表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/26

続・夫妻の実力


「……さて、覚悟は───出来ているな?」

「や、ちょ、ちょっと、待ってくれ。だから、その……ま、まずは話し合おう、な?」

「ふむ、そうだな……確か殴り合いも、会話の一つだったかな?」

「違うッ! それは断じて会話などではないッ!」



冒険者ギルドからかなり離れている、開けた野原へ向かう人影が二つ。

冒険者ギルドを共に管理しているギルドマスターとアルギアである。

ギルドマスターに至っては、自分の手に馴染んだ武具を装着しており

完全に戦う気満々といった出で立ちである。


その周囲には、先日彼らをけしかけたギルドの面々や

今回も狙ったように居合わせていたレンカ等も混ざって、非常に盛り上がっている。


そして前回やっていたように、レンカは再びトトカルチョを開催しており

周りの冒険者から賭け金を徴収しながらひとつひとつメモを取っている。


「マスタァーっ! 今度はちゃんと『戦い』にしてくれよーっ!」

「いやいや、前回のだってドラゴンと戦うって意味じゃまだ戦いになってただろ……

 俺らがアルギアさんと対峙したってああは行かねぇだろ」

「いやまーそーだけどよぉ」


前回の様に、そこらから飛んでくる野次もあるのだが

今回に限っては、二人ともそちらに耳を傾ける余裕も無いのか

お互いがお互い、自分の世界にその人しか居ないかの如く真剣に話しあっている。


一方はひたすら腰が低いのだが。


「───ん、みんなして何やってるんだ?」


冒険者ギルドの入り口から、人が固まっているのが見えていたので

宿泊施設から降りてきたリヴィスは、諸手続きをケンタとミニアにお願いして

物珍しさもあって、人ごみまで歩いて行く。


ケンタとミニアは前回のである意味満足したのか、普通に業務を続けている。


「こんにちわー、レンカさん。これ何の(もよお)しっすか?」

「あら、リヴィス君だったかしら。

 えーとねぇ、簡単に言うとマスター夫妻の夫婦喧嘩真っ最中って感じ♪」


冒険者ギルドの入り口から、人が固まっているのが見えていたので

宿泊施設から降りてきたリヴィスが物珍しさで人ごみまで歩いて行く。


「それでー私が今トトカルチョを取り仕切って賭けにしてるところね。

 どう? 君も一口賭けてみるー? ま、結果はわかりきってるけどねー♪

 今のところ、倍率は32倍と1.05倍ね~」

「んー、まぁ……どう考えてもアルギアさんだよなぁ……」


この会話の最中、レンカの腹の中は常に真っ黒に染まっており

ある者が遠くから見れば、その背後には血に飢えている獣すら映って居そうな状態だ。

もちろんの事、リヴィスはネギを背負った鴨である。


「よし、わかりました。俺───ギルドマスターに5000z賭けます」

「はいはーい♪ アルギアちゃんに……へ?」

「いや、それが当たり前なのはわかってんすけどもね……。

 でも、俺が一番世話になってんのってやっぱギルドマスターだし

 誰も賭けてくれるヤツいなさそうだし……俺だけでも応援しようかなって」

「え、えーと……か、考え直さない? 5000zをゴミ箱に捨てるようなものよ?」

「ハハハ、別にいいんですよ。負けは元より覚悟の上ですから。

 ただ単純に、ギルドマスターを応援したいだけなんで……じゃ、これよろしく!」

「あっ、いや、ちょ、ちょっとー?!」


リヴィスはアルギアの手に、財布から出した5000z紙幣を握らせ

『バカな事をしているなぁ』と実感しながら人ごみの中へと向かった。


もちろんの前回の戦果もあるのでギルドマスターに賭ける者は皆無だった。

この場でギルドマスターに賭けた義理堅い者はリヴィスのみである。


そして会話をしていた事の渦中にある二人は……いよいよを持って本格的に対峙する。

かたや完全に殺意満々、かたや完全に尻込みといった感じの状態で。




「俺の恨み……───しかとその身に刻むが良い。

 なに、大丈夫だ……出来る限りやさしく切り刻んでやるからな」

「切り刻む時点でやさしくもクソもなかろうがッ!?

