◎第35話◎ 杉本部長
「今日、飲みに行きませんか?」
ちょうどお昼休みの時間に加藤さんが私を誘った
「え?飲みに?」
「はい。最近、谷川さんもちょっと元気出てきたみたいなので一緒にどうかなぁって」
「ええ、是非。あ、でも今日はちょっと遅くなる…」
「あ~大丈夫ですよ。私、先にちょっと合コンの約束があるので」
「え?い、いいの?合コンがあるのに」
「はい。あ、谷川さんもどうですか?知り合いから誘われたんですけど相手は若いですよ」
「…ごめんなさい、仕事がちょっと」
「あ~それじゃ仕事終わったら連絡くださいね。合コンやってたらそれに参加もOKなので」
加藤さんはそういうと「お先に失礼します」と言って食堂を出ていく
私はいつまで引っ張るんだろう…加藤さんにまで心配かけてしまうし、加奈子にも心配をかけてしまっている。
私は食堂のからあげをお箸で挟み、口の中へと運ぶ
「谷川君、ここ良いかな?」
顔を上げると杉本部長がAランチを乗せたおぼんを持って前に立っていた
「はい、どうぞ」
「ありがとう。いやぁ久しぶりにここの食堂で食べるよ」
「そうなんですか?」
「いつもは外で食べることが多いからね。谷川くんはいつもここで?」
「いえ、今日はちょっとここで食べたいなぁという気分だったので」
「あはは、なるほど。僕と一緒だ」
杉本部長は嬉しそうな笑顔でご飯を口へと運び、「おいしい」と少し驚いたような顔をして箸を進める
その間も他愛もない会話をつづけていたけど、私の頭の中では別のことを考えていた
「そういえば……って谷川君?」
「え?あ、すみません」
「どうかした?」
「いえ、大丈夫です。すみません」
「…何か悩んでいるみたいだね」
「え?」
杉本部長はさっきまで笑顔で話していたと思うと急に真剣な顔をして私を見てくる
真剣と言ってもキツイ目で見ているわけではなく、どこか優しさがある視線だ
「僕でよければどんな相談も受けるよ。…それも上司の仕事だからね」
優しめの視線で見られるとどうしてか相談したくなるのは杉本部長の力なのだろうか?
それとも私がそれだけ誰かに話を聞いてほしいと思っているからなのだろうか?
私は少し悩んだ末に、核心を少し外し、はぐらかすかのように話す。やはり核心部分を話すにはダメだと本能的に思ったんだろう
しばらく、話すと杉本部長は少し顔を濁したかと思うと頭を下げた
「あ、あのどうして。頭を上げてください」
「ごめん。僕は人間としてダメだ」
「そ、そんな杉本部長は素晴らしい方ですよ」
「いや…その…正直に話すと谷川君の話を聞いて少しラッキーだと思ってしまった。今は谷川君はフリーなんだって」
「え?」
「だけど、最後まで聞いて全然ラッキーじゃなかったし、そんなことを考えてしまった自分が情けないよ…。だけど、ここは谷川君の上司として話を聞いた以上は答えを返させてもらうよ。ただし、少し厳しいことも言うかもしれないけどいいかな?」
「は、はい」
さっきまでバツの悪そうな顔をしていたかと思うとすぐに仕事をしている時の杉本部長の顔に戻る
そのスイッチの変え方はさすがとしか言えない。こういう人が本当の大人なんだろう
「僕が思うにその男の子は幸せ者だと思うよ。谷川君にそこまで思われていて」
「………」
「同じ男として情けないと憤りを感じると同時に同情もする」
「同情ですか?」
「うん。もし、自分がその男の子の状況だと思うと不安で仕方がないよ。どれだけ谷川君に愛されていたとしても、所詮は男の子だよ。年上の…それもこんな綺麗な人で頭も良い、仕事もできる女性と付き合うのは不安でしかない」
「……」
「どうしてって言いたい顔だね。ならこうして考えてみようか、男の子が海外に留学するとするよ?」
「はい」
「その留学先には綺麗な女性たちがたくさんいるんだ。谷川君はどう思う?」
「それは……」
そりゃ彼が自分以外の女性に気が向くと思う
自分より彼と合って優れている女性なんてたくさんいるだろうから
「今、自分よりもっと良い人がいるかもしれないと思ったでしょう?」
「は、はい…」
「それと同じだよ。男の子もたぶんそうやって不安で仕方なかったんだよ。谷川さんが男の子に自分よりもっと良い同年代の女性がいるんじゃないか?って思うのと同じで男の子も谷川さんにはもっと良い大人の男性がいると考えた」
「あ……」
「そうやってお互いを信じられなくなってくるとちょっとした勘違いが大きな勘違いを生んでしまう。もちろん、解決するには話し合うことが大切だけどそんな勇気がある人たちなんてそうはいない。だけど、自分で勝手に解釈するのはダメだよ」
私ももしかしたら…いや、確実に自分で勝手に解釈してしまったんだろう
確かに潤一と一緒に居たあの可愛らしい女性は潤一の好きな人かもしれない、だけどそれは私の中での解釈だ。もしかしたら…5%、いや1%でも可能性があるとしたら…
「うん、もう大丈夫そうだね。やっぱり谷川君は素晴らしいよ」
「あ、ありがとうございました」
杉本部長はAセットを食べ終わると笑顔で立ち上がる
私は慌てて立ち上がり頭を下げると、「それじゃ」と言って手を上げて食堂を出ていく
やはりあの人は素晴らしい大人の人。
私は見えなくなった背中にもう一度頭を下げた