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 まずは、今まで散々滅茶苦茶にしてきた人生の後片付けをしなければなりませんでした。自ら木っ端みじんに破壊してきた人間関係を修復し、職場での地位と信用を回復させ、迷惑をかけてきた親や友人などに対して罪滅ぼしをしなければなりませんでした。それがすなわち自分の持って生まれた理不尽な状況に対する復讐だとも思っていました。それは極僅かの復讐ではありますが、しかし自分が発達障害の性質を維持しつつも、正常に振る舞って生きられることを証明する事、すなわち障害などというものの無力さを証明することが、それに対する何よりの復讐だと思っていたのです。

 と言っても過去の人間関係などもうどうにもなりませんから、とにかく今の職場の人間関係を修復させることが優先課題でした。私は朝誰よりも早く出社し、会った社員全員に挨拶をするようにしました(何をそんな事と思うでしょうが、以前の私はこんな事もできていなかったのです)。加えて、仕事をする時は、ホウ・レン・ソウを密に行い(新入社員みたいですね)、会話をするときは相手の顔を見て、必ず相槌を打つようにし、できるだけ自己主張を抑え、相手の意見を否定せず、できるだけ笑顔を心がけるようにしました(これが一番私の苦手な事でした)。こうした事は仕事以前の問題ですが、しかしこれができてくると不思議と仕事の方も好転してくるようになります。これは大きな発見でした。自分の強さを誇示する事ではなく、それを逆に抑える事が組織内においては重要だったのです。私は自分の強さを誇示する事ばかり考えていました。正にそれが自分を弱くする一番の原因となっていたとは!

 人間関係が修復できてきたら、仕事もうまく回ってきますが、そうかと言って、仕事そのものに対する努力を怠ってはいけません。それでは単なるうまく立ち回っている人になってしまいます。あまりうまく立ち回りすぎると却って嫌われる原因にもなりかねません(私自身うまく立ち回った経験のない人間ですので、これは経験則ではなく、あくまで周りにそういう人がいたということです)。私は毎週休日になると、仕事に関する専門性を高めるために、関連書籍や資料を読みあさることを始めました。最初は何から初めていいのか見当もつかず、理解もできませんでしたが、闇雲にやっているだけでもそれなりの知識は付いてくるもので、知識が付いてくるとそれに対する興味も段々と湧いてきます。

 しかしそうして人間関係を修復し、仕事がうまく回り出したとしても、過去は変えられません。私は今が良くなっていくにつれて、過去の自分を恥じるようになりました。すなわち自分を客観視して正しく向上させていく能力が上がるにつれ、今までの自分が如何に恥ずべき、人様に見せられないような存在であったかが身に滲みて分かってきたのです。それまでの私は、何一つ理解していませんでした。それなのに、全てを理解しているような気でいました。自己愛が強く、状況や人の気持ちも理解できないのに、やたら自己主張をし、派手さや刺激を好み、恥知らずにもそうした自分を演ずる事が賢さだと思ってきたのです。そして何よりそれを多くの人に軽蔑され、嘲笑されてきた事を気にもとめていなかったのです。いや、恐らく気付いてすらいなかったのではないでしょうか。言ってみれば『アルジャーノンに花束を』の主人公が脳の手術を受け、知的障害者から一気に賢くなった後に味わった苦悩と似ているでしょうか。どこかの解説に、「知能と精神のバランスが取れていなかったが故の苦悩」などと書かれていましたが、私は過去と現在の急激な乖離故の苦悩と言った方が的確だと思っております。自分というものをこれほど客観視できる状況は他にない筈です。

 更に、一度落とした信用は取り戻すのが大変です。つまりは過去と現在で自分の方は大きく変わっていても、周囲の評価はそう簡単に変えられないという事です。私の職場での信用は既にこれ以下はないくらいまで失墜しておりましたので、その事を認識できるようになってからが大変に辛かった。今までは自分が他人から評価されているという視点が完全に欠落していました。それが突然他人からの評価に敏感になったわけですから、これは辛い筈です。

 自分では自分が変わったつもりでいても、周囲は未だ自分に恥ずべき存在という評価をしている筈でした。他人の評価などそう簡単に覆らないでしょう。そう思うと、自分が同期の中で一人だけ出世していないことなど分かりきっていたこともこの期に及んで大変恥ずかしく、また過去の自分を知る他人の視線がただ恐ろしく、陰で軽蔑、嘲笑されていると思うと大変に肩身の狭い思いがしました。他人にどう思われているか、気にならない人も気にしすぎる人もいると思いますが、全く気にならなかった人がある日突然気になり出すと大変です。気付くと辺り一面焼け野原。破壊した人間関係の瓦礫の間から、軽蔑や嘲笑が声を潜めて、しかしはっきりと聞こえてくるのです。これには本当に耐えられませんでした。過去には平気で一人で昼間に酒を飲んで酔っぱらっていた私は、何と今では一人だけで飯を食う事さえできなくなってしまいました。流石に便所で飯を食う気はしませんので、昼飯はずっと抜いています。

