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第1話:幼少期編:転生

 音も無く色も無く、まっさらな白紙の中に放り込まれたような何も無い場所。しばらくその場所に佇んでいると、景色が変わり始めた。白色だった世界がブロックが崩れ落ちるように、白が黒に塗りつぶされいく。


 咄嗟に、あれに飲まれてはいけない。そう思わされた。


 自然と体動く。


 今の今まで決して動かなかった足も手も自由に動く。


 いける、走れるっと何度も自分に言い聞かせ、走り出した。



 そして、走り出して数分、普段の自分ならここらで心臓が悲鳴を上げる頃合なのだが、息も正常で苦しくもなんともない。学校で行われていた長距離走では、女子よりも遅く最下位を独占していた久遠にとってそれはありえないことだった。なによりもありえないのは、走り出して今に至るまで走るペースが落ちていないことだ。そもそも疲労の概念が無いのかもしれない。体はすでに死を迎え、今はおそらく魂の状態だからだ。そんな状態なら空を飛ぶことも可能ではないのか、そう思った久遠は強く地面を蹴りイメージ浮かべた。

 

「フヒョヒョ~マジか!」

  

 思ったよう体は浮かび上がった。


「ならこんなこともできちゃう?」

 

 飛べるなら他なこともできるのではないのか、そう考えた久遠は再びイメージを浮かべる。今逃げているものから逃げなくていいように、ゆっくりと瞼を閉じて、そしてそっと開く。


「ふぅー」

 

 安堵するように息を吐き出すと久遠はまじまじと前を見る。白い世界を壊していた黒い物、それが眼を開いたら消えていた。どうやらイメージすればそれがこの空間では反映されるようだ。


 コツは眼を閉じイメージし再び眼を開くこと。


「よぉーし、それならこんなこともできちゃったりして」

 

 その時は半信半疑だった。できればいいなぁーなれば都合がいい。そう思って目を閉じる。再び久遠は願う気持ちで目をゆっくりと開いた。

 

「……ははは」

 

 それは本当に簡単に、安易に、ただ目を閉じるだけ。後は少しだけ創造して願っただけ。それは望まれた姿で現れた。木製でどこの家にでもあるであろう安っぽい扉。久遠の前に現れたのはそんなどこにでもあるような扉だった。


 久遠は用心深い猫のように扉のそばへと近づいた。

 六歩ほど歩くと扉のノブに手が触れる。そしてゆっくりとその扉開くのであった。


「……え?」

 

 あまりの事にあっけに取られてしまう。久遠が予想した風景と扉の先にあるそれは、まったく違っていたからだ。また白や黒の、なんの華やかさも感じさせない世界が広がっているか、それとも、夕陽や夜空の見える世界があるのだと思っていた。しかし、それらの予想はまったく見当違いだった。


「喫茶店?」


 扉を開いた途端に部屋の中から微かにコーヒーの独特の香りが嗅覚を刺激した。

 同時に頭上から鈴の鳴る音が聞こえ、思わず音の出た方向を見てしまう。

 

「いらっしゃいませ~」

 

 音に気をとられていた久遠はその声にびくりと体を震わせた。

 こんなところで声をかけられるなんて思いもしなかったからだ。

 そこはまるで喫茶店、いやバーと言ったほうがいいのかもしれない。

 壁にはランプが立てかけられ部屋の壁を背にしてバーカウンターが設置されていた。声はそんなバーカウンターがある方向から聞こえてきた。久遠は周囲を二度三度見渡し自分以外客が居ないことを確認すると恐る恐るバーカウンターの方へと近づいた。暗く薄気味の悪い雰囲気、バーとは元来このようなものなのだろうか、っと思いつつも久遠は丸い椅子に腰を下ろした。そこでようやく目の前にいる老人の姿がはっきりと映り込む。。

 白髪交じりの黒髪に堀の深い顔した初老の男性。白と黒のウェイター服を着こなすその男は静かにコップを拭いていた。

 

「えっと……」

 

 何を聞こうか、何を初めに言えばいいのか、そんな事を考えながら口雲っていると、バーのマスターが声をかけてきた。


「お客さん、どうやら無事に扉を見つけることができたようですねぇー」

「扉? あぁ、もしかしてあのことですか」

 

 指をバーの入り口に向ける。見つけた扉なんてあの一つしかないからだ。

 マスターは軽く頷くと続けて言った。


「貴方はここへ来るまでに、臆病者の王とその補佐に出会ったはずですね」

 

 臆病者の王? それにその補佐? 久遠には心当たりがなかった。

 恐ろしい王とその部下らしき人とは会ったけど臆病者というカテゴリーにはまる人物とは出会っていない。


「そんな人物とは出会っていませんが……」

「おや? おかしいですね。彼からは挨拶は済ませたからここへ送ったといっていましたが

 本当にお会いにならなかったのですか? 神王界にいるあの二人に」

「神王界……まさか……あの人たちのことですか? ブロンドヘアーの人とすごく大きくて怖い人。

 なんていうか目力で人を殺してしまいそうな……」

「見た目だけですよ。本当は臆病な王なのですよ」

「そ、そうなんですか?」 

「そうですよ。昔……」

 

