旅の始まり
俺は質素な馬車に揺られていた。空は澄み渡り、道は長く続いている。隣には商人がいて、親切にも同乗を許してくれた。
目的地はホノオの都。大学の入学試験を受けるためだ。少し緊張しているが、自分の力は信じている。ホノオで育ったとはいえ、都に行くのは初めてだ。領主や選ばれた者たちが住む場所で、正直、俺の居場所ではない気もする。それでも、どこか気になる。
「君の名前は……ダイケ、だったかな?」
「はい。ダンさんですよね」
「そうだ。喉が渇いたら、後ろの箱にワインがある」
「いえ、大丈夫です。酒は飲まないので。……それより、ひとつ聞いてもいいですか。二週間、一緒に旅をすることになりますし」
「構わないよ」
「どうして俺を同乗させてくれたんですか。強くもないし、魔術師の免許もまだなのに」
「若者を支えるのは大事なことさ。大学に行くと聞いてね。少しは力になれると思った。それに、年寄りには話し相手がいる方がいい」
「……なるほど。何かあれば、手伝います」
話しているうちに、太陽が沈み始めた。空は暖かな橙色に染まり、そろそろ休もうかと思った、その時だった。
「ダイケ、準備しろ。怪しい二人が高速で近づいてくる。盗賊だと思う」
「えっ……くそっ」
ダイケは剣を握り、タルモの感知を起動する。
(タルモが多い……かなり強い。二人同時は無理だ。ひとりでも勝てるかどうか……)
「これ以上近づいたら、教えてください」
ダンは怯え、馬たちも落ち着かない。次の瞬間、木が砕ける音が響き、馬車が横転した。二人は中に投げ出され、馬は地面に倒れている。
ダイケはダンに小声で言った。
「ここにいてください。俺が行きます」
剣を手に、急いで馬車を出る。目の前には馬に乗った二人。ひとりは弓、もうひとりは剣。派手な髪型に紫の耳飾り。不気味な気配が漂っていた。
(あの耳飾り……見たことがある。……そうだ、村を襲った連中だ。ホノオで最も有名な盗賊、《腐れ剣》)
「おいガキ。馬車の中身を言え。殺す前にな。まあ、どのみち殺すけどな」
小さな、不気味な笑い声。
(まずい……どうする。逃げたら弓で撃たれる。ダンも殺される……考えろ、考えろ)
ふと、ひとつの策が浮かんだ。こいつらは誇り高い。上手くいけば――。
「おい、剣を持ってるお前。勝負しないか。俺がお前を傷つけるか倒せたら、俺たちは生かして解放しろ。荷はくれてやる。俺が負けたら、二人とも殺していい。……子供が怖いってわけじゃないよな?」
「バリー、聞いたか? このガキ、本気で勝てると思ってるぞ。さっさと殺してやれ。タルモも大して吸えないだろうが」
(タルモを……吸う?)
「ラリー、無駄だ。さっさと二人で片付けよう」
「は? ビビってんのか。ガキ相手に? 腰抜けだな。提案を受けろよ」
「……ちっ。分かったよ」
「いいだろ、ガキ。取引を受けてやる。感謝しろよ」
ダイケは顔を上げ、拳を握りしめる。恐怖はある。それでも、引くわけにはいかなかった。
「……始めよう」
構えた瞬間、バリーが雷のような速さで踏み込んできた。ダイケは反射的に跳び、ぎりぎりで上を取る。
「馬鹿か。跳躍なんて一番分かりやすい」
空中で腕にタルモを集中させ、隠していた短剣を抜く。狙いは手だ。
バリーは一瞬驚いたが、回避できると判断し、そのまま攻撃を続ける。ダイケはなんとか防ぐが、息が荒くなり、タルモも弱まっていく。
(もう少し……)
油断した一瞬。ダイケは再び腕を強化し、二本目の短剣を投げた。今度は顔。
バリーは反応し、頭を動かしたが、刃が頬をかすめた。血が一滴、地面に落ちる。
沈黙。
「よし!」
「負けだな、相棒」
「ちっ……クソガキ。約束だ。殺さねえ。馬車を調べさせろ」
盗賊たちは馬車へ向かう。
「ダンさん、出てきてください。聞こえた通りです。調べさせるだけです。命は助かります」
怯えながら、ダンが外に出る。
「酒しかありません。転倒したせいで、割れた瓶もありますが」
しばらく調べた後、商人の言葉が本当だと分かったようだった。
「爺、最高の酒を出せ。気に入ったら、残りは許す」
(なぜ急に……?)
ダンは一本差し出す。二人は飲み、目を見開いた。
「うまい! なんだこれは。名前は?」
「水の都オゼロの酒です。焼酎といいます」
「気に入った。これで帳消しだ。残りも持って行け。次に会う時も忘れるな。じゃあな、間抜けども」
夜はすっかり更け、満月が空に浮かんでいた。
しばらくの間、二人は言葉を交わさず、馬車を起こし、車輪を直した。
ダンはため息をついた。
「よくやったな。もう休め。後は俺がやる」
「はい」
横になっても、ダイケの心は落ち着かなかった。
(今回は……できた。どうして今回はできたんだ。なぜ今なんだ……生かされた。獣だと思ってたのに……時間を稼ぐつもりだっただけなのに……怖い)
一時間ほどして、ようやく眠りに落ちた。
車輪を直し終えたダンは、ひとり考える。
(十五歳にしては、よくやった。盗賊が提案を受けたのも、俺たちのタルモが少なかったからか……)
「……寝るか。明日はまたホノオだ。売り物は減ったが、それでも行く価値はあるだろう」