 ああ、自分はなぜこんな風に生まれてきてしまったのだろう。私は初めて心の底からそう思いました。今までも何度となくそんな事を口にしてきましたが、そこには幾ばくかの矜持の気持ちも混じっていました。自分は何となく特別な人間に違いないと思っていました。恥ずかしながら若い頃は自分を天才だとも思っていました(特別何の天才ということはありません。とにかく天才であれば何でも良かったのです)。だから自分の苦悩は、選ばれた者の苦悩であると、そんな風に解釈していました。しかし自分は天才どころか普通にも及ばない発達障害者で、それがこんなにも悲惨で、こんなにも恥ずかしいものだとは、その頃の私には思いも寄らなかったのです。どうして私はこんな風に生まれてきてしまったのだろう。その理不尽さが改めてわかりました。そしてそれはどうしても私の心を立ち去りはしませんでした。私はそのどうしようもない運命の残酷さに、時折頭を抱えてうずくまった程です。

 でもどうでしょう?考えてみればそれって実はこれ以上ないくらいにありふれた理不尽さではないでしょうか?人間は誰でも、生まれ持った性質で生きていくしかないわけで、私が例えば発達障害じゃなく、知的障害に生まれていたら理不尽ではないのか?いいえ、知的障害とまでいかなくても、ただ単に知能が平均よりも少し下の人だとしたら、それは理不尽ではないのか?といえば、それだって立派に理不尽なわけです。すると私の悩みなんてのは、ごく一般的な、典型的な悩みであって、理解されないというよりは見向きもされないくらいつまらない、ありがちな悩みなのではないでしょうか?

 そうではないのです。自分がそんな風に生まれてしまった、という事実は、そんな風に生まれてしまった現実から切り離されて初めて認識できるものだからです。人間は誰しも、どんなに自分の至らなさが身に滲みて分かっていようとも、生きている以上は必ず某かの希望を自分に対してもち続けているはずなのです。いや、至らないからこそ、自分に希望を持って生きる必要があるのです。しかしそうした至らない状況を脱してしまったらどうでしょう。そんな希望の如何に下らなかったかが明確になります。例えば先ほどのアルジャーノンの話で言えば、知能が普通の人よりも劣った人がある日を境に急激に知能を上げられたら、それまで知能が低いなりに考えてきた事、感じてきた事、信じてきた事、それらが全て下らなく思えるでしょう。その瞬間、それまでの信念がふいになってしまうのです。信じ続けていれば幸せだったかもしれないのに、その時を境にして美しい蠟燭の炎は平板な電燈の光に照らされて、その輝きを失うのです。

 結局は何を考え、感じ、信じようとも、それは何の意味もなく、ただ自分の立場を語っているに過ぎないのです。立場が変われば考えだって一瞬で変わってしまうのです。もし死後にも人間が何らかの形でものを考える事ができるとしたら、生きるなんていう事はなんて馬鹿馬鹿しいのだろうと思えてくるかもしれないのです。「意味」はない、あるのは「立場」だけだと、私が残酷に思うのはそこなのです。「自分」なんてものはない、あるのは「立場」なのです。だから私が発達障害者であることに何の意味もなく、生きづらかった日々の苦悩が無意味であったことを理解できてしまうのが辛いのです。分かって頂けるでしょうか。

 つまり私の過去の苦しみも、不器用さも何の意味もなかったのです。あるのはただ「できない」という事実だけ。そして私は間違いなくできなかったのだ。全てがうまく回るようになって初めて、私はそこに思い至りました。苦悩は苦悩以上のものではない。私が職場で信用を回復させていくうちに気付いたのはそこなのです。

 しかし、そうだからこそ、周りの人たちに対して、罪滅ぼしをしなければならないというのもあります。結局私を理解できていなかったのは、他人ではなく私自身だった訳です。私は私に対するあらゆる自己愛的誤解をしていながら、それが理解できない他人を見下し、軽蔑していたのです。これはやはり恥ずかしい。

 それでとりあえず、私は職場の人間関係を死にものぐるいで修復してきたわけですが、私の罪滅ぼしは肉親にも及びました。今まで両親には、多大な心労をかけてきました。実は今回自分が発達障害ではないかとの思いから医者にかかったのも、両親の勧めによってでした。お前はこれじゃないかと、母親がADHDの専門書を差し出してきたのでした。後で聞いた話によると、両親は私が子供の頃から既に私が何らかの障害ではないかと疑い、専門の機関に相談していたそうです。尤もその医療機関では、私は全く何の障害とも認定されなかったそうで、医師からは

「可愛らしいじゃないですか。子供ってそんなものですよ」

などと言われたそうで、解決には至らなかったということでした(先生の仰った通りですね)。

 私は今まであまり交渉してこなかった両親と、密に連絡をとるようになりました。自分の不幸の原因が分からなかった時期は、何でもかんでも私は両親のせいにしていました。自分をこんな風に生んだ恨みつらみで肚の中が一杯で、ろくに電話もしませんでした。それが自分の不幸の原因を突き止められて初めて、両親に対して素直になる事ができました。

 私は両親を旅行に連れて行く事を思い立ちました。親孝行などと言ったって、私にはこんな紋切り型の案しか思い浮かびませんでした。しかしやらないよりはやった方がいいでしょう。両親がかねがね行きたいと言っていた、カンボジアのアンコールワットに連れて行く事にしました。予約も既に入れましたが、行くのはまだ先の話です。しかし私はこの計画を、楽しみにしている一方、未だ時々は後悔もしているのです。この私を産み落としてしまった両親は、被害者か?加害者か?未だ分かりません。


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