◇第19話◇ 水族館
春休み。
俺と美穂さんは久しぶりに2人で出かけることにした
「美穂さん、どこ行く?」
「…私はどこでもいいわよ」
「ん~…んじゃ水族館行こっか」
「ええ」
いつもより元気が無い…
やっぱりもう俺のことなんて好きじゃなくなったんだろうか…
雰囲気が暗くなりそうになったから俺は無理やりテンション高くして場を盛り上げようとする
美穂さんは俺が話かけても「そうね」とか「うん」とかしか返事をしてくれない
そんな感じで俺と美穂さんは水族館の中に入る
水族館なら魚に見とれたりして、この雰囲気をごまかせると思ったから
俺の考えは見事的中して、美穂さんと俺はあまり話すことが無くなった
別に俺は魚に見惚れていたわけじゃない。何を話したらいいか分からなかったから話せなかった
聞きたいことはたくさんあるけど、美穂さんが話すとは思えないし苦しめたくない
俺と美穂さんは歩きながら色んな魚を見ていて、クラゲの所まで来た
ぷかぷかと浮いているクラゲを見ているとなんか落ち付く
昔からそうだけど、結構クラゲは好きな方だ
「…このちっこいクラゲ可愛いなぁ。ね、美穂さん」
「………え?うん、そうね」
やっぱり……
「あれ?美穂じゃない?」
「え?」
声のする方を見ると綺麗な女性とサラリーマン風の男性が腕を組みながら近寄ってくる
「加奈子、どうしたの?」
「夫とデート。そっちは?…あ、その子が例の彼氏ね。私、美穂の高校の友達だった尾崎加奈子。潤一君のことは聞いてるよ~」
「ちょ、ちょっと加奈子」
「あははは」
美穂さんの友達の加奈子さんは楽しそうに笑いながら横にいる男性に説明していって、男性の人は「ごめんね、こいつ世話焼きなんだ」と苦笑いしながら言ってきた
俺はその場1人だけ付いていけてないような気がしてくる
この中で子供なのは俺だけ…
「加奈子、これ以上邪魔しちゃ悪いぞ」
「あ、そうだね。んじゃ美穂、私たち行くね。潤一君もバイバイ」
「はい、さようなら」
2人は楽しそうに歩いて行って、俺と美穂さんは2人の後ろ姿を見る
美穂さんと腕を組むなんていつ以来してないだろう…
そもそも、美穂さんの横にいる男性は俺みたいなのじゃなくて、あーいう大人らしい人なんじゃないだろうか…
美穂さんとコッソリ見てみるとまだ2人の後ろ姿を見ていてやっぱりあーいう人の方が良いのかなぁとか思ってくる
「…美穂さん、次見に行こ」
「うん」
手を差し出しそうになったけどやめてしまった
たぶん断られるのが怖かったんだと思う…
どうすればいいんだろう…俺は…このままこんな感じでダラダラと付き合っていたら美穂さんに迷惑が掛かるんじゃないだろうか…
「美穂さん」
「ん?」
「………いや、何でも無い。次行こ」
やっぱりもうこれ以上美穂さんに迷惑を掛けられない
「美穂さん、水族館を一杯楽しもうね」
「ええ、そうね」
それからの俺は精一杯この水族館の中を楽しんだ
自分でもこれ以上楽しんだことがないってぐらい。ちょっとでも時間を有効に使いたかったから
でも、時間はすぐに経っていく
俺と美穂さんは水族館を出る。すると周りはもう真っ暗で街灯の明かりがポッと付いていた
もう楽しい時間はお終い…
俺は冷たい手を温めるように息を吐いて、人のいない所まで歩く
そして、しばらく無言で歩いて、周りに人が少なくなった所で覚悟を決めて振り返った
すると美穂さんは俺の顔を見てくる。その顔を見ると少し気持ちが揺らぐ
だけど覚悟は決めた。少し揺らいだ気持ちを深呼吸で止めて、今できる一番いい笑顔で話かける
「美穂さん、今日は楽しかったよ」
「…うん」
口にしたくない…でも、これ以上美穂さんを悲しませたくない
ただ1つのその気持ちだけで俺は言葉にする
「あのね…美穂さん、俺たち別れよっか」
「………」
美穂さんは少しだけ目を大きくしてすぐに俯く
たぶん、俺に言わせたことを悔やんでるんだろうか…少しは悲しんでくれてるんだろうか…
美穂さんはしばらく俯いたままで、少し経つと小さく頷いた
少しでも…少しでも期待してたことが崩れた
俺が言えばこうなることは分かっていた…だけど…やっぱり辛い…
でも、これ以上美穂さんを縛ることはない
俺は自分勝手な気持ちを押さえて、最後ぐらいは大人になりたい
「……………だよね。ごめんね、美穂さん。今まで付き合ってくれてありがとう」
今、言えることはこれが精一杯。
これ以上言葉を発したら、次に何を言うか分からない
だから俺は口を固く閉じて、身体の向きを変えて歩いた
美穂さんの最後の言葉を聞きながら
「じゅ…いち……今までありがとうね」