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私は生まれたときから、後ろ向きな人間でした。記憶の中に生きる人間だったのです。まずはこの事について、虚心坦懐にお話ししたいと思います。
私はほんの幼い、子供の頃から、心から何かを感じた事がありませんでした。それはただ無感情なのではなく、目の前の事に対して、何も解釈ができないのです。今、現在、目の前で起こっている事に注意が向かないばかりか、何が起こっているのか、それが後々どういう結果を及ぼすのか、何の解釈もできないのです。そしてうんと時間をかけてその瞬間の事を思い出してみると、初めてその場で起こっていた事の意味が分かってきます。ああ、あの人はこんな事で怒っていたんだな、あああれは僕に対する侮辱だったのか、そこでぽかんとしている僕に呆れていたんだな、など。そして自分の言葉に対してもそんな風で、あれはあの場合言ってはいけないことなのだと、言ってしまってから分かるという有様でした。そんな風にぼやけた輪郭が段々はっきりしてくるように、時間をかけてゆっくりと事の真相が分かってきます。しかしその時には、もう自分の本当の感情を表現するタイミングを逸してしまっていますから、黙ってその感情をかみ殺すしかありません。そして、そんなことをしているうちに目の前でめくるめく世界が展開されているわけですが、私はやはりその場ではそれを解釈できず、後でそれを思い出しながら、一つ一つ吟味し、解釈を加えていくのです。
つまり、私は、現在を生きられない人間なのです。現在の状況を解釈するのに、すごく時間がかかるのです。お陰で私の中でやっとこさ世界が構築され、自分なりの意見や感情が芽生えた頃には、それはもう過去になってしまっていて、それを表現できない。それはただ頭の回転が遅いのだと言われるかもしれません。確かにそういう側面もありましょうが、しかしそれだけで片付けてしまうのも少々粗暴に思えます。というのも、例えば私は人と話をしていると、通り一遍の受け答えはできるのです。それが周りから見ればどんなに拙いものであったとしても、表面的な会話はできるのです。ですから表面上は、私はきちんと現在の世界とかみ合う形で生きているように見えることでしょう。しかし、感情が追いついていないのです。起こっている事の論理的な意味は分かっても、感情がそれに追いつかず、後から必至で追いかけていくようなイメージです。ところが追いついたところで、その感情のはけ口はもはやないのですから、それが僅かながらもストレスとなってたまっていかざるを得ません。お陰で、私は幼少期からいい年になるまでずっと憂鬱な人間でした。でも幼い頃からの習慣ですから、皆そういうものだと思っていました。自分だけおかしいんだなんて事は思ってもみない事でした。
思えば、悲劇はここから既に始まっていたように思えます。人間のあらゆる悲劇は自分の異常性に気が付いていないことから生じるように、私には思えます。盲人には盲人の、聾唖者には聾唖者の生活というものがあります。それらを極端に逸脱する事がなければ、どんな風に生まれていたって、それほど悲劇的な人生を送らなくて済むと思うのです。「そんな風に生まれてしまった」というその自覚がどれほど本人を救ってくれることでしょう。要は起こりうる悲劇をどれだけ回避できるか否かだと思うのです。自覚さえあれば、それが可能です。しかし、自分の異常性について何の自覚も無い者には、それができません。回避できるできない以前に、それが議論の俎上に置かれる事すらないのです。故に気付かぬうちに自分の生活の範疇を逸脱し、その自覚もないまま、悲劇的な生涯を送らざるを得なくなります。それはもう傍から見ればあまりに無自覚で、あまりに要領を得ない思考、行為の結果であり、自業自得の帰結なのですが、何より悲劇的なことは、本人すらもそれが自業自得の帰結であるとしか考えられないため、自身の異常性について最後まで思いも及ばないことです。異常性を持って生まれた事の理不尽さに気付けない理不尽さ。本人の歩む人生の辛さが不当であればある程、それは誰に取ってもこの上なく正当であることの理不尽さです。これが本物の悲劇と言うべきものだと、私は考えています。
