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魔法少女と腐った肉塊

作者: 星井戸灯子
掲載日:2026/02/18

 魔法少女なんて信じない。

 でもピンチになったら助けてほしい。

 神にも少女にも天使にだって愛されたい。

 そんな風に見えなかったら僕が上手く生きてる証拠だ。



  *



 僕──空木なみきは、私立蜃気楼学園の生徒会副会長。そこそこに恵まれた頭脳と、そこそこに恵まれた人間関係によってのみ形成されている高校生。


「おはよう、空木くん」


「……おはようございます、夕革先輩」


 茶髪の優しい顔つきの生徒会長──夕革ひずむ先輩。


 僕は夕革先輩が好きだ。生徒会長として、先輩として。あくまで人間関係を構築するただの一人として。


 僕が一年の頃夕革先輩を『タガワ先輩』と読み間違えてしまった事をきっかけに、本当に何故かそれだけで、よしよしと可愛がれている。タガワなんて読み間違い、誰かしらにされてても可笑しくないのに。


「空木くんさぁ……」


「はい?」


「この学園に、魔法少女がいるとしたら、どう思う?」


 始まった。

 夕革先輩のロマンチストが。


「どうって……どうもこうもないでしょう。ああいうのはアニメだから成り立つのであって、現実世界にいたら混乱どころの騒ぎじゃない」


「めっちゃ否定するね」


「否定したつもりはありません。僕は夕革先輩のゆめかわな思考に毎朝ついていけないだけです」


 夕革先輩は唇を触りながら、少し考える。


「もし、いたらね」


 もしいたらの話が先輩の橙色の瞳を輝かせ始める。その瞳の星はいつだって揺るがない。


「いたら、あれはなんだったんだろう、って」


「あれ?」


「ここから先は秘密にしてほしいんだけど……先週の金曜日、見ちゃったんだよね、魔法少女」


「へえ」


 適当な相づちで彼の言葉を待つ。


「シルバーの魔法少女が、臓器を処理している所をね」


「それはさすがに見間違いじゃないですか?」


「いいや、シルバーの魔法少女は確かに臓器を処理していたよ。正確には、つまづいた因果でゴミ袋から溢れ出た臓器を、慌てて閉まっているところを、ね」


「本当に見間違いじゃないですか? 反社ですよ、それ。無事生きてて良かったですね」


「本当だよぉ! その証拠に、ほら、ここの血、魔法少女の臓器処理を手伝った時に残ってる血だよ」


 うわっ。じゃあこの人、手どころか、風呂にも入ってないんじゃないか。


「……演技も上手な事で」


「彼女は魔法少女だったよ。確かにね。本人がそう名乗ったわけじゃないけど、僕はそう信じてる」


 なら、ただの普通の人間が遺体処理をしているだけだったと考えたい。そして、夕革先輩の事だから、きっと無言で手伝ったうえに、さわやかな笑顔で去って行ったのだろうと頭に浮かぶ。


「気になるなら確かめてみてよ」


「気になりませんし確かめませんよ」


 僕が下駄箱で靴を履き替え、去っていく頃に夕革先輩はこう言っていた気がする。


「旧校舎! の、裏庭! だよー!」


 僕は少し振り返り、夕革先輩の目を見つめてから、ああ、嘘ではないんだろうな、と足を踏み出す。でもこうも思った。嘘だったら、いいのにな、とも。


 なんて、くだらない。



  *



 放課後、たまたま生徒会の仕事が無かったから、寄り道がてら朝のあどけない先輩の言葉を真に受けた。


 真に受けて、旧校舎にやって来た。


 裏庭に、なるべく人目を避けて向かうだけ。


 それだけで、今日が構成される。


 結果──裏庭には誰もいなかった。


 少し練り歩いてみたりしたが、やはりひとっけひとつ無い。これじゃまるで出待ちみたいで女々しいな。


 僕は帰る事を選び、校舎から逃げる様に立ち去る。


「……ああ」


 信号を待っている時だった。


 そこには夕革先輩の言っていたシルバーの魔法少女が立っていた。


 噛み砕いて言うと、アイドルが着せられてそうな質感の若いライブ衣装、言うなればシルバーギンガムチェックを身に纏った少女がいた。


 ルーズソックスもシルバー。じゃらじゃらとしたネックレスもシルバー。指なんて、指輪だらけでメリケンサック状態。


 これが、夕革先輩の言う魔法少女。


 別に普通だった。ただ、そういう世界観の衣装を見に纏ったただの少女。それだけ。


 僕は信号を渡る。


 ……それだけだが、少し変だとも思った。


 シルバーの彼女が(臓器が入っているらしい)ゴミ袋を持ってなかった事でもあり、少女がなかなか青になった信号を渡る気配すら出さず、立ち止まっていた事がほんの少し気になった。


