◇第48話◇ 急展開
音のする方を振り向くとそこには今絶対に見られたくない人、いや、ずっと会いたかった人がポカーンとしながら立っていた
「…………」
「……………」
「………」
「………」
ものすごい沈黙。
空いた口も塞がらない、という言葉があるけど、今まさにその状態だ
それよりもどうしてこんなところに彼女…いや、美穂さんがいるんだろう…
美穂さんも目を大きく開いて幻を見ているかのような目で俺を見る
いつ以来だろう…美穂さんをこうしてちゃんと見たのは。
かなり前のような気がする…けど、何も変わってない
「………」
「…………」
というか…急なこと過ぎて何を話せばいいか分からない
頭はもう全開で働いている。今までにないぐらい働いていると言っていい
しかし、何を言えばいいか分からない
俺は何か話すネタが欲しくて辺りを見回すと、ちょうど美穂さんの近くにカギらしきものが落ちていた
「え、えっと…その…カギ、落ちてますよ?」
な、な、なんで俺は敬語使っているんだ???
ものすごく頭がパニックになる。いや、敬語で良いのか?今は付き合ってるわけでも…ないし…何より相手は年上だから敬語を使うのは当たり前か?
でも、普通に話していた頃は敬語なんて使ったこと無かったし…でもでも、今は…あああああ!!!ダメ
だ、何がやりたいのか分からなくなってきた…
美穂さんは「え、ええ」と慌てたようにカギを拾うと再び2人の間に沈黙が流れる
どうして美穂さんはここに居るんだろう…俺達と同じように旅行でもしにきたんだろうか?
それなら知り合いがそろそろ来るんじゃないだろうか?
ということは、俺はどこかに行くべき……いやいや、何逃げ腰になってるんだ、俺
次あったら玉砕覚悟で告白するんじゃなかったのか、俺
でも、どうしてだろう…勇気が湧いて来ない。一生懸命振り絞っても出てこない
どれだけ自分は逃げ腰なんだ…自分自身に腹が立ってくる
「え、えっと…その…じ、じゃ俺はこれで………」
逃げる…ものすごい自責と後悔…少し覚悟を決める時間があれば逃げることなんてしない…
だけど…だけど…これは……これは急過ぎる…
身体の向きを変え、荷物を持ち、歩き出す
終わった…俺はやっぱりバカだ…覚悟を決めたとか言いながら結局自分の決めたことを変えてしまう
やっぱり子供なんだろうか…いや、ただのバカ野郎だ…
自己嫌悪しながらどこに行くわけも無く、歩き出す。もう歩いて帰ろう…歩いて帰ってみたら少しは大人になれるだろうか…
両手が重い、荷物置いて行きたい…喉乾いた…コーヒーなんて飲むんじゃなかった……
大きな後悔を小さな後悔で隠すかのようにしょうもないことが次々と湧いてくる
服が汗臭くなるだとか、家に着くころには靴に穴が空いてしまうだろうとか、ちゃんと家に付けるだろうかとか………
「ま、待って!!!」
数歩歩くと後ろから美穂さんが呼びとめる
なんだろうか…何か忘れたか?俺
あまり顔は見せたくない…だけど、美穂さんの声で呼び止められると身体が勝手に振り向いた
「あ、あの…えっと……どうやって帰るつもりなの?」
「えっと…」
歩いて帰るなんて言えない。だけど、変なプライドが、美穂さんに友達に置いてかれたという事実は知られたくない
俺は出来る限り笑ってみる。もちろん、苦笑いにしか見えないだろうけど。俺は美穂さんに笑顔を見せ、すぐに向きを変え歩き出そうすると再び美穂さんの声が聞こえた
「わ、私の車で送って……あげるから!」