 ───クソッ、もう聴く耳持たぬか……!」




ギルドマスターが殺意としか思えない、ドス黒いオーラをその背に宿してゆらりと歩く。

恐怖のあまり説得することを諦め、アルギアは人化を解いて彼と立ち合った。


「ギャガァァァァァーーーーーーーーーーーーッッッ!!」

「……───」


その咆哮ですら、風と大して変わりが無いとでも言うような涼しげな顔で

平然とその場に立ち続けるマスターが居る。


その(たたず)まいに、見守っている面々は一人を除き息を呑む。


───明らかに、前の時とマスターの様子が違う。

───これはまさか、大番狂わせ有り得る? 有り得ちゃう?

───やべーって、俺アルギアさんに10000zも賭けちゃったよ。

───いやでもまぁ、所詮マスターはマスターだろ? ハハハ。


そんな喧騒が辺りを包み始めたところで

及び腰ながらアルギアは、その太い尻尾に遠心力を付け加えて勢い良く振り被り

ギルドマスターに向かって、咆哮と共に横薙ぎの一撃を繰り出す。


「───……」


盛大な土煙が起こる程の重量を持った一撃がギルドマスターに振るわれた。

その土煙が収まった頃には……ギルドマスターが立っていた場所には誰も居ない。


「ギッ……!」


さすがにこんなもので仕留め切れる筈が無いとわかっていたアルギアは

ギルドマスターの姿を察知するために、首を振り回して彼を探す。

その一方で野次馬の喧騒は一層騒がしくなっていった。


───お、おい……ギルドマスター消えたぞ!?

───まさか地面にすり潰され……

───いや、待て……! あそこだッ!


一人の冒険者が、ギルドマスターを発見した。

その冒険者が指差す先には───アルギアがいるだけだった。


一応は最強のドラゴンの名に恥じず

アルギアの五感は(皮膚を除いて)人間の五感を遥かに超越している。

アルギアの人化が解けた際の体のでかさを全員が把握しているため

かなり遠くから二人の夫婦喧嘩を見ているわけなのだが

そこから上がる声としぐさを見て、マスターが自分の周りに居る事を知覚した。


───バカ野郎、どこにも居ねぇだろが!

───いやほらあそこだってあそこ! ちゃんと見てみろ!

───あそこってどこ……ってマジかよ!?


野次馬が最初の一人の声につられて、彼が示す方向を見る。

するとどうだろう、彼が指で示す場所には直立する人影が確かにあったのだ。



アルギアの、尻尾の先に。



凄まじい威力を持って繰り出された尻尾だ。



その声を聞き分け、アルギアは己の尾の先に自分の(つがい)が居る事を知り

目を向けてみれば、確かにそこにギルドマスターは居た。


そして、その先から───彼はまるで陽炎の様に歩き始めた。

不安定な筈の尻尾の先から、ゆらゆら、ゆらゆらと。



撫で肩から、長年の武器(とも)をだらりとぶら下げながら歩くその姿は、まさに修羅。



何故、一切の埃も汚れも無く尻尾の先に佇む事が出来ている?

尻尾を受け止めた衝撃は? 躱したとしても何故あそこに?

乗った後に止まった尻尾の慣性の法則は?


野次馬も、乗られた本人のアルギアも、それらの現象を無視出来ず

本人は頭の中で混乱し、野次馬達はしきりに口論を繰り広げる。


「───どうしたんだ? お前の愛しい旦那はここに───居るぞ?」

「───……ッッッ!!??」


こちらに歩きながら問いかけるその笑みは、ひたすらに(いびつ)

彼と共に歩んできたアルギアが見ても、即座に背筋が凍る様な……歪んだ笑い。


「ッ……ギュガァァァーーーーーッッ!!!」


アルギアは、歪んだ笑みを浮かべながら近づいてくるギルドマスターに

久方振りに『全力全壊』のドラゴンブレスを放った。


己の尻尾が火傷を負う事すら構わず、その先に居るのが例え己の伴侶でも構わず。

恐怖に縛られている今のアルギアに、手加減、手心などという言葉は一切存在しない。


そのドラゴンブレスが生み出す熱量と破壊力は、幸い地面に吐き出された訳ではない。

故に、周りの野次馬達がその破壊力で薙ぎ払われる事は無かったが

ほぼ全員、割と見た事が無い『最強のドラゴン』の所以を目の前で見せ付けられ

『普段役に立ってねぇのはなんなんだ一体』と、 (レンカ以外)全員一致で思ったようである。


そんなブレスをまともに喰らってしまった、尻尾の上のギルドマスターは

この世界に存在していた痕跡すら残さず消滅───する事もなく

ケンタの世界における表現の『レーザービーム』と例えられる様なブレスなのが幸いし

直線からなるブレスの太さも完全に見極め、空中に身を投げ出していた。


───お、おいッ! ギルドマスター、落下してんぞッ!

