ありがとう
美しい夕暮れの中、炎の都ホノオの王都は人であふれていた。商人や貴族が大半だが、別の目的で集まった者たちもいる。オムマ魔法大学の入学試験が、明日に迫っていた。
「ダン、この短剣すごいよ。深紅の色、刃の鋭さ、全部好きだ。これが欲しい。しかも、小さな仕込みがある……ん? 何に使うんだ?」
「若いの、その短剣はストゥーシャ産だ。大陸の最北にある王国さ」
短剣を売っている商人が答えた。
「へえ、それが何か関係あるの?」
ダイケは首をかしげた。
「ははは。地理に疎いようだな。ストゥーシャでは、タルモを使った温度操作の研究が盛んでね」
ダイケは話を聞いていたが、まだ短剣との関係が分からなかった。
「その仕込みにはオリーブ油を入れる。温度を制御できれば火を生み出し、“炎の短剣”として使える。もっとも、その技を扱えるのはストゥーシャでも一流の魔法使いだけだがな」
商人はそう説明した。
「えええ!? すごすぎる……! いつか絶対に覚えたい!」
ダイケは目を輝かせた。
「それで、値段はいくらだ?」
ダンが尋ねる。
「金貨一枚だ」
ダンは少し困った顔をした。短剣一本にしては高い。それでも彼は懐から金貨を取り出し、商人に渡した。
ダイケは短剣を受け取り、興奮気味に言った。
「本当にありがとう、ダン。最高だよ」
「明日が十六歳の誕生日だって言ってたろ。忘れてないさ」
ダンはそう返した。
「へへ、本当にすごい人だよ、ダン。さあ、街を見て回ろう。ここは初めてなんだ」
ダイケは笑った。
二人は街を歩き回った。ダンは以前にもホノオの都を訪れていたが、名物の菓子や壮麗な建築に、また心を奪われた。一方のダイケは、夢の中にいるようだった。こんなに美しい場所があるなんて知らなかった。星空が、その感動をさらに深めていた。
朝日が昇ったばかりだというのに、ダイケとダンはすでに起きて、支度をしていた。
「じゃあ、僕は試験だ。ダンは……何をするの?」
ダイケが尋ねる。
「俺は自国の酒を売りに行く。焼酎とかだな。領主様に献上する約束でね。オゼロとホノオの文化交流ってやつさ」
ダンは答えた。
「えっ、そんな重要な役目なの!?」
ダイケは驚いた。
「まあな。故郷じゃ、それなりに名の知れた商人でね」
ダンは誕生日を祝うべきか迷った。試験がある以上、楽しめるはずもない。触れない方がいいだろう、そう判断した。
ダイケは別れの言葉に悩んでいた。試験に受かれば、もう二度とダンに会えないかもしれない。それでも、きちんと別れを告げたかった。
「ここで別れだね。もう会えないと思う、ダン」
ダイケは言った。
「ああ、そうだな。これが最後の会話だろう。寂しいが、残りの時間を楽しむさ。君が目標を叶えることを願っている。結局、何を目指しているのかは聞けなかったが……成功を祈る。いい子だ」
ダンは落ち着いた声で答えた。
「そうですね……少し、つらいです。でも、それぞれの道を行かなきゃ。あなたは僕を成長させてくれた。温かさも、教えてくれました」
ダイケは物悲しい目で言った。
ダンは深く息を吸い、静かに言う。
「一つだけ頼みがある。俺を覚えていてくれ。この旅を、忘れないでくれ。心にしまっておけ」
その瞬間、ダイケは亡くなった両親のことを思い出した。一緒に過ごした時間が、胸によみがえる。なぜか、この人の温かさが、それを呼び起こした。気づけば、涙が一筋こぼれていた。
「もちろんだよ、ダン。ありがとう……さようなら」
ダイケは大学へ向かって歩き出した。別れの場面が、頭から離れない。もう少し話せばよかったかな……でも、無理に引き延ばすのも違ったかもしれない。そう考えた。
少し黙ったあと、彼は自分の頬をぱん、と叩いた。
「集中しろ。試験だ。絶対に受かる。いつまでも考えてる場合じゃない」
オムマ魔法大学は巨大で、圧倒されるほどだった。入口には多くの人が集まり、年齢は十五から二十歳ほどが多い。状況を把握するため、ダイケはタルモ感知を発動した。大半は自分と同程度のタルモ量だ。
だが、視線をずらした瞬間――
自分の倍はあるタルモを持つ者を感知した。
ダイケは完全に混乱した。
一生をかけて鍛えてきた。自分より強い者がいるのは分かる。だが、倍? そんなことが可能なのか。生まれてから毎日、狂ったように鍛え続けても届かない量だ。そう思った。
そのとき、大学の中から一人の男が現れた。
風変わりな姿だった。顔に大きな傷、真っ白な髪、皺は少ない。戦士のような軽装の鎧をまとっている。
男は大きく息を吸い、ほとんど叫ぶように言った。
「よう、ちびども。ずいぶん集まったな。ざっと二百人ってところか。だが、通過できるのは二十五人だけだ。あとは省略する。俺がこの大学の学長だ。これから、この試験のルールを説明する」




