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この場所から見える景色

わりと自意識過剰

作者: 水口 和秋

 水上が部室に入ったとき、古泉がイヤホンを耳に付けて座っていた。机の上にポータブルプレーヤーが置いてあり、イヤホンの線はそこからのびている。

 古泉は目をつむっていて、水上が来たことに気付いていないようだった。大音量で音楽でも聴いているのだろうか。そういえば、彼女が好きな音楽などは話題になったことがないので、水上は知らない。

 眠っているにしては姿勢がよすぎるが、もしそうなら起こすこともないと思い、そっと古泉の向かいの椅子に座った。ここが部室での水上の定位置だ。彼は音を立てないように鞄から本を取り出して読み始めた。

 読み始めてから、イヤホンをしているのだから、音をたてても問題がないことに気付いた。

「ふふ」

 数ページ読んだところで、小さな笑い声が聞こえた。本から顔をあげると、古泉はさっき見たときのまま眼をつむって、微動だにしていない。

 聞き間違えかもしれないが、彼女の方から聞こえたように思う。

 水上は顔に手を当ててみた。ごはんつぶはついていない。そもそも昼は学食のきつねうどんだった。他の可能性を考えることにした。古泉はなぜ笑ったのだろう。

 彼は振り返り、背後を見て、そのあと部室を見回した。特におかしな所はない。誰かが水上の背後で何かやらかそうとしていたわけではないらしい。

 気になるが、心当たりがないので諦め、後で古泉に聞くことにした。読書に戻り、一ページも読み進めないうちにまた古泉の方から笑い声が聞こえた。今度は古泉の声だとはっきりとわかった。

 もしかして、気付いていないだけで、何かやらかしてしまっているのではないかと水上は思った。ひとまず立ち上がって、自分の体を眺める。上着のボタンはかけちがえていないし、ズボンのファスナーも開いていない。おかしな所はないはずだ。強いて言えば、こうして色々疑って確認している所を見られていたら相当恥ずかしいが。

 と、そんなことをしているうちに、また古泉が笑った。目を閉じたままで、おかしくてつい笑ってしまったというような笑い方だった。

 イヤホンから聞こえてくることに対して笑っているのかもしれない、と気付いた。笑われていると思って右往左往していた自分が滑稽だが、幸い誰にも見られてはいない。一応部室の扉を開けてみたが、誰もいなかった。セーフ。

 安心すると、古泉が何を聞いているのかが気になった。時々ほころぶ古泉の顔を眺めていると、ゆっくりと目を開けた。半分くらいまではゆっくりと、そこからは一気に見開かれた。

 目が合う。どうやら驚いているらしい。

 古泉はポータブルプレーヤーの停止ボタンを押して、イヤホンを外した。そして、机に両肘をつき、重ねた手の甲の上に顔をのせた。落ち着いた動作だったが、顔が赤い。

「何かね?」

 と、水上に言った。そんな態度をとってももう遅い。しかし、水上にも顔を眺めていたという負い目がある。

「いや、何聞いてんのかなー、と」

「見た?」

「何を?」

「笑ったの」

「バッチリと」

「あー」

 古泉は両手で顔を覆った。

「それで、何を聞いてたんだ? あ、言いたくなかったらいいからな」

 古泉は指の間から水上を見て、掌に隠れた口でぼそりと言った。

「落語」

 だから笑っていたのか、と水上は納得した。

 古泉は机に突っ伏してしまった。天水と夏川が来てからも、しばらくそのままだった。

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