───ちょ、あの高さから生身で落ちたらやべーだろ!

───トトカルチョとか言ってる場合じゃねえッ! 全員助けに……


と、野次馬達が割りと洒落にならない事態ではないかと気付いたところで

ギルドマスターは、空中で体勢を整えた……かと思った次の瞬間には。




空中を、『掛け上がっていた』。




『いやいやいやいやいやいやいやいやいや!?!?』


野次馬ほぼ全員、目の前の光景に驚きを隠せない。

が、レンカはあまりやる気も感じられないが、目の前の事に驚いては居ない様だ。


「レ、レンカさん……なんか全然驚いてないっすけど……

 まさか昔のドラゴンと戦う場合って、あーいう技術って大前提とかなんすか?」

「んー、まあ大前提って程でもないわよ。あれば便利程度かしら」

「あ、あれば便利って……」


野次馬の中まで入ってきたレンカが横に居たのでリヴィスは問うてみると

あの超常技術ですら、昔は別段珍しくもなかった小技との事らしい。


自分の事を『大した事無い』と談じていたギルドマスターの本位は

果たしてそれが本音なのか、謙遜なのか……もしも前者であるならば

今ある世界の現状ですらやばいのではないかと思い始めてしまうリヴィスだった。


そんな感想を思い浮かべている最中にも、ギルドマスターとアルギアのバトル(夫婦喧嘩)

