死
容赦なく降り注ぐ紫外線、人肌を焼き払わんとして天高くからイカロスを焼いた光とともにそれは真夏の大地を覆っていた。
7月中旬、丁度夏休みに入っていた高校二年生の夏、あと半年もすれば三年生となり大学進学や就職活動が待っている。
そんな中で何か思い出づくりでもしようと言いだしたのは親友の明だった。インドア派の自分にとって彼の提案はいささか面倒な物ではあったが
親友の誘いとあって断ることができなかった。去年の夏のようにクーラーのよく効いた部屋で読書でもして過ごす予定が明の一言で崩壊したことは言うまでもない。
普段外で遊ぶことをしない彼、綾瀬・久遠はその日大きなリュックと風通しのいい白と黒のポロシャツ姿で友人三人と共に山を登っていた。
「た、頼む……もう少しゆっくり歩いてくれ」
長く手ごろな木の棒を地面に押し合てて久遠はしわがれ声を絞り出した。
彼の前を歩く三人の人影の一つがその声に軽い笑みで答える。
「クー後少しだもうちょっとだけがんばれ」
息絶え絶えに前を見つめる久遠に対して前を歩く三人はいたって平気な顔をしていた。
さすが体育会系だ、っと思いつつも重い一歩を足にムチ打つ気持ちで歩みだす。
「さっさとしないとおいてくぞ久遠~」
軽く笑いながら三人は先へ進み始める。
「だから待てって言ってんだろうが~!」
それからしばらくして前を歩く三人の足がピタリと止まるのが見えた。
その頃には口の中がざらざらとした感覚に見舞われ重度の水分不足に陥っていた。
足取りが止まったのをいいことに久遠はリュックから水の入ったペットボトルを取り出し飲み干すと小さく遠慮気味に呟いた。
「上手い……」
体を動かした後の水や酒が上手いのはなぜなのだろう、そう胸に抱きながら空になったペットボトルをリュックに戻し三人の方へと歩み出た。
いっこうに前へ歩もうとしない彼らを見て首をかしげながらも彼らに近づいた。すると先ほどから僅かに聞こえていた水の流れる音がいっそ強くなるのを感じた。
同時に目の前に大きな崖が姿を現した。それはまるで山と山を両断するような大きな亀裂ににた空間高さからして15メートルほどかそれ以上あるかもしれない。
下を流れる川の流れも速く飲み込まれればまず助からないだろう。そしてその崖と崖の間に掛かる木製の吊橋はどこか柔なつくりをしていた。緑ゴケのようなものも
足場を支える板にこびりついている。見るから危険、そう思わずにはいられない光景を三人はまじまじと見つめていた。
「明どうする? 結構やばそうだけどこの吊橋」
「だよな……でもここまで来たんだし引き返すのもな」
「まぁー大丈夫なんじゃね? ほら結構頑丈だぜこれ」
そういって矢崎は何度も吊橋の板を踏み鳴らす。ギシギシと音を上げるものの崩れることは無く上下に揺れるだけだった。
しかしそれでも安心できた代物とはいえない。始めが丈夫でも中央が腐敗していないとはいえないからだ。
「やっぱ帰らない?」
「いや、行こう」
「マジで?」
「マジマジ、ここを渡らなきゃ男が廃るってもんよ」
「いや、全然廃らないと思うぞ俺は」
「そんなに怖いなら久遠はここで待っとけばいいさ」
「……俺一人で?」
「うん」
「みんなも渡るの?」
「だな」
「まぁー大丈夫っしょ」
「いやいやいや、みんな渡るのに俺だけここで留守番とか」
そんな空気の読めない男ではない。少なくとも世渡りはそれなりに上手いほうだと思っている。
「じゃー渡るのか?」
小さく久遠は頷くと再び真下に広がる川を覗き見た。
「高いな……」
「うし! 行くぞ」
三人は怯え腰だが一歩一歩前へ歩き出した。メシメシと撓る音が聞こえてくる中久遠もその後を追うようにして歩み出た。
踏み出した瞬間、足元で板が沈む感触が伝わってくる。同時に押し殺す事のできない不安が足元から広がった。
「本当に大丈夫かよ……」
その不安が進むごとに増していく、そして丁度橋の中央にさしかかった頃足場の一つが崩れた。それがスイッチになったのかどうかはわからない。だが同時に三人の足場が崩れ始めたのだ。
「やばい! みんな走れ!」
明の危機迫る声に他の三人はみな反応して走り出した。走るとさらに足場は崩れてしまう。一番後方を進んでいた久遠にとって足場がなくなるのに時間は掛からなかった。
瞬間足場に掛かる力が分散され沼にはまるように下へと吸い込まれる。
「うあぁぁぁ」
喉が枯れるほどの声を絞り出して叫んだ。落ちたら死ぬ、死んでしまう。そう思うとなりふり構っていられない。
瞬間目の前に足場が見える、思わずそれつかむがすぐにそれも崩れ落ちた。
支えをなくした体は何の抵抗も無く落下し始めた。物の数秒であれほど近かった吊橋が遠く離れ川の音が近くなったのがわかった。
次の瞬間全身に激しい衝撃が走った。同時に泡が視界の先に広がり何かに投げ出されたようにして体の自由が奪われた。
それと同時に視界がぼやけそして暗闇が広がって行った。死ぬのだとその時思った。しかし死を実感するにはあまりにも短い刹那な時間であった。
声の出せない状況の中で久遠は心の中で叫んだ。それは両親へ償いの言葉だった。
……母さん、父さん、ごめん……
深い緑にちかい川の中、激しい水の流れに飲まれ彼はその渦の中へと姿を消した。