◇第37話◇ 過去の自分。
目の前がフラフラする…
和志君のお姉さんは少し…いや、結構ゲームが好きらしく、俺達より少し前に流行ったゲームで紗代さんと意気投合した
そして、その勢いで和志君がやられ、豊臣は逃げ、最後に残った俺が餌食となった
「ほらほら、若いんだからドンドン行こう」
「ごーごー」
「あ~……」
なんとか意識だけは繋がっている感じだ
目の前がふわふわというか、クラクラというかとにかく気持ちが良い酔いだ
「んじゃこのままの勢いで2次会と行きますかー」
「いこー。潤一くんは強制だよー」
「ふぁ…ふぁぁぁ~…」
眠たさが襲ってきて自分がどこにいるのかさえ分からなくなってきた…
とりあえず分かるのは誰かに手を繋がれ引っ張られていくのと、周りが少し賑やかなことぐらいだ
そして、時々紗代さんとお姉さんの声がしている
和志君はどうなったんだろうか…閉じそうな目を少し開けて周りを見回すがぼやけていてなにがなんだかよくわからない
「そうそう、次の飲み会に私の知り合いが来るんだけど…いいですよね?」
「うんうん。潤一くんは~」
「あ、ふぁぁぁ…ふぁい…いいですよぉ」
自分がもう一人いるんじゃないか?ってぐらい酔っている自分とそれを冷静に見ている自分がいる
もちろん、冷静に見ている自分も酔ってはいるんだけどちゃんと紗代さんやお姉さんの話を聞いていたりする。
しかし、その冷静な俺は精神的な面だけで身体はすでにヨレヨレだ
自分で身体を動かしたくても動かせず、引っ張られるままに進んでいく
そして、次第に目の前が暗くなりそうになってくると同時に賑わっている声が耳の中に入ってきた
おそらく居酒屋にでも入ったんだろう
俺は手を引っ張られ、案内された部屋の中に入る
今いるのはおそらく座敷式の所なんだろう。もう歩かなくても良い…と身体が認識したのか急に目の前が真っ暗になってくる
すると、身体のバランスも崩れ、誰かにもたれながら深い眠りに落ちていくような感覚を感じた
ここは夢の中なんだろうか?
目を開けるとそこは美術館のような場所に立っている
辺りは誰もいない、というか人の気配が全く感じない上に、生きている限りでは絶対あり得ないような静けさだ。
もしかすると自分の心臓の音も聞こえないんじゃないか?ってぐらい物静かな雰囲気があり、慌てて脈を取ってみるとしっかりと動いている
しかし、本当に何も音がしない。ためしに頬をつねってみても痛みも感じない
やっぱり夢?
そう呟いたつもりだった。しかし、俺の声は部屋の中では響かず、頭の中で響く
どういうことか全く分からない…
頬をつねっても痛くないということは夢なんだろうけど、ここまで現実から離れた夢も珍しい
近くに置いてある壁を叩いても音はしない。手をパンっと叩いてみても音はしないし、痛みも感じない
昔、講義で習ったが「夢とは抑圧されていた願望を幻覚的に充足することによって睡眠を保護する精神の機能」と言っていた。まぁ普段、夢を見ているのか見てないのか分からないような睡眠をしている俺にとっては関係ないと思っていたけど、この状況はまさしく夢なのだから、この静けさは抑圧されていた願望ということになる。
もちろん、セラピストでも何でもないから、そこから何を分析するなんて事はできないけど…
俺は辺りを見回しながら歩いていくとある扉が目に入る。
特に何の変哲もないただの扉だ。だけど、足はその扉へと向かっていき、扉を開ける
すると、10mほどしかないまっすぐな通路が現れた。そして、その通路の奥の壁には大きく綺麗な額縁に収められた写真のようなものがかけられていた
これは…
見覚えがあるも何も、美穂さんに告白するために駅で長い時間待っている俺が写っている
卒業式が終わり、もう美穂さんに会えないと思った俺は玉砕覚悟で美穂さんに告白することを決めた
今思えば携帯のアドレスを知っていたんだからメールのやり取りができたんだけど、何故か俺は駅で長い時間、美穂さんの乗る電車が来るのを待ち続けていた
この時の俺は何も考えてなかった…ただ、美穂さんとこれからも一緒に入れたら良いと思っていた。
だから、自分の立場なんて考えなかった…美穂さんは自分とはまったく違う立場の人だと分かっていたのに…そんなことはどうでも良い。今はただ美穂さんと居たいと思っていた
それがどれだけ愚かなことなのかも知らずに…
-本当にそう思ってる?
