【日常の5】串原ヘボ祭り
「おはよ。天気あんまり良くないわね。」
11月3日午前4時。車を出そうと駐車場へ行くと、悪魔がいる。
◇
「串原ヘボ祭り、行くんでしょ?」
行くけど‥‥今日は呼んでなかったよね。
「助手席空いてるよね?」
‥‥空いてるけどさ。
「あと、うっかり財布忘れてきちゃったから、ご飯は奢ってね。」
‥‥はいはい。
◇
「車で行くのね?」
会場のあたりは鉄道不便だから。webサイトの交通案内も、道路の案内しか書いてないよ。
「どれくらいかかるの?」
ナビによれば5時間10分。ま、それよりは多少早く着くと思うけど。でも片道5時間平気?
「平気平気。若いから」
うそつけ何歳だよ。
◇
道中のことは省略。出発が超早朝だったので、途中のSAで朝飯を奢らされる。
◇
「着いたね!」
町長のあいさつとか、もう終わったみたいだね。会場は思ったより人で一杯。ヘボ五平餅の売店はもう長い行列が出来てる。
「あれ食べたい。」
‥‥うん、もちろん後で買うよ。
「美味しい。タレにこくがある。‥‥で、何処にヘボ入ってるの?」
タレの中に幼虫を練りこんであるらしいよ。
「そうなんだ。それでこのコクが出るのね。」
虫は平気?
「割と。」
◇
「ところで、ヘボって何?」
クロスズメバチのこと。こんなやつね。体の大きさはオオスズメバチの半分くらいで、色も地味な白黒。スズメバチの中ではおとなしい種類だから、止まられても振り払ったりしなければ刺さないよ。
<ヘボ(クロスズメバチ)はこんなやつ>
この辺の人たちは、春にこのクロスズメバチの若い巣を取ってきて、巣箱に入れて飼うんだよ。
「飼ってどうするの?」
餌を与えて巣を大きくして、一番大きくなる今頃に巣を取り出して、幼虫や蛹を食べるんだよ。
「五平餅にして?」
いや全部五平餅の訳ないだろ。炊き込みご飯とか佃煮とか。
「へえ。」
成虫も素揚げにすると酒のつまみになるらしい。
「美味しいの?」
美味しいよ。だから後で買って帰るつもり。
◇
巣の取り出しが始まったね。
「あのビニールハウスの中で巣を取り出すのね。」
野外でやると、蜂が大量に飛び出すからね。だからビニールハウスの中でやるんだけど、それでも幾らか蜂が外に出てくる。
「ほんとだ。飛んできた。」
<巣の取り出し>
で、取り出した巣は重さを量って、その重さを競うのがこの「ヘボ祭り」のメインイベント。
「なるほど。で、取り出して計量が終わった巣はどうするの?」
そこの即売コーナーで即売されるんだ。今年はキロ1万円だって。
「高っ。」
高級食材なんだよ。
「買うんでしょ?」
いや、巣は買わない。あれを買ったら、袋の中に煙幕を放り込んで成虫を気絶させてから、巣の中の幼虫や蛹を取り出すんだけど、そんなこと街中のアパートの部屋で出来ないでしょ。
「火災報知器が鳴るわね。」
あと、失敗したら蜂がわんさか出てきて、近所の家の中に侵入して大騒ぎになる。
「‥‥そりゃあ無理だわ。」
だから、取り出して売ってるやつか佃煮を買うつもり。
◇
「買ったのね。」
佃煮はなかったけど、蜂の子がパックに入って売ってたから。
「大きなパックだけど、それで幾ら?」
7,500円。
「高っ。」
帰ったら冷凍すれば、これでしばらくヘボご飯が食べられる。
<蜂の子>
◇
帰りは、首都高の工事の影響で、高井戸のあたりで大渋滞になる。
「いやー、帰りは長かったわね。」
お疲れ様。
「運転お疲れ様。でさ、ひとつ気になったんだけど。」
何?
「このエッセイは日常がテーマよね。」
うん。
「これ日常?」
仕方ないじゃん。最初は「あてどない植物記」の方で載せようと思ったんだけど、よく考えたら植物がひとつも登場しない。
「そうか。」
っていうか、ダンタリオンに朝待ち伏せされた時点で、「一丁目のほとり」のエピソードになることが確定したんだけど。
「あ、あたしのせいか。」
おあとがよろしいようで。




