5
十一月は寒いですが、思い切ってスキューバダイビングをしてみようと思いました。やはり、沖縄と言えば透き通った青い海でしょう。あの海を満喫したいと思う気持ちが高じると、眺めるのもいいですが、やはり実際にもぐって直にその美しさに触れてみたいと思うものです。エントランスに行ってホテルの若い女性の係員にそれを伝えると、彼女は恭しく礼をして、奥に引っ込んでいきました。白と黄土色の大理石、そこに光沢を放つ板張りのフローリングのスペースがあり、私はそこにある真っ白なソファーに腰掛けました。エントランスの中央には、尖った葉の観葉植物と真っ赤な花をつけたデイゴの枝が、バリ風の直線的な意匠を凝らしたインテリアの台の上に生けられ、折れ曲がったその葉末を揺らしていました。私は落ち着いた気分で、それでも沖縄のあのエメラルドのような透明度の海の中を泳ぐ姿を一人想像し、いても立ってもいられない心情でした。あのこの世のものとは思えない程美しい海と私は同化するのです。それはたとえ三十分程度の事だったとしても。
私は、暫くそこで温かいハーブウォーターを飲んで、送迎の車を待ちました。それは少し酸味が利いていて、頭が冴えました。辺りはひっそりと静かで、私以外の誰の気配も感じませんでした。ここでは人は皆亜熱帯の森に抱かれ、自然と同化し、緑の中で眠りに就き、その存在を暫し消すのでしょう。立ち上がると、バルコニーから眼下にインフィニティプールが見下ろせましたが、水面も鏡のように静かで、ただ遠くに青く煌めく入り江が微かに囁いているのみでした。今日はいい天気です。遠くの海も砂金の様な煌めきを放っています。
滑るように音もなくやってきた、ベージュのメルセデスベンツのVクラスに乗り込むと、海辺のダイビングショップのあるホテルへと向かいました。向かう途中、運転手と今年はどこそこのプロ野球球団がキャンプに来たとか、沖縄の桜は今が見頃だとか、しかしそれは色が濃くて花びらが厚くまるで椿の様で、染井吉野には全く勝てないとか、色々な世間話をしながら、私はそれらに大して興味を持つ事ができませんでした。しかしそれに対してもっともらしい返答と相槌を打つ事だけは盛んにできました。昔の私であれば、こんな芸当は全く理解の範疇を超えていて、ただひたすら黙って窓の外に広がる珊瑚礁の海に見とれていたに違いないのです。私はとても世間話などできる質ではありませんでした。興味のない話が一向にできない、つまり相手に向けてそれを発する事もできなければ相手の話を聞く事もできない有様でした。こんな人間がどうして真っ当な社会人としてやっていく事ができましょう。これは私の越えられない壁でした。一生かけても越えられないと思っていました。でも今は薬を飲んでいます。そのお陰でこんなにも器用に、私は生きられるようになりました。あっさりしたものです。そのあまりのあっけなさに、私は却って理不尽を覚えているのですが、そうは言ってもそれはただの苦笑以上の何物でもありません。
ダイビングショップに付くと、まだ時間が早い事が分かり、私は一時間程近くのホテルの館内をそぞろ歩き、海の見える喫茶店でコーヒーなどを飲んでいました。
しかしこうした何でもないような安逸な時間に、過去のフラッシュバックが起こるものです。過去に虐げられた経験、からかわれた経験、侮辱を受けた経験がタイムスリップしたかのように眼前に繰り広げられ、それがまるで今現在目の前で起こっているかのような錯覚を起こすのです。過去に分からなかった全ての屈辱が、現在理解できる形で、私の心に蘇ります。そういうとき、私は意味の分からない叫び声、うめき声をあげます。目は虚ろです。傍から見たら多分、気持ち悪いでしょう。
私は日光の煌めく美しい海を見渡しながら、幸福である筈のその時間を真っ黒に塗りたくっていました。今までも間々こうしたことがありました。その度に、私は頭を抱えて、目の前のいましているあらゆる事業を放り出さなければなりませんでした。そしてその妄想の世界に強制的に吸い込まれるのです。私はその時も同じように頭を抱えました。そして目の前を過去に制圧せられ、過去に自らの生殺与奪権を奪われた私は、カント哲学の所謂観念論を持ち出して対抗します。全ては観念である。過去も未来もこの世には存在しない。過去はどこかに保存されてあるわけではない。記憶だってそれは現在の記憶だ。過去ではない。未来だって同様だ。それらは単なる観念であり、知性的直感である。そして現在すらもまた観念であり、自分がそう見えるというだけの話である。絶え間なく更新される「今」はもうどこにもない。全てが知性的直感に過ぎない。この世に私は存在しないのではないか?いやこの世すら存在しないのではないか?そもそも存在とは何か?時間が存在を作るなら、時間の存在はどうしたら証明できるか?まして人間の存在証明は?無意味じゃないか。人間なんて。コーヒーのせいじゃない。この頭の中の靄が頭を締め付けるような感じ。これは何だろう?うつ病の発作だろうか?いやいや、確かに以前うつ病には罹ったが、もう治った筈だ。今も薬は飲んでいるが、それはあの青い薬だけだ。うつ病の薬なんか飲んでない。だとしたらなんだ?
