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 夕方の六時を過ぎ、やっと日も傾きかけ、虹色の夕焼けが彼方に臨まれます。沖縄はやはり日が長いです。背の高い椰子の木が腰を曲げて、長い影を落としながら私を見下ろしています。さらさらと心地のよいそよ風が、私の頬を撫でて通り過ぎていきます。温かかった空気も、少しずつ冷気を帯びてきました。プールの水面には夕焼けに縁取られた木陰が淋しげにおぼめいており、海の向こうに滲む夕日は、黒い海に溶け入って、少しずつ姿を隠していきます。私は目を細めつつそれを眺め、テラスでジントニックをやっていました。

「そろそろ、帰らなくちゃなあ」

 私は、この緑の海と森に囲まれたこの要塞のような宿から、出て行かねばなりません。やはり、私はまたこの青い薬と共に、真っ青な世間の海を泳いでいかなければならないのです。真っ青な冷たい世間を、私は同じ青のふりして泳いでいきます。いつまでもこの緑の森と海に抱かれている訳にはいきません。私は緑、私は緑、どれだけ似せていても、私は青にはなりきれないのです。いつまでも世間にとっては異物であり続けるのです。そんな私が生きていくのには、この青い薬が必要です。これを飲む事によって少しだけ青みがかっていることで、あたかも青であるような顔をしていなければならない。しかしそれは完全に青ではありえず、私はやはり緑なのです。こういうことを言うと、「自分だけは特別だと思っている下らない特権意識」だと言われるかもしれません。しかしここに書いてきた筆舌に尽くし難い私の苦悩と、醜態を思えば、とてもそんな特権意識をもてるような状況ではないことは理解して頂けると思います。言わば断腸の思いで、私はここにこれを綴っているのです。それに、私が青くならなければならないのは事実だとしても、じゃあ世間の健常者は皆完全に青なのか、といえば、恐らくそんなこともないのではないでしょうか。皆それぞれの程度に応じて、様々なトーンを持っていて、健常者と言われる人であっても、実はほんの少し緑だったりするのではないでしょうか。完全に青なんて言うのは、実はごく一握りの人間だけなのかもしれません。しかし私の不幸は、誰から見ても分かる緑だったということです。赤でも黄色でもないから、一応健常者の扱いをされる。しかし誰がどう見ても青ではないのです。しかしこれまで、それが一括りに青と見なされてきた。だから必至で青のように振る舞わなければならなかった。しかしそれは虚しい努力で、やはり私は誰が見ても緑であって、青ではなかったのです。明らかに青でないものを青と呼ぶのは不自然に見えるかもしれません。しかし緑という名前がなければ、明らかに青と違うと分かっていても青と呼ぶしかありません。これまで私には名前が与えられていなかった。それが私の不幸の根源だと思います。

 と、そこまで考えて、私は東京に舞い戻りました。私は緑の母胎を突き破り、青の海に足を踏み入れたのです。これから海底まで深々と潜っていく姿を想像しながら。

 羽田空港の雑踏の中、私はキャリーケースを受け取ると、青のふりをしつつ、本来の名前で呼ばれないもどかしさを胸に、ゆっくりと歩き出しました。


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