止まる事すら許さず、空中での壮絶な位置争いに発展していた。


どうやらギルドマスターは『跳ねる』事こそ出来るものの、その動きは直線限定らしく

『踏み出す』前に、急速に角度を変えて跳ねるという高速機動を繰り返している。


一方のアルギアは、その体が生み出すアドバンテージを使おうとしているらしく

攻撃の中に体ごと振り被る様な動きを織り交ぜて動いており

少しでも相手の体勢を崩そうと必死に抗っていた。


しかしその努力もむなしく、ギルドマスターはまるで地上を疾走するかの如く

360度の空間を上手く利用して、ジグザグに……時には重力に身を任せて高速で落下。


襲い掛かる攻撃も時には交わし、巨躯から迫る一撃を刃で逸らし。

アルギアより細やかに動けるという唯一のアドバンテージを完全に活かし切り

その巨躯から出てくる暴力を、上手い具合に捌き切っていた。


実際のところ、その巨躯が生み出す力の暴風雨は一撃でも貰ったら即座に死ぬ。

それを完全に翻弄、回避している現在のギルドマスターがおかしいのは当然ではあるが

やはり余裕綽々と言うわけでもないらしく、その表情はアルギアを睨み付けており

目付きに関しても眉間に皺が寄っており、滅多に見られない真剣な顔だった。



まるで神話の一シーンとも思えてしまうその拮抗も、ついに崩れる事となる。

アルギアは空中制御を上手く切り替え、ギルドマスターがすると思われる機動位置へ

巨大な体躯を全て使った決死の突撃へと移った。


野次馬全員が完全に沈黙している中、リヴィスは自分の職業でもあるハンター独自の遠目を用いて、その瞬間を確かに確認していた。



両者が激突する寸前、ギルドマスターは───確かに(わら)っていた。



空中にて両者は激突。手応えは───全く無い。

そこには激突音すらもなく、アルギアは一連の行動の後に慌てて己の伴侶を探し出す。

しかし周りには見当たらない。耳を澄ましても既に冒険者の声もしていない。


空中で焦りながら、しかしバランスを崩さずに隙無く辺りの気配を伺い続ける。



アルギアは、その瞬間───確かに、聴いた。



野次馬連中は、そんな音が、聞こえたような気がした。



静かな音が一つだけ、『コツン』と鳴り響いた。



その音の発生源は───アルギアの『首の付け根』辺り。



「やぁ、アルギア」

「ギュ、ガッ……」



ギルドマスターは、静かに、柔らかく、長めの首を此方に(もた)げたアルギアに向けてとても綺麗な乾いた作り笑顔をプレゼントした。

アルギアは明らかに作られたその笑顔と彼が乗ったその場所を確認し、恐怖の表情を浮かべてひきつってしまう。


彼が立つその位置は


原種であろうがドラゴニアンであろうが


【竜族】において共通で存在する箇所。




『逆鱗』




どんな【竜族】でも必ず遺伝してしまう弱点、『逆鱗』。

その箇所だけは鱗も脆く、刃だろうが拳だろうが軽々と突き刺さる……まさに急所。

大人の事情において『感じる』箇所でもあり、触れられただけで怒り狂う急所。


ギルドマスターは、既にその位置に居る。

つまりこの後に待っている光景は───






「──━─ーー─ーー━ー━--へ√--──━━──ーーーー!!!!!!!」






聴くに堪えない、耳が痛くなるような大絶叫を上げながら

アルギアは空中から錐揉(きりも)み形式に捩れて墜落していった。



その咆哮は、無駄にでかいアルギアンス共和国内の隅々まで響き渡ったそうである。



被害は悲鳴に驚いて、ギルド内の事務室でケンタがコップを割った程度だったが。





アルギアが墜落した後、空中で慣性を平然と殺し切り

背後に黒い何かを宿らせたまま、笑顔で伴侶に近づいていくギルドマスター。


野次馬な冒険者ギルドの面々が呆然とその動きを視線で追う中で

アルギアの元に到着したギルドマスターは、笑顔でドラゴン状態で居るアルギアの逆鱗を執拗に引っ叩き、気付けと同時に何かをしろと命令しているらしく、叩くその音に混じって


「きゃっ、いきゃっ、やめ……わかっ、わかったからっ、あっ、やーっ」(翻訳


冗談抜きで泣きが入った謝罪と一緒に、ギルドマスターに命じられて人化する。


「………………。」

「ご、ごべ、ごべんなさいぃ……もうしません……許してくだざぃ……」


一同、日頃から少し偉そうな態度のアルギアがここまで凹んでいる図に驚愕する。

まあ、種族的要因が生み出す力の差をあれだけコテンパンに潰されたら無理もない事なのかもしれないが……それでもギルドマスターの隠された実力を目の当たりにし、全員が全員色々な認識を改めざるを得なかった。


しかしマジ泣き混じりのその謝罪ですらギルドマスターにとっては不満なのか

懐から取り出した札に、筆記用具でなにやらサラサラと文字を書き上げた後

土下座状態のアルギアの頭にその紙をペイッと貼り付けた。


「え、な、これは……は、剥がれんッ?! 剥がれんぞッ?!」

「……変化を固定化させる消耗型のタリスマンだ。

 とりあえず竜化して逃げるなんて真似はさせないから安心すると良いぞ」


それがなんなのかを説明した後、ギルドマスターはアルギアの首を鷲掴みにして

冒険者ギルドの方へと引きずって行ったのだった。


後に残るはアルギアの「助けてぇぇぇ……」という悲鳴と

その戦いを見ていた野次馬と、アルギアが引きずられた跡だった。





「あれ、そういえば……賭けって……」

「……おやっさんの勝ち、だなぁ」

「え……それって……生活費まで注ぎ込んで掛けた俺の20000zは……?」

「俺、センリから拝み倒してもらった小遣いの3000z……」

「同情でギルドマスターにも50zとか賭けておけば良かった……」

「くっそ、レンカさんの一人勝ちかよッ! あんたまさかわかってて……って?」


残された冒険者ギルドの面々が、怒りの表情と共にレンカの方に振り向けば

何故か彼女はその場にへたり込んで、真っ白に燃え尽きていた。


「あ、あはー……わ、わたしの、おこづかいが……おくさまぐっずが……

 質屋に入れないと……あ、あははははハハハハハハハ八八八八八八」


レンカの精神が破壊されたその横では、レンカを(偶然にも)出し抜き

賭けのウィナーテイクオールが形式上確定したリヴィスがポカーンと立ち尽くす。


そして不必要にも全員に勝利金額を教えてしまい

リヴィスはまた冒険者ギルドの面々にしばらく(たか)られる日々を過ごす事になる。







冒険者ギルドは

アルギアが冒険者ギルドの傍にある樹に、顔に『私は伴侶が楽しみにしていたプリンを全て食べました』と落書きされた上で、樹の幹にぐるぐる巻きで括り付けられている以外は

今日も平和である。





本来賭け事は、その元締めに利益が落ちるように出来ているものですが

今回のレンカはギルドマスターの勝ちが確定しているのがわかっていたので

「そちらに賭けさせない」ために、無駄に倍率を上げており

その提示されたとんでも倍率に、これまたとんでも金額を掛けてしまったリヴィス君が現れたがために、赤字街道まっしぐらになっております。


ついでに語句説明。

ウィナーテイクオール ・ ぐぐれ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