故に、悲劇的な人生は、一見悲劇の形を取っていないのです。それどころか、道化じみた卑屈な笑いを浮かべて、まるで喜劇であるかのような顔をして、そこら中に浮遊しているのです。例えば私なんかのように、きちんとした服を着て、一応仕事もあって、酒や煙草も人並み以上にやっていたりします。しかし彼は不幸なのです。真っ暗な海のど真ん中で、もがき苦しんでいるのです。
これはある人からの受け売りですが、多くの場合、「不幸」と言われるものは、単なる「不遇」であったりします。しかし不遇と不幸は違います。そこは明確に区別しなければなりません。不遇なら、時間が経てば解決するかもしれません。誰かが救いの手を差し伸べてくれるかもしれません。しかし不幸は癒し難いものです。なぜなら、それは自業自得以外の何物でもないからです。不幸な者に差し伸べられるのは救いの手ではなく、「愚か者」「無能」「甘え」などという紋切り型のつまらない言葉だけです。
私は、人に共感できず、感情表現をすることができないことから、他人に対する不信感が増し、徐々に現実世界から身を引くようになりました。記憶の中の他人の気持ちは痛い程よく分かるのですが、今その場にいる、目の前の人の気持ちが全く分からないのです。気持ちが分からないとは、表情を読み取れない事と似ています。記憶をたどって徐々に輪郭を帯びてきたその人の表情は、まるで般若の面のように眉間にしわを寄せ、鋭い牙をむき出しにした表情だったりするのです。恐怖でした。今はぼやけていて全く見えないが、実は今目の前にいるこの人は般若の顔をして今にも私に襲いかからんとしているのかも知れない。そう思うと、恐怖で人と心を通わすことなどとてもできず、世界とは悪意と敵意の象徴であるように思え、怯えて自己防衛に走るだけが精一杯でした。般若の面ならまだましです。例えば相手が阿修羅のごとく多くの相を使い分け、そのうちの一つを駆使して私を騙そうとしても、私にはその騙すために駆使された表情が全く分からないわけですから、却って騙されにくいのです。そして騙す意図が全く期待はずれに終わってしまった相手が落胆混じりに嘲笑するのが(これもずっと後になって分かるのですが)とても恐ろしく、私は却って相手に騙されようとする努力をした程で、しかもそれが実った事は一度もない有様でした。私は他人の悪意とか、厭味が一向に通じない人間なのです。一度ニコニコ顔の上司に「頑張ってくださいね、給料をもらっている以上はね」と言われて、確かにその通りだと腕組みし頷き、納得して、威勢良く「はい、頑張ります」と言って、暫く経ってからそれが厭味であった事に気付いて身震いした事があります。こうした惨状を考えれば、私が現実世界から身を引いて自分の世界に立てこもろうとすることは、むしろ自然だったように思います。
これはずっと後になって分かった事ですが、私がその場で状況や言葉の意味を解釈できないのは、短期的な記憶を司る脳の中の装置、所謂ワーキングメモリーというのが常人よりも少ないからなのだそうです。今その場で言った事を、その場で忘れてしまっているのです。忘れているのですから、解釈できなくて当然です。しかし不思議な事に、短期的には忘れていても、長期的には覚えているのです。後になってそれを思い出して、あの時はああいうことだったのか、あの時ああいえば良かったと、そうなってしまうのだそうです。とにかく、後になれば私にも世界が明瞭に見えるのに、その場では一切見えないのですから、この場合その場では自分を偽り、後から本当の自分を出すというのが自然でしょう。しかし後から本当の自分を出そうとした時には既にタイミングを逸してしまっていますから、私ができるのはその場で自分を偽る事で理解できないものにどうにか対峙するという事だけでした。お陰で私とって自分を偽る事とは息をするように自然な事になっていました。




