◎第20話◎ 水族館。
潤一との久しぶりのデート
私はあの一件から潤一とはあまり連絡を取らないようにしていたけど、私はもうこれで最後にしようと思う
これ以上私の我が儘で潤一の人生を潰してはいけない
一緒に水族館に行く間、潤一の斜め後ろを歩きながら潤一の手を見てしまう
少し前なら普通に手を繋いだりして歩いていた
だけど今日はもう手を繋ぐことはない。だって繋いだら別れるのが辛くなるから
水族館の中に入ると少し暗くて、静かな空気が流れる
水族館っていう選択はあってたかもしれない。もし、潤一と一杯話すことになれば泣いてしまうかもしれない。泣いてしまったら潤一を困らせてしまう
潤一は小さな声で「すげぇ…うまそう…」とか言っていて可愛い
だけど、そんな潤一を見ていると別れたくない。どうして、こんなことになっちゃったんだろう…
潤一はクラゲの所へ付くと、子供のように目をキラキラさせてぷかぷかと浮いているクラゲを見つめる
そういえば、潤一はクラゲが好きだったっけ…。でもイシクラゲがクラゲの仲間じゃないって教えてあげた時の潤一の顔は可愛かったなぁ…。
潤一はいつかクラゲを買ってみたいって言っていたし「一緒に飼いたいね」とも言ってくれた
だけど、そんな夢はもうできない…
「…このちっこいクラゲ可愛いなぁ。ね、美穂さん」
「………え?うん、そうね」
潤一をずっと見ていたから急に話を振られて戸惑ってしまった
やっぱり潤一の事はまだ好きなんだと思う。ううん、好きなんだ。
だからこそ、潤一には幸せになってほしい
「あれ?美穂じゃない?」
「え?」
声のする方を見ると加奈子と旦那さんが腕を組みながら歩いてくる
「加奈子、どうしたの?」
「夫とデート。そっちは?…あ、その子が例の彼氏ね。私、美穂の高校の友達だった尾崎加奈子。潤一君のことは聞いてるよ~」
「ちょ、ちょっと加奈子」
「あははは」
加奈子は楽しそうに笑いながら旦那さんと話している
加奈子には潤一のことで色々相談していたから今ここで話されたらせっかく覚悟を決めたのに揺らいでしまう
潤一も戸惑っているみたいで苦笑いをしている
しばらく話していると加奈子の旦那さんが加奈子に「邪魔しちゃ悪い」と行って加奈子の腕を引っ張るように歩いていく
私も少し前までは潤一とあんな風に腕を組みながら歩いていたんだと思うと泣きそうになってくる
最後に一度だけでいいから手を繋ぎたい…
「美穂さん」
「ん?」
「………いや、何でも無い。次行こ」
何を言おうとしたんだろう…
「美穂さん、水族館を一杯楽しもうね」
「ええ、そうね」
急に潤一は笑顔で行って、先に進んでいく
潤一は言葉の通り精一杯楽しむかの様にテンションが高く魚を見るたびに「すごいね」と話かけてくれる。カニを見た時は「うまそう…食いたいね」とか色々言っていてニコニコと笑いながら話してくれる
しかし、楽しい時間はあっという間に経ってしまい、私たちは水族館を出る
外はもう暗く街灯の明かりがポッと付いている
「ふぅ…寒いね」
「…そうね」
「……ちょっと歩こう」
潤一は「はぁ~」と手に息を吐いて、前に進んでいく
私もそのあとを付いていき、しばらく歩くと急に潤一が振り返る
そして、大きく息を吸うとニコッと笑いかけてきた
「美穂さん、今日は楽しかったよ」
「…うん」
「あのね美穂さん、俺たち別れよっか」
「………」
なんとなく予想はしていた
潤一が水族館を精一杯楽しんでいる辺りから分かっていた
でも、こうして言われると心の奥の方から我慢していた感情が湧きあがってくる
だけど、私は大人にならないといけない。だって潤一は新しい人生を歩いて行こうとしてるんだから
湧きあがってくる感情を下唇を少し噛んで抑えて、息を吸い、そして…小さく頷いた
「……………だよね。ごめんね、美穂さん。今まで付き合ってくれてありがとう」
潤一の顔が見れない…最後なのに顔があげられない…
私は下を向いて泣き声を出さないように精一杯我慢して、涙も出ないように精一杯我慢して、最後の言葉を振り絞った
「じゅ…いち……今までありがとうね」