ダイビングの時間が来て、きついウェットスーツに着替えさせられ、四十歳くらいの、かりんとうのように真っ黒な男のインストラクターに、呼吸の仕方などを教わりました。このインストラクターは、言葉に関西訛りがあって、ダイビングのインストラクターは大概沖縄の人ではなく、県外の人が沖縄の海に魅せられてそうなった手合だと、タクシーの運転手が言っていたのを思い出しました。彼もそうかもしれません。
呼吸法、マウスピースのはめ方、呼吸の仕方、くるしくなったときの対処法などを教わって、私達はボートに乗り、沖へ出ました。快晴の海は、ただ透明なエメラルドグリーンに広がり、海底の珊瑚礁を揺らめかせていました。同じボートにシュノーケリングをする人たちも同乗していました。考えてみれば私にはシュノーケリングの経験すらないのでした。それがいきなりスキューバダイビングで大丈夫かなという一抹の不安が、私を緊張させました。シュノーケリングは男女合わせて六名程でしたが、ダイビングは私一人でした。ボートに乗っているときから、呼吸の練習はしていました。鼻はゴーグルで押さえられているので、完全に口呼吸です。しかし何も問題はなさそうにみえます。マウスピースをはめて、口でゆっくり呼吸するだけです。これなら行けそうな気がしてきました。何度も呼吸の練習をして、これなら余裕だ、大丈夫だと自分に言い聞かせましたが、それでもいざ梯子を下りて水の中に入った途端に過呼吸になり、全然息ができず、苦しくて水面から顔を出してしまいました。体が慣れていませんでした。水中で息をするなどというのは、考えてみれば生まれて初めての経験です。それはやってみると想像以上に不自然で、ただ息を吸おう吸おうとして吐く事を忘れてしまいます。これは並大抵の事ではありません。余程腹に力を入れて息を吐かない事には、肺が一杯になってしまって息ができなくなってしまいます。そうかと言って、吐いているばかりでは酸素を取り入れられません。これは苦しい。しかもこの透明度の高い南国の海は想像以上に冷たく、塩辛く、厳しいものでした。この厳しい自然に、私は溶け込まなければならない。このどこまでも冷たく、深い海に受け入れられなければならない。そこに居る事に全身で耐えなければならない。それは自分にとっては生死を賭けた戦いに思えました。眼前を覆う鮮やかな色。それは例えようもなく美しいものでしたが、どこを取っても自分とは異質なものでした。私はあらゆる人工の機器を使って、乾いた不快な空気を口から肺に送り込まなければならない。そこまでしてもここにいたい。私はこの海を愛しているのだ。愛している?そうだ、私はこの異質なものを愛しているのだ。例え自分が死にそうになったとしても。いや、しかし自分には愛など理解できよう筈もない。あるのは自己愛だ。大体、愛する以前に、この海について私は何を知っているだろう?愛しているのではない、共存しているだけだ。それで十分だ。
正直な話私は何度も船上にあがってしまおうかと考えました。
そうしていると、あるときふっと呼吸が楽になりました。私は受け入れられたのでしょうか?インストラクターに連れられて、恐る恐る私は海底へと潜っていきました。そこには見た事もないような景観が、生物が、色彩が、目の前を埋め尽くし、私を圧倒しました。それは多分、観念などではありませんでした。今、ここに、間違いなく実在しているように思えました。私はその後三十分程、海底の散歩を楽しみました。沖縄と言っても十一月ですから、海からあがった後はとても体が冷え、震えが止まらない程寒かったです。
その後風呂に入って体を温めている途中に、何度か例のフラッシュバックが起こり、私は先ほどまでの感動をすらほっぽり出して這々の体で元居た宿に帰り、沖縄の古酒で熟成させたというカレーを頂きました。そこで気持ちを落ち着かせたあと、急いで例の青い薬を飲みました。青のカプセルが体内で弾け、中の成分が全身を経巡っている所を、私は想像していました。