 そういうセカイ系の痛いコ、で終われば良かったが、彼女の目はこちらを追っている。追っていると言えば僕も当たり前に彼女を目で追っているのだが、普通に怖いのと、なんだか胸がざわつく。


 ミンチにされちゃったらどうしよう。


「待てや資本主義の豚が」


 僕はつい立ち止まってしまった。


 僕は別に傷ついた訳ではない。ただ、彼女のよく通る声とそのいただけないセリフが重なり、怖じけづくも立ち止まるしかなかったのだ。


「……何か」


「あんた、蜃気楼学園の生徒だろ」


 僕は首を横に振る。


「あれれ、隠さなくていいんだぜ? だってアタシは昨日蜃気楼学園の裏庭にいて、たまたま通りがかった好青年と、たまたま臓器処理をしたからその制服に見覚えがあるだけなんだからよ」


 ひぃ。


「何か御用でしょうか?」


「単刀直入に言うよ。あんた、アタシの豚だ」


「……何か気に障りましたか?」


 首を横に振る恐ろしい女は、僕の手首を掴んで、こうも言った。


「アタシ、臓器を集めてるんだ。人から出る臓器ね。そんで、その臓器を無差別に集めてる訳じゃねぇから安心しな?」


 離せ……! 離してください……!


「どういう人間の臓器が必要かというと、腐った人間の臓器を集めてるんだ、分かるだろ?」


 分かってたまるか!


「アタシは、ただ臓器を集めて、成し遂げたい事の為にその臓器を利用するのサ」


「大声を出しますよ」


「いいぜ。助けがくれば、助かるかもね」


 全力で叫んだ。おまわりさんだの助けてくださいだの悪漢だの痴漢だの殺されるだの。


 助けはこなかった。息を整えるのを待ちもせず、シルバーの女はこう言った。


「臓器はちゃんと良い様に使うよ。それに、臓器を取られたからといって、死ぬ訳じゃない」


 あんた臓器無くても生きてけそうだし、と一言添えて。そういう問題ではない。ただ、少し良いかもと、つい考えてしまった。


「ぞ、臓器を、どう良い風に使うんですか……?」


「教える義理はないよ」


「じゃあ、ずっとここでお話してましょう」


 シルバーの少女はため息をついて僕の手を無理に引っ張ってスタスタ歩いていく。僕は転ばない様にただもつれた足取りでこけながら歩く。


「まず、集めた臓器で巨人を作る」


 シルバー女はついに口を割った。まるでこれから物事を円滑に進める為かの様に。


「巨人?」


「そう、恐竜よりもでっかくて驚異的な……怪物ってのを、作ろうとしているよ」


「臓器はどうでもいい人間から許可を得て提供してもらってるし、死ぬ訳じゃない。抉り取る訳じゃないし、臓器売買ですらないし、ただ『魔法』を使ってほじくり出すだけだ」


 ほじくり出す言うなよ。え? 魔法だって?


「アタシの魔法は臓器を抜き取る事が出来る。それだけだ」


「待ってください。あなた本当に魔法少女なんですか?」


「ああ。魔法少女ってラベリング、よく臓器くれる奴らに言われたから、それで通してるよ」


 そこで僕は嫌な思考に陥る。


 僕のそこそこ尊敬している夕革先輩。夕革ひずむ先輩はひょっとして、臓器をこのシルバー女に提供した挙げ句、カワユイ後輩であるはずのこの僕を騙した、という事になる。


 あ、いやでも、出会ったのは校舎裏じゃないな……。いやいや、どっちにしろ不愉快極まりない。こんな最悪な事件に僕を巻き込むな。関係性がたった一日にして再起不能だよ。


「魔法少女ってのはさぁ、誰かの光を守るモンなんだろ? で、アタシみたいなのがピンチになったら、応援してくれるんだろ? 知ってるぜ、教えてもらったからな」


「……百歩譲って」


 シルバー女が廃墟と化したアパートに立ち止まると同時に、僕は少し踏み込んでみる。


「僕が臓器をあなたに提供したとします。それで、僕はどうなるんです?」


「どうって……別に。死なないだけだよ」


「具体的に、こういったご飯が食べられない、とか、こういう事は控えてほしい、とか。あるんでしょう? デメリット」


「デメリットは全部合ってるし、本当に申し訳ないくらい臓器にしか目が無いんだ。だから、あんたはどうにかして生きるか、コロっと死ぬか、良くてホームレスみたいに身を潜めるくらいしか出来なくなる」


 なんて話だ。これが犯罪と言わずして何と呼ぶ?


