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9. 紫乃 菖との密談

 白河同様、紫乃もその部屋の内装を確認した後にベッドへと腰かけた。


「このタイミングでのご指名、もしかして白河さんとの密談で私の情報でも出てきましたか?」


 紫乃が言う。なかなかに聡い。もし紫乃が白河を認知しているなら、白河が何を言ったのかもなんとなく検討が付いているだろう。


「話しが早いな。紫乃は白河の蕎麦屋の常連客だったって聞いている。」

「そうですね。あの蕎麦屋は私の家の近くにあって、よく通っていました。とても美味しいお店でしたよ。…まぁ、変な人達がたむろするようになってから、怖くて行かなくなってしまいましたけど。」

「歳の離れた女性とよく来店していたらしいけど、その人とはどんな関係なんだ?」

「同じ大学の同期です。確かに歳は少し離れていますが、よく気が合って仲良くしていました。」


 紫乃は全く詰まる事無く、すらすらとそう答えてみせた。


「へぇ。その人はどんな人だったんだ?」

「うーん…、なんと言いましょうか。馬鹿と天才は紙一重と言いますか。変なところの拘りがものすごく強い、タイパ主義の変態でした。通学時間を極力短くするために大学から徒歩一分の場所に部屋を借りていたのですが、家は寝られさえすればいいと言って、二・九畳の激狭物件に住んでいました。そのくせベッドは大きい方が良いとセミダブルサイズのベッドを置いていたので、文字通り足の踏み場がない部屋でしたよ。」

「それはなかなか…、尖った奴だな。」


 彼女は面白そうに、声を零しながらくすくすと笑う。紫乃がこんな風に声を出して笑う姿はなんだか意外だ。彼女にとって、それほど面白い人物だったんだろう。即興でつく嘘にしてはエピソードが濃すぎるし、嘘をついているようには見えない。


「ちなみに紫乃は、『自分はシロだ』と主張してるって事で合ってるよな?」

「はい、もちろんです。」


 彼女は無邪気な笑顔から、いつもの妖艶な笑顔へと戻しながらそう言った。


「紫乃から見て、他の四人はどんな理由で俺に殺意を抱いていると思う? 推理があれば聞かせてくれないか?」


 俺がそう尋ねると、紫乃は顎の下に手を当てて考える素振りを見せた。


「そうですねぇ。私と白河さんと赤池さんは名指しで証拠が出ていますから、その判断は貴方に任せるとしましょうか。残る黄田さんと桃瀬さんは、どちらかが暗殺者、どちらかがヤクザの資金を盗んだ犯人ということになりますよね。黄田さんは暗殺者に関してもヤクザに関しても情報を持っていましたし、どちらの証拠が黄田さんの物だと言われても納得ですね。」


 どうやら紫乃は、資金を盗んだ犯人が俺であるということは知らないらしい。紫乃と相澤組に関わりがあるという証拠は出てきていないし、当然といえば当然か。


「それにしても、ちょっと面白いですよね。コードネームは蜂なのに、タトゥーの柄は蜘蛛だなんて。」


 紫乃はそう言って笑った。言われてみれば確かに。《クイーンビー》なんてコードネームなら、なんで蜂のタトゥーを入れなかったんだろう。


 そう思っていると、紫乃は何かを思い出したかのようににっこりと笑う。


「そういえば、タトゥーがないか身体を改めなくて良いのですか?」


 彼女はそう言うと、片手をベッドに付き、こちらに身体を擦り寄せる。足を組み、ドレスのスリットの合間から艶かしい美脚を露出させた。太腿の際まで手でドレスをたくし上げ、その片脚を俺の膝の上へ乗せる。


 俺は部屋の中を見渡す。この部屋も先程の広間同様、カメラが設置されている。


 カメラの存在について話そうと口を開こうとすると、紫乃は人差し指の指先で俺の唇を抑えてそれを阻止した。


「大丈夫、ちゃんとわかってますよ。」


 紫乃はそう言って笑うと、俺の肩を押してベッドの上へと倒す。その上に馬乗りになるようにして、俺の目の前に胸を突き出した。それからジーッと、彼女が脇腹のジッパーをゆっくりと引き下げる音がした。張り詰められていた豊満な胸元が緩む。緩んだ胸元の布を少しだけ引っ張って、俺の頭をその布の中へと導いた。


