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しかし、それだけではおさまりませんでした。一週間後、鱒沢さんの提案で、皆でスナックに飲みにいこうということになったのです。私はあまりスナックには行き慣れないのですが、断る口実ももたずにそれに行きました。今度は加藤さんは来ませんでした。彼は全くお酒が飲めないということでしたので。待ち合わせ場所の駅から、例によって三木さんは鱒沢さんの肩につかまって、私はそれに雁行する形で、スナックまで向かいました。道すがら、私は精一杯の努力で、会話を繋ごうとしました。
「今日は楽しみですね。同じビートルズファンと飲みにいけるとは」
「ノンノン(スナックの名前)は楽しいよ。歌も歌い放題、飯もうまいし、酒も安いからいくらでも飲めちゃうよ」と鱒沢さんは言いますが、私は正直、歌も歌いたくないし、飯もその辺で一人で食いたい方だし、酒もそれほどは飲めないので、別に興味はそそられませんでした。が、どうも鱒沢さんという人は自分が楽しければ皆が楽しいという勘違いをするタイプのようで、とにかくスナックで飲む事の楽しさ、コストパフォーマンスの良さを誇張して止みませんでした。更に悪い事に、三木さんもそれに相槌を打ち、「そうですよね、ホントですよね」とやってしまうからたちが悪い。私はそろそろこの人間関係というのに、不信感を募らせていました。押し付けがましすぎやしないか?尤も、それは私がこれまで一貫して持ち続けてきた人間関係に対する拒否反応の名残であるとも考えられます。それに私の差別意識もありました。何だって四十七才の独身男と、障害者といっしょにこんなにも頻繁に付き合わなければならないのだ。しかし、私も考えてみれば発達障害者だ。私は結局こんなレベルの付き合いにしか顔を出せないのだ。そうした卑劣な差別意識が私の心の根底にあったことは否定できません。
店に着くと、中年の夫婦と、その娘さんが温かく出迎えてくれました。彼らがやっている店らしいのです。奥さんが台湾人で、マスターが日本人、娘さんは日本人と台湾人のハーフという事になります。私達は、席について、娘さんにウイスキーのソーダ割りを作ってもらい、乾杯をしました。鱒沢さんはそれを一気に飲み干し、ソファーの背もたれに腕をかけて言いました。
「ここでこうやって飲むのが、至福のときなんだよね。憩いの場っていうかさ。大好きな音楽はあるし、料理はうまいしさ」
「ええ、そうですよね、そうですよね」
私と三木さんはただ相槌を売っていました。暫くすると、お通しと台湾料理が順々に出てきました。確かに味は美味かったのですが、鱒沢さんがまたいつもの調子で「三木さん、あれもこれもあるよ、どんどん食べて」とやってしまうので、殆ど食えませんでした。ああ、障害者、隠れ障害者、ノリノリの四十七の独身男。この中では私が一番分が悪そうでした。
更に暫くすると、今度は歌が始まりました。ビートルズの曲を鱒沢さんと三木さんの二人で熱唱していました。
「マイベイベセズシートラヴェリンオンザワナフタナイノナイン!」
いつもこの店に来て歌って練習している曲らしいのです。なかなかうまくハモっていましたし、考えてみれば目の見えない人がカラオケで歌うには歌詞を完璧に暗記していなければならないのでした。私は盛り上げ役に徹し、手拍子などを打っていました。しかしこの瞬間が楽しいかと言われると、全く首肯できませんでした。それどころか何だか無意味に思えて仕方がありませんでした。人間関係とはこんなものなのか、私は少しだけ、孤独でいた時の自分を思い出し、それが懐かしくなりました。そして一人で孤独にさすらっていた方が気楽だとも思いました。好きな物を食って、好きな音楽を好きな時に聴き、好きな本を読み、街中をさすらっていた方がどれだけ気楽か、世の中から疎外される苦しさはあるでしょうが、だからと言って好きでない物、楽しくない物をさも作ったげな笑いを湛えて迎えるのはとても苦痛でした。
帰り際、五千円をはらって店を出ました。鱒沢さん曰く、
「あれだけ飲んであれだけ食って、あれだけ歌ってたったの五千円だよ。いやあ、申し訳ないくらい安いよね」
「いや〜、ほんとですよね〜、申し訳ないです」
私は二人の会話を無言で聞いていました。勿論空気を壊さないように相槌を打ちながら。私はそれほど飲んでいないし、食ってもいないし、歌ってもいない。それで五千円は正直言ってちっとも安くないだろう。そういう気持ちがありました。しかしやっぱり鱒沢さんという人は、自分が満足ならそれで皆満足しているだろうという考えをしてしまう人なのでしょう。そう思うと鱒沢さんが三木さんの先導役をわざわざ買って出ている事も、やはり三木さんのためというよりは、自己満足のためという気がしてきました。
