◎AfterStory◎ 現実逃避???
潤一と夕ご飯を食べて、食器を洗い、ゆっくりとした時間。
突然、潤一が私の前に立ち、真剣な顔つきをしてこう言った。
「美穂さん、真剣な話があるんだ」
いつになく真剣な顔つきに、驚きながら、私もしっかりとする。
もしかすると、ついに潤一のアレが決まったのかもしれない。
この子はやればできる子だから早く決まってもおかしくはない。
「美穂さん、俺…ついにこの時が訪れたんだ」
「訪れた?もしかして……しゅ」
「モテ期到来っ!」
「…………え?」
……時間が止まったかのような錯覚が起きた気がする。
いや、頭が働かないっていうのはこういうことなのかも。
潤一はイキイキとした顔で話を続け出す。
「就職活動しているとね、色んな人と出会う訳だよ。同い年の」
「そ、そうね」
「んで、色んな人にメルアド聞かれて、見てよこれ!ほとんど女子からメール!」
「…え、えっと……」
「あ、大丈夫だよ。俺は美穂さん一筋だし」
「ありがとう…でもその」
「でもさ、やっぱり本当にモテキってのはあるんだね。こんなにアピールされるとは思わなかった。
それもこの前、説明会で結構マジな告白もされたし」
「……あのぉ、潤一?」
あ、頭が痛くなってきた……。
潤一ももう大学4年生。今は2月だから就職活動真っ盛りだ。
ようやく本番が始まったと言っても良い。
そんな時期にまさかの告白で頭が痛くなってくる。
いや、でもここで何も言わないのはダメ。この子は現実逃避をしようとしているのだから。
私は悩みで痛くなった頭を回転させながら、潤一の前に立つ。
「あなたは今、就職活動しているのよね?」
「そうだよ」
「…まぁ、現実から目を背けたくなる気持ちも分からなくはないわ。それに潤一はカッコいいからモテるのかもしれない」
ダメだ…潤一を傷つけずに現実を言うのは難しいかも…。
キラキラとした目で私を見てくる潤一の目はすでにこちら側を見ていない。
ずきずきと痛む頭を抑えながら言葉を選んでいると、突然潤一が抱きついてきた。
「美穂さん、俺は美穂さん以外」
「ちょ、ちょっと待って。そういうのじゃないの。潤一の気持ちは理解しているわ、それにあなたが物凄い勘違いをしたのも分かってるからとりあえず聞いてくれる?」
「あ、うん」
あまりの突然のことで、真剣に怒ってしまう。
ダメだ…私はまた…、でもこれ以上言葉を選んでいたらこの子はどんどん逃げて行ってしまう。
ここで止めなければ…。
少しだけ深呼吸をして、私自身の意識を変える。
「あのね、確かに今まで色んな企業の説明を聞いてきて混乱しているのもわかるわ。やりたいことが見つからない気持ちも。
でもね、潤一にとってこれは大きな壁でもあるけど、自分を見つめ直す時間でもあるの。
大人になったら周りに合わせてばかりで自分を見つめ直すことなんでほとんど時間はないの」
「自分を見つめ直す?」
「そう。今までどんな人生を送ってきたのか、どんなことが楽しいと思ったのか、どんなことが好きだったのか、嫌いだったのか。今まで感じてきたことを思い出す時間なのよ。
もちろん、見つめ直すだけじゃダメ。未来を見ないといけないの。現実的なね」
私の真剣な話に潤一は正座をして聞いてくれる。下はフローリングなのに。
この子はやっぱり根は真面目だ。
真剣に話を聞いてくれる潤一の目にドキッとしながら話を続ける。
これだけ言えば十分だ、あとは優しく話を変えてあげればいい。
潤一は頭のいい子だからすでに理解はしているはず。
「潤一、ここは人生の先輩として教えてあげるわね。あなたのそれはモテ期じゃなくて就活生の情報交換の中に入っただけよ。その裏には潤一に惹かれている部分もあるだろうけど。
それをモテ期というなら私もモテたわ」
「…えっと、美穂さんは何人ぐらいに」
「就職活動自体はすぐに終わったから何とも言えないけど、その時で100は」
「………ごめん、現実見る」
「あ、ごめんね。その落ち込ませるために言ったんじゃなくて」
「わかってるよ…。でも、うん、確かに今はこんなことに頭を使ってる時間じゃないよね、マシンガン戦法は止めてみる。もう一度、自分のやりたいことを見つめ直すよ」
「うん、頑張って。私に何かできる事ならするから」
「ありがとう。俺、頑張るから」
潤一の真剣な顔つきにはまだ子どもっぽさが残っているけど、大人っぽさも醸し出す。
大人っぽさに少しだけ寂しさも感じながら、可愛い子どもらしさに思わず頭を撫でてしまう。
しかし、潤一はそれだけでは物足りなかったらしい。
私を優しく抱きしめて、もう一度小さく「頑張る」と言ってくれた。