 僕はアパートの屋上まで辿り着く間、彼女にありったけ質問した。


「魔法少女は、あなた一人ですか?」


「臓器を欲してるのは、あたし一人だけだよ」


「あなた達は何者ですか?」


「魔法少女としてレッテルを貼られた、少し特殊な人たち」


「臓器で創った怪物を、どう利用するおつもりで?」


「この世界をぶっ潰す。せめて、この地域くらいは」


「この世界を狙う理由は?」


「他の魔法少女達に、一子報いたいから」


「どうして?」


「どうしても、許せなかったから」


 タイムリミット。そして、屋上には人が立つと想定されてそうな、小さな魔方陣。


「どうするの?」


「どうするって……嫌に決まってるでしょう」


「……悪いけど、最初から拒否権は与えるつもりなかったんだ。だって、あと一人分の臓器で怪物は完成するから」


「その創りかけの怪物はどこに?」


「この下。アパートの中にびっちり詰まってる」


 匂いでバレてしまえばいいのに。けど僕は、彼女にこうも思った。そして問いかけた。


「臓器。の前に。名前、教えてくれたらいいですけど」


 馬鹿だと思われるだろう。彼女は目を丸くもせず尖った目付きのまま、まるで前にも同じ事を言った人間がいたかの様な声量で、名を名乗ってくれた。


「八巻」


 ハチマキと、名乗った。記号みたいにあっさりと。八巻がいるのなら一巻も二巻もいるのだろう。記号みたいに。


「もういいかい?」


 僕は彼女を信じる事にしてみた。


 僕の心に波風立てる奴は許せないけど、僕の私生活に波風どころか絶望的な撃沈を及ばそうとする人は初めてだったし。だったし、僕が被害を受ける事で、八巻さんは救われるっぽいし、夕革先輩と縁を切らなくて良さそうだったからだ。逆に。


 たったそれだけの浅はかな考えで僕は自己完結して、小さな魔方陣の前にひょろりと立った。


「どうぞ、骨の髄まで頂いちゃってください」


「骨はいらない」


 出会い頭から最後まで可愛げがない。本当にどうでもいい人間ばかりから集めて来たのだろう。


「※◁◆※△■※※※※※※▷」


 八巻さんが英語ですらない呪文を唱える頃には、八巻さんの手は僕の腹にあり、そして、僕の中身は空っぽになっていく感覚があった。臓器が無くなっていく感覚、そして、心が珍しく軽くなっていく感覚、そんなふわっとした気分に浸っていた。


 から、から、からっぽの少年に、なっていく。


 思えば元から空っぽそのものだったかもしれない。でも、まあ、悪くないんじゃないかな。


 僕はたったそれだけの一日で、人生を踏み外した。



  *



 次の日、僕は生徒会室に夕革先輩と話していた。


 魔法少女達が臓器の怪物と対峙している所を、この壊れてしまった世界で二人で見ていた。


 あそこの臓器は僕ですなんて話ではなく。


「びっくりした。空木くんが僕の方に自ら来るんだもん。僕から話しかけて、どの面下げてんだって思わせるつもりだったのに」


「だと思いました。いやはやまさか夕革先輩が首謀者だったなんて」


 夕革先輩は最悪の人間界の異物だった。


 ネタバラシというか、朝話しかけたら、申し訳なさそうな笑顔で「ごめん俺が八巻さんに手当たり次第臓器を集めてもらってて、この世界を終わらせたかったんだ」なんて、本当にこの人は気色悪い。ロマンチスト一週廻ってエゴイストだ。


 僕はただ、八巻さんの方を向いて、たそがれていた。


「嫌いになった?」


「嫌いですよ。勿論。でも、終末を特等席で最期まで見れるっていうのは、案外悪くないかもです」


「あははっ、君みたいなのをもっと早く八巻さんに提供しておくべきだったなぁ」


 この夕革ひずむという人間が何者で、何を間違えて世界を滅ぼしたいなんて気分で思いついたのかは知らないし分からない。


 八巻さんも、よく分からない。


 結局僕は傍観者で、やはり僕は澄ました顔で生きるだけの屍。八巻さんと夕革先輩は、僕の知らない、ましてやそこらの人達とは悪い意味で住む世界観の違う人達だった。人ですらないのかもしれない。まだ何かあるのかもしれない。でも僕は今日を悪く思っていない。


