カラに籠もる想いを、あなたに届けたい
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⋯⋯わたしには心に想い浮かべる人がいる。
その人は、わたしが生まれた時よりも、ずっとずっと昔から知っていたような気がするの。
はじめは何故そのような方を知っていて、恋焦がれるように想いを馳せてしまうのか、意味がわからなかった。
わたしの心の中で、生まれた時からずーーーっと、あの人の姿が刻まれていたせい?
会った事もない他人なのに。わたしの心の中に浮かぶあの人を追い求め、どうして胸が締め付けられ苦しまなければならないのかしら。
わたしはこの先ずっとこの苦しみを抱えて生きていかないといけないの?
棘のように胸を打つ痛みは、病院で検査しても何ともなくて、誰にもわかってもらえない。
「ウソっこがまたウソついてサボる気だぁ〜」
「仮病おんなーズールばーかり」
わたしの苦しみが病気ではないという話がどこからか伝わったみたいだ。小学生の高学年になる頃から嘘つき女と呼ばれ、同級生からイジメを受けるようになった。
わたしは何もしていないのに‥‥。胸が痛いのは本当なの。でも誰にも信じてもらえず、わたしの言う事は全て嘘つき呼ばわり。
────この嘘つき売女が!!
────泥棒!!
────使い込んだ金を返せ!
胸の痛みが激しくなり、頭痛もした。そして見知らぬ大勢の人々に髪を引き摺られる自分を見た。
⋯⋯子供心に、これはわたしだと思った。これはわたしの原体験。心に強い痛みを負う度に思い出す、呪いのようなもの。魂に刻まれた復讐の狼煙。目覚めが最悪なのはいつもの事よね。
愛しいあの人は、自分が遊郭遊びに使い込んだ藩のお金の使用用途を誤魔化すために、許嫁のわたしが着服したと嘘をついた。嘘と裏切り。家格の違いから、人々は彼の言葉を信じてわたしを罵り、罪人に貶め惨殺したのだ。
わたしは激しい怒りと怨みの全てをあの人にぶつけて死んだ⋯⋯。生まれ変わっても末代まで祟り続けてやる、そう願った事でわたし自身も呪われた身になった。あの人に連なる血の全てを絶やすまで、わたしの復讐心は何度も転生を繰り返す。
謂れのない誹謗中傷を受けた瞬間、わたしはわたしを思い出すの。
わたしを嘘つき呼ばわりした同級生達一人一人順番に制裁を下そう。通学路に、拾い集めたどんぐりやパチンコの玉をバラ撒いて呪ってやった。小さな恨みも一歩から。罵り嘲り声を荒げた分だけ、すっ転んだ時のダメージが深くなった。
小学生程度の呪力なんてたかが知れている。殺してやる程憎いわけでもないから、せいぜい骨折くらいが限界だった。
自分が何ものなのかわかったのはいい。でも、そのせいでわたしの心の中で、あの人の姿がより大きくハッキリ映るようになった。
あまりにも激しく憎み、想い続けるために愛情へ変わる⋯⋯なんてことがあるのかな。それともわたしの終わりが近づいているのかもしれない。
あの人の血のつながる親族は、わたしが復讐の刃の錆に変えて来た。だからもう、この時代にはそんなに残っていないと思う。最後の一人⋯⋯出来るものならあの人に会いたい、そう願った。
運命のいたずらか、苦しむわたしのもとに、神はあの人を呼んでくれた。
ずっとずっと待ち望んでいた人。
わたし達は誰よりも強い絆で結ばれているはずなのに⋯⋯短い生命を散らす運命のあの人とは、いつもすれ違い。
わたしにはわかる。あの人の生命が最後だと。だから神様の下さったこの出会いを大切にしたい。今までのように簡単に摘んではいけない。
恋しい人を愛するように、わたしは彼の悩みを聞いて、深い深い愛情を注いであげた。そして何代にも渡ってたまった鬱憤を晴らすために、ゆっくりと長く終わりの時を楽しむ方法を考える。
彼は、わたしを愛していると言った。あの人と同じ姿で。あの人と同じ声で。何度も何度も、毎朝あいさつを交わすように。
なんて軽い気持ちなの。
なんて浅ましい考えなの。
なんて悍ましい思いなの。
なんて自分本位な男なの。
あの人は、自分達の一族が短命なのはわたしのせいだと伝えられて知っていた。もちろんわたしと違って彼には遠い昔の話。魂があの人の生き写しだろうと身に覚えなどない事で恨まれる筋合いはないと泣いた。
泣きたいのはわたしの方。苦しんだのもわたしが先。この人はそれを知らない。知らずに、呪いを受けた原因に助けて、と縋る。
助けて‥‥そう願い叫んだわたしを裏切り見殺しにしたくせに。
あの人が自分の罪を素直に認めていれば、あなたが呪われる事も、わたしが死んで呪われる事もなかったのに。
────死んだって許さない。
あぁ、良かった。肝心な所は生まれ変わっても何も変わっていない。
何も知らないあなたを責めるのは酷なのかしら。でもね、それが祟りというもの。何よりあなたの苦しみは、あの人を愛したわたしが責任を持って終わらせるのだから、おあいこ。ううん、わたしの方が余計不幸ね。
冤罪でわたしを陥れたあの人を、殺して救わないと、永遠に呪いに苛まされ苦しみ続けるのだから。
肌を重ねる度に、わたしの呪いはあなたの生命を少しずつ奪い削る。奪った生命の欠片がわたしのなかでたまごの殻を固めるように、小さな生命を形作る。
私のこの愛情は、わかりにくいのが難点。新たな生命が宿るわたしを平気で見捨てて別れを切り出されても、わたしは諦めなかった。
生まれて来る子のために頑張るあなたに、わたしは呑み込んだ怨みの言葉と浴びせかけられた罵声を刻んで、わたしが生まれ変わっ数だけ贈ろうと思った。小さなうずらのたまごが贈り物を作るのにちょうど良かった。
反魂の秘術なんてあるわけないのに、あの人はすっかり信じこんだ。彼は原因不明の病気で弱り、病床についている。わたしからの呪いのアドベントカレンダーをめくる度に、自分を呪う言葉と罵声を見る事になるというのに、喜んで世話する看護師に見せていた。
ひとつひとつのたまごの殻に込められた想いのたけを、愛しいあの人にぶちまけたい⋯⋯。早くあの人の前で殻を割って驚く顔を見てみたい。
クリスマスの夜に亡くなるはずだったあの人の生命は奇跡的に繋がった。反魂の秘術なんて嘘。でも呪いが続く限り、あの人の輪廻は終わらない。
あなたが死なずに済んだのは、わたしとあなたの子が出来たおかげ。呪いの解呪は新たな因果を生めばいい。あなたとわたしの子として産まれたあの子が、わたしのかわりに永劫の時をあなたと暮らしてくれるから。
わたしとあなたの血があの子に残り、呪いの全てはあの子に受け継がれる。わたしの血により、あの子は死なない。わたしの呪いにより、あなたも死ねない。
何度でもあなたを残忍に切り刻み、遊ぶように刷り込んでおいたわ。それが親としての務め。愛するものとずっといられて良かったわね、あなた。
あなたを殺したことで、わたし自身の呪いは完全に解けた。あの人の血族はあの人の血がわたしの子のものとなった事で完全に絶えたおかげだ。
わたしはまもなく消える。もっとあの人の苦しむ顔を見たかったけれど、その役割はあなたとわたしの子が受け継ぐから安心してほしい。
お読みいただきありがとうございます。