「カメラに映らないように、こっそり覗いてくださいね。」


 紫乃は愉しそうな声でそう言った。


 噎せ返るほどのムスクの香りの香水を吸い込んで、脳内が彼女の香りで満たされる。麻薬のようなその香りに、クラクラと麻酔のように脳が甘く痺れる。


 ドレスの内側には、ストラップレスの黒いレースのブラジャー。そこから美しくくびれた腰が続いている。透き通るような薄桃色の肌には、それらしい印は見つからない。


 俺はそれだけ確認し終えたら、すぐに彼女のドレスの中から頭を出した。


「確かに、タトゥーらしきものは無いみたいだな。」


 俺がそう言うと、紫乃はいつも以上ににやにやと口端を吊り上げて厭らしく笑う。


「顔が真っ赤ですよ。この手の事には馴れているのかと思っていましたが、案外可愛い所があるんですね。」


 そう言って、紫乃は俺の頬を指先で撫でた。

 指摘されて、顔に籠る熱に気がついた。それを自覚すると恥ずかしくなって、更に熱が登る。


「恋愛には不慣れですか?」

「なわけねぇだろ。…でも、相手から迫られる事には慣れてない。苦手なんだよ。」

「それは勿体ない。確かに男らしくリードしてくださる真朝さんも素敵ですが、ペースを握られて可愛い顔にさせられてしまっている貴方も、こんなに魅力的だというのに。」

「可愛いとか言われても嬉しくねぇよ。」

「いずれ、その言葉を貴方の方から懇願するくらいの飴に変えて差し上げますよ。」


 その言葉と共に、彼女の顔が俺の首元へ落ちる。ふーっと細く息を吐いて首筋をなぞられ、ゾクゾクする感覚が背筋を駆け抜ける。


 そのまま彼女の唇が首筋に触れそうになった、その時だった。



 コンコン、と扉を強くノックする音が、この淫靡な空気を切り裂いた。



 俺ははっとして、紫乃の身体を押し退け、襟元を正した。紫乃はどこか残念そうに眉尻を下げながら笑いかける。


 俺は少し目を細めて、不機嫌な視線を紫乃に向ける。


「悪いけど、俺はSなんでね。」

「それは残念。相容れませんね。」


 紫乃は上品ににっこりと笑った。

 紫乃はドレスのジッパーを上げて胸元を正すと、ベッドから起き上がって俺の方へと近寄った。


「それでは今夜は、どちらが主導権を握れるか勝負ですね。」


 彼女はにっこりと得意気に笑ってそう言うと、そのまま扉の方へと歩いていった。


 その時、カツーンと何か硬いものが床に落ちる音が響いた。と思うと、俺の足先に何かが当たる感触がした。足元を見てみると、そこには紫乃の指輪が落ちていた。


「ああ、すみません。」


 紫乃は一言そう謝って、俺の足元にしゃがみこんで指輪を拾う。


 拾った指輪を右手の中指に嵌めるが、指輪のサイズは随分ぶかぶかのようだ。そんなサイズ感なら、指先を下に向けるだけで簡単に落としてしまいそうだ。


「…それじゃ、行きましょうか。」


 紫乃はしゃがみ込んだ姿勢のまま、こちらを見あげるようにしてそう言った。それからすぐに立ち上がって扉へと歩いていく。俺もそのまま紫乃を追って、広間へと出た。


 先程と同様、莉桜が扉傍にいて、他の三人はソファに座っている。


「お疲れ様。それじゃ、次は誰と密談する?」


 莉桜が言う。

 次は誰にしようか、少し黙って考えていると、莉桜はこちらに近づいて俺の腕に腕を回す。


「決まってないなら、莉桜とする?」


 莉桜は俺の腕をぎゅっと抱き締め、わざとらしく胸を押し当ててくる。


「…いいぜ。じゃあ、次は莉桜だ。」

「やったぁ! んじゃ、時間も勿体ないし早く行こー?」


 莉桜はそう言って、腕を掴んだまま個室の方へと俺を引っ張った。俺は彼女に連れられるままに歩いて、個室へと続く扉をくぐった。


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