 だって、魔法少女はいたんだから。


 今窓の外にいる魔法少女達と、臓器の怪物を操る八巻さん。


 彼女達は確かにいたんだから。


 八巻さん含む彼女達はこの凡庸退屈極まりない世界に、ひっそり確かに存在してて、正体こそ分からないものの、いざとなったら傷だらけになりながらも戦っている。物理的に。


 そういう意味で言うのであれば、僕達という凡俗愚かな一般市民どもでさえ、毎日戦っているとも言える。色んなそれぞれの持つ世界で、自分を主軸に、色んな闇と光と戦っている。


 僕はそれが嬉しかったんだと思う。


 僕はそれに気付けて、八巻さんとの出会いが悪くなかったと思ってしまっている。戦ってきた一般市民はもういないけれど、彼女達魔法少女の身勝手な戦いに巻き込まれて、たまたまこうして夕革先輩と見届けられて、たまたま自分の心に触れて、良かったと。


「空木くん。そろそろ決着が着く。僕は八巻さんと次の世界線に行くけれど、君とは今日ここでお別れだ」


「……」


「だから、最期に何か言い残した事があれば、聞くよ」


 と、僕にナイフを突き付ける夕革先輩。


「あ、ちなみに、何で僕を贔屓してたんですか? なんていうか、可愛がってた割には、八巻さんと口裏合わせてたみたいですし、そいでいてこんな終末まで見届けさせてもらったり、なんだか腑に落ちなくて」


「あー……それは」


 夕革先輩はナイフをつきつけたまま答えた。


「僕が君を、普通に気に入ったからだよ。ほら、あるでしょ、この人の雰囲気が好きとか、この人、妙に惹かれるな、とか。一目惚れなんて言葉になっちゃうけど、ほんと、理由なんてそれだけ。好きに深い理由なんてなくない?」


 僕は少しもうつ向かず、そのナイフの先にある夕革先輩に感謝を伝えた。


「──生きていこうと思う」


「?」


「夕革先輩、ありがとうございました。僕にキッカケをくれて」


 そう言って、僕は逃げた。


「え!? は!? ちょ、ちょと──」


 僕は廊下を走り、階段を上り、上へ、上へと目指す。屋上だ。屋上に行くのだ。


「──!」


 魔法少女VS八巻さんの決着がついたのか、臓器の怪物の手のひらに乗った八巻さんが、僕を見据える。


「……勝ちましたか?」


 八巻さんは今までで一番柔らかい表情で笑いながら、ピースサインを掲げた。


「あははっ! あはははははっ! ざまぁみろざまぁみろざまぁみろっ!! はははははっ!」


「僕、この世界に残ります」


「はー、はー……笑い疲れた。え? 何か言った?」


「まずは海を渡ります」


 この地域というか、日本はもうボロボロだ。これぞ世界の終わりって感じ。


「海? よくわかんねぇけど、夕革ひずむとはどーしたん?」


「逃げてきました、先輩なりに、この世界で責任を取るつもりだったんでしょうけど、僕はこの衰退した世界がいいんです」


「んー? この世界、ディストピアまっしぐらだぜ? 海外の連中に好き勝手されても知らねぇ」


「はい。僕の世界の邪魔する奴からは、とことん逃げます。僕はこの世界に、止まったうえで、この世界で生きてみたいんです」


「本当に何言ってんだかさっぱりだが、この世界に残るんだな。オーケー。了解。アタシは夕革ひずむを回収して次の世界線に行くよ」


 僕はそれ以上何も聞かなかった。

 八巻さんもその後振り向かない。


 お礼も言わないし、謝罪もしない。本当に大嫌いな人だった。


 でももう関係ない。


 これは僕は自分が一人になってやっと生きる喜びを知ってしまう人格破綻者という話でもあるし、僕が破滅願望のあるド変態の馬鹿という話と思われるかもしれないし、また、魔法少女を通して僕が僕を見つける話でもあった。


 多分、それだ。それがいい。


 魔法少女はどこかにいる。

 ピンチが起きても気付かれないけど。

 神様仏様に愛されてるかなんて分からない。

 もし僕がこの話を通して一貫性のない奴だと思ってくれているのなら、それは僕が楽しく生きてる証拠だ。


 僕はこの日初めて大げさに息を吸った。

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