 マスターが何かを言おうとすると突然磨いていたコップにひびが入る。同時にマスターの磨く腕が止まる。


「老人の特権を奪うようなことを……まったく昔から短気なところは変わりませんね」

 

 そう小さく呟くと、マスターは足元からガラスのコップを手に取りカウンターに乗せた。

 磨きぬかれた綺麗なガラス細工のコップ。それにマスターは水を注ぎ始める。

 

「これは魂を転生する状態へと持っていくなんの変哲も無い水です。飲めば転生すべき体の場所へ導いてくれるでしょう」

「なんの変哲も無いただの水ですか……飲めばいいんですか?」

「えぇ、ぐぐぐっと、いってください」

 

 久遠はコップを手に取った。飲めば新たな人生が待っている。何が変わるのか、何が待っているのかそんな事わからない。

 だが、もう飲むしかない。何がこようと受け止める。受け止めてみせる。


「むぅ、むぅ、むぅ」

 

 大して味も無く重みも無くそれは普通の水だった。無味無臭、ただ普通の飲料水だ。

 漫画やアニメならこんなとき体に何か変化があるのだろうが、そんな劇的な変化も変わる予兆も何も起こらなかった。


「あれ? 何も起こらないよ?」

 

 結構な覚悟で水を飲んだつもりだ。それはもう飲めばいきなり違う風景とかが目に映りこんで子供だったり大人だったり、小説なら

 そんな感じで転生は始まるはずだ。なのにまだ何も起こらない。老人にからかわれたのか? と思った瞬間、突然天上が視界に移りこんできた。


「あれ……」

 

 同時に倒れてしまったのだと気づく。少し遅れたが、その時はやって来た。視界にあの老人の姿が移りこむ。


「魂が抜け出るときが来たようですね。さぁーさぁーお行きなさい。お前の新たな体の元へ……」

 

 その声を最後に視界が暗闇に閉ざされた。どれくらいの間目を閉ざしていたのだろうか、気がついたとき久遠の前には見慣れない天上が広がっていた。 

 今度こそ転生したのだろうか、そう思いつつまず初めに状態を確認する事にした。初めに確かめたのは体の状況だ。人なのか、それともそれでないものなのか

 人であっても足はあるのか手はあるのか、声は発せられるのか、五感に関する軽いテストを行う。手を前にやってグーとパーを繰り返す。

 何の問題もなくそれらの動作は繰り返された。しかし生前と比べて変化もあった。それは手のサイズだ。どうやらこの体は子供のようだ。

 指も細く手も小さい。学生の頃と比べると三倍は違うだろうか、とにかく一目見てそれが幼児の手である事は理解した。


「これが転生か……」

  

 しかしまだここが違う世界という確証はない。何か違う世界である証明が必要だ。久遠は周囲を見渡してみた。

 そしてすぐに妙な物が目に入った。それは赤色の玉。 しかしすぐに玉は形を変えた。何かが割れるような音が周囲に響いた瞬間

 中から獣のようないやな気配を放つ何かが出てくるのが見えた。そしてそれはまっすぐこちらに向かってくるのがわかった。

 まだ体を動かすのに慣れていない分行動は遅れた。動けない。動くことができなかった。立とうとしても上手くいかない。 

 結局寝転ぶような形でその場から数センチも移動できなかった。そして気づいたとき目の前にそれはいた。

 血なまぐさい匂いを漂わせながら奴は目の前を歩く。


「嫌だ、嫌だ、嫌だ」

 

 かすれるような声が紡がれる。心にしまうことのできなくなった言葉が声として自然と口から溢れてきた。

 もう死ぬのは嫌だ、またあの場所に行くのはいやだ。ただ、戻りたくなかった。

 あの酷く寂しく、何も無い世界に戻されるのは嫌だ。そう思った瞬間何かが体に触れるのを感じた。


「うあぁぁぁぁ」


 瞬間激しい閃光が目の前を走った。同時に小さな声が聞こえた。子供のような幼い声。けれど声はすぐに聞こえなくなる。 

 なんと言ったのかも聞き取れなかった。そして再び視界がひらける。


「あれ……」

 

 獣の姿が無い。今の今まで目の前にいたあの化け物の姿が。


「いない」

 

 そういった瞬間、目の前に何かが通過した。同時に人の声が目の前から聞こえてきた。


「伏せろ! 小僧」

 

 それが彼との出会いだった。 血飛沫の中で剣を持ち振るい笑う。その時初めて生きているのだと実感した。

 首をはねられた大きな獣の姿を見据えながら血にぬれた灰色の髪の男を見て久遠はようやく転生を実感したのであった。

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