくれるかしら?」
「お断りします」
「行って来なさい」
「拒否します」
「行け」
「かしこまりました、直ちに買いに向かいます」
「ありがとう、愛しているわ」
ときめかない。今言われても全然さっぱりときめかない。