表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/23

8. 白河 蘭との密談

 扉が閉まる音がすると、白河はくるっとこちらを振り返った。フレアなドレスの裾がふわりと舞う。


「二人っきりですね、真朝くん。」


 白河は少しだけ照れくさそうにはにかみながら言う。


 それから彼女は部屋のベッドへと腰掛け、トントンと隣のスペースを手のひらで叩いてみせた。

 この部屋には他に腰掛けられそうなものはない。俺は誘導されるままに彼女の隣へと腰掛けた。


 ベッドについた手の指先に、彼女の指先が重ねられた。しかし俺は、すぐに彼女の手を振り払った。


「美女からのハニートラップを楽しみたい気持ちはやまやまなんだが、十分しか時間が無い。まずは俺の質問に答えてくれよ。」


 真剣な表情でそう言うと、白河は慌てた様子で手を引っ込めた。


「すみません、舞い上がってしまって…。なんでも聞いてください。」

「まず確認なんだけど、白河の主張は『自分はシロである』ってことで合ってるよな?」

「はい、もちろん! 私はシロです!」


 彼女は真っ直ぐに俺の瞳を見据え、一寸の曇もない真剣な表情でそう答えた。


「白河目線、誰がどんな理由で俺に殺意を抱いていると思うか、白河の推理を聞かせてくれないか?」


 俺がそう尋ねると、白河は難しそうに顔を顰めた。


「他の人の動機…、考えてませんでした。…あ、でも一つ。証拠カードの中に私の名前が入ったカードがあったじゃないですか。最初はあれ、私に疑いを向けるためのミスリードの情報かと思ったんですけど、他の人の動機に繋がる情報なんじゃないかと思うんです。」

「なんでそう思うんだ?」

「だって、四人分しか証拠が出なかったじゃないですか。シロの分の証拠が用意されていなかったと考えると、私はシロですから、あれは他の人を指す証拠の可能性が高いなって…」

「四人分しか証拠が出なかった…? 証拠カードは五枚あったろ。どういう事だ?」



「え…? だって、相澤組から資金を盗んだのって、真朝くんですよね…?」



 白河はきょとんとした顔でそう言った。


 突然の事に、俺は驚いて言葉を失った。思考が白けて、何も言葉の出てこない口をぱくぱくと震わせた。


「…なんで、白河がそれを知ってんだ?」


 焦って紡いだ言葉は、彼女の言葉をを肯定してしまっていた。俺の焦りを汲み取ったのか、彼女はにