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そうすると、例えば太宰治は多分発達障害であったに違いありません。『人間失格』の主人公の気持ちが、私にはよく分かる気がするのですが、彼の悲劇は、所謂「人間の生活」が理解できないことではなく、それをその場で(・・・・)理解できない事だと思うのです。それなのにそれが後になってから十分に理解できてしまう。その時に苦しむのです。いつまで経っても理解できないものがあんなにも明瞭に分析された形で文章に起される筈がありません。きっと現場では分からずとも、後になれば人一倍理解できるのでしょう。だから苦しいのです。だから悔しいのです。だから書く必要があったのです。
いや、素人臭い文学論議に現を抜かす積もりはなかったのです。要するに、その時代の人間、つまり発達障害があったのに、それに気付かれずに生き、筆舌に尽くし難い困難と戦いながら、とうとう最後まで気付かれないまま死んでいった人たちというのは、何と過酷な運命を背負っていた事でしょう。太宰治はまだ仕事が評価されていたからいいようなものの、そうでない人々、つまり発達障害に悩まされ、かつ周りからは努力不足と解され、本人すらそう思い込み続け、そして何の成果も喜びも遺せないままもどかしい気持ちを抱えて死んでいった膨大な数の人々の不幸と言ったら、もう何という事でしょう。私など、恵まれている方です。理不尽にも発達障害を持って生まれてきてしまったにせよ、こうしてそれが科学的に解明された時代を生きることができ、優秀な専門家と出会う事ができて、治療を施す機会を与えられました。何と言う幸運でしょう。
私はその後処方された青い薬を飲みました。すると、たちまちのうちに世界が明瞭な輪郭を帯びてきました。つまり、世界を理解すべく理解することができるようになったのです。これは要するに公共性というもので、世間の人々と同じように、その理解を彼らと共有できるように理解できるようになったということです。すると、周囲の人々と会話を交わす事ができます。意思の疎通をはかる事ができます。どれほど自己主張をしても、否定される事がありません。いや、否定されても、それは理解された上での否定であって、理解されずに変な顔をされる事がありません。そして何より、後になってああ言えば良かったこう言えば良かったと悔やむことがないのです。これが何と幸せである事か!人間は一人では生きられないのだ。他人がいてくれて良かった!こんな事を、私は三十間近にして初めて思えるようになったのです。
無論、発達障害を言い訳に使う積もりはありません。本人の頭の中がどうなっていようが、人間は、その人が何をしたか、何を言ったか、その結果で評価されるものです。ですから、今までの私が無能だと評価されていたのであれば、それは恐らく無能だったのでしょう。それは何も間違ってはいない。不当でもない。しかしそれに誠意がないとか努力が足りないとかいう解釈を与えられるのは違う。それは断固として間違っている。必要なのは理解であり、治療だったのだ。それによって私を含むあらゆる発達障害者は無能ではなくなるのだ。私はそれが言いたいのです。
かくして、何やら得体の知れない苦悩は終わりを告げ、また発達障害という新たな仇敵と対峙する戦いが幕を開けたのです。まだ終わりではありません。これは始まりに過ぎないのです。仇敵の正体がはっきりと分かったことは大きな前進ではありますが、安心するのはまだ早い。私はこの人生の全てを費やして、この障害と戦い、これを克服していかなければならないのだ。そういう決意を胸に、私はそれから生きる事に決めたのでした。しかし、その時の私が、これからは自分のために生きられる。これからは、やっと、自分が思ったように生きられる。そう思っていたのも事実です。