鱒沢さんに対して随分と酷な事を書いてしまいましたが、間違いなく、鱒沢さんは優し過ぎる程優しい人なのです。「いい人」かと言えば間違いなく「いい人」なのです。ただその優しさが恐らくは自己満足から来るものであり、また大概の「いい人」が陥るごとく、善意が押し付けがましく、周りを巻き込んでしまう癖のある人だという事です。いい人だからこそ、そこに悪気がないからこそ、それがまたこちらとしても受け入れざるを得ない。片輪者同士の付き合いでも、これだけ難しいのだ。いわんや健常者をや。それが私をまた絶望的な気分にしていました。人間関係を理解するに連れてそれが苦痛になっていくとは皮肉な事です。
私達は、三木さんの電車に合わせて店を出て、三木さんを送ってから分かれました。私の最終バスはもう行ってしまっており、私はタクシーで自宅まで帰らなければなりませんでした。鱒沢さんは最終のバスがまだある様で、それで帰宅するとの事でした。私は、正直三木さんに気を遣っている分の十分の一でもいいから、もう少し私にも気を遣って欲しいという事も思いましたが、しかしそれは甘えであるような気もして、その願望を打ち消し、マクドナルドの持ち帰りで夕食を買い、タクシーに乗り込みました。
ザ・プルーデンスのライブとスナックがそれぞれ月一度あるということでした。それから何ヶ月か、私はそれに付き合う事になりました。私は内心それが面倒だと思いながらも、そこから抜け出す勇気を持てず、ずるずると、殆ど義務的にそれらに参加していたのです。
そんなある月曜日、鱒沢さんからメールが来ました。
「明日、ノンノンのママさんの誕生日なので、ノンノンをご検討ください」
明日、というと火曜日、次の日も仕事です。平日に何を言っているのだろうかと思いもしましたが、その日は特段用事もなかったし、無碍に断るのもどうかと思ったので、渋々誘いを受けました。三木さんも一緒です。スナックのママの誕生日だからと言って月曜に飲みにいかなければならないものなのか、スナック通いの習慣のない私には全く分からなかったし、そもそも鱒沢さんの自己満足的な道楽にはほとほと疲れきっていましたが、どうしてもと言うなら行ってやらなくもない、そんな気分でした。いや、もしかすると私も人間関係に疲れながらも、それに飢えてもいたのかもしれません。そうでなければ、こんな誘いは他に予定があるとか言って一蹴していたに違いないのです。
しかし、その日、私はとんだ大失敗を犯してしまったのです。私は不眠で、日頃から睡眠薬を常用していたのですが、何とそれを他のゴミと間違えて一緒に捨ててしまったのです(この辺りがADHDの名残ですね)。するとどうでしょう。勿論眠れません。眠れなくても飲む薬がありません。次の日、私は前の日に一睡もできなかった体調の悪さから、鱒沢さんの道楽に付き合ってやる余裕がなく、やむなくそれをキャンセルしました。
「体調が悪いので、申し訳ありませんが、今日はお休みさせて頂きます」と、鱒沢さんと三木さんにメールを打つと、二人から即座にメールが帰ってきました。
「気にしなくても、欠席でもいいですよ。今年の風邪は長引きますから」
「了解しました。ご無理だけはなさらないでください」
私は、このメールが帰って来た後になって、急に何か申し訳ないような気分になりました。体調が悪いというのは嘘ではありません。しかし彼らの思いを裏切ってしまったような感覚で一杯になりました。きっとそれは私が日頃から彼らの善意を心の中で疑い、嘲笑していたからでしょう。あれだけ見下していたのに、そんな私にどうして彼らはこんなに優しいのでしょう。
ああ、私はなんという善良な人々を疑い、差別していたのか、自責の念で一杯になりました。私は、なぜこんな風になってしまったのでしょうか。以前の私なら決して人を疑ったり、見下したりしなかったはずなのです。悲しい人間になりました。仕事ができても、コミュニケーションが取れても、私は心の底から悲しい人間です。人を信じ、愛する事ができなくなってしまいました。あるのはただ打算と、懐疑、それと多数派に加わる事のできたちょっぴり得意げな気持ち。以前の私が何よりも軽蔑していたマジョリティーの醜い優越感。これが今や私の中にも宿っており、そのくせその扱いに慣れていないものだから、露骨にその気持ちが主張して止まないのです。私は、罠にかかってしまったのではないでしょうか?他人と同化したくて、他人と同じ立場に立ってみて、却って他人と同化できなくなった。否、他人との差を感じてしまった。それは、客観的に見て幸福な人間程幸福からほど遠いところにいる罠に似ていて、近づいたと思ったら逆に遠ざかっていたという罠です。この罠に一度引っかかってしまうと、この世に生まれてきた本来的な苦しみではない「余計な」苦しみを味わう事になります。本来的な苦しみには解決策が与えられます。しかし「余計な」苦しみにはそれがありません。なぜなら自業自得だからです。それに気が付いた時、私は、もう一度発達障害のアホンダラに戻りたいとすら思った程、狂いそうになりました。勿論あの苦しみを思えば、それが本気にはなりようはないのですが、それでもそう思っている自分が心のどこかに居る事は、例えようもなく恐ろしい事です。
ともかく、私は善良な人々の、ささやかな楽しみを疑い、嗤ったのです。