頭に直接叩きこまれるような感覚と共に頭に響く
それも自分の声が。
-本当に美穂さんと俺が釣り合わないとか思ってる?…いや、違うな……美穂さんに好きな人ができたから自分はカッコよく身を引いた、とか思ってるんじゃない?
-違う…
-ならどうして美穂さんと別れた?あれだけ好きだったのに
-俺と美穂さんとじゃ立場が違いすぎる…
-立場?そんなの付き合う前から分かってたことだろ?だから玉砕覚悟で告白した。違う?
-うまく行くなんて思ってなかった…
-自分自身に何嘘ついてんの?玉砕覚悟とか言いながらも期待してたから告白したんでしょ?立場とかそういうの関係なく、美穂さんと一緒に居れるってことをさ。そうじゃなきゃ告白なんて考えないよね?
-………
-美穂さんに自分より相応しい男ができた。なんて自分が勝手に思い込んでるだけだろ?本当に美穂さんのことを知ってるなら分かってるはず、美穂さんは嘘を付けない
-…でも、あの人は優し過ぎる
-はぁぁ……いい加減にしろよ?良いように美穂さんを見てんじゃねぇ!!何が立場が違うだ!優し過ぎるだ!ふざけんな!!全部自分が逃げるための言い訳だろうが!例えあの人にふさわしい男がいたとしてもあの人は今のお前と違って大人だ、ちゃんと自分の気持ちを言葉にしてお前に別れを言う。自分の気持ちに嘘を吐いて、相手のためにとか言い訳するてめぇとは違う!美穂さんと立場が違うと思うなら追いつくように努力しろよ!追いつけないとか言う前に努力しろよ!この時のように玉砕覚悟でやってみろよ!!これからも一緒に美穂さんと居たいんだろうが!!!
頭の中で鳴り響く。さっきまで何とも痛みなんて感じなかったのに今はこんなにも心が痛い
今まで隠し続けた…いや目を反らしていた自分の本心。
確かに美穂さんを言い訳に使っていた、あの人があまりにも凄いスピードで進んでいくから…だけど、それは俺の甘えだ。あの人がどんな速いスピードで走って行ったとしても、距離がドンドン離れていったとしても俺が美穂さんを想う気持ちは変わらない。それだけは分かる
そして、いつまでも一緒に居たいと思う気持ちも変わらない。
例え、美穂さんに相応しい男性がいたとしても今のままじゃ終われない、だって俺は美穂さんの言葉を聞いていないのだから。あの人から別れるという言葉は一切出ていない。確かに言いづらいから言わないかもしれない。だけど、それを聞かないといけない。それは俺の我が儘だ。だけど、それを聞かないと自分自身の中にいる美穂さんを想う俺が諦められない
-…ありがとう、やっと本当の気持ちに気が付いた…いや…素直になれるよ
-ああ。もう一回玉砕覚悟でがんばって
-ああ。任せろ
-…んじゃ頑張れ、俺
目の前に飾ってある写真の俺が小さく笑ったかと思うと、写真は薄くなっていき、最後には額縁だけが残る。あの写真が俺の本当の気持ちだったんだろう、あの時の気持ちを取り戻したいという。
俺は大きく息を吸って、一気に吐く。するとスーっと目の前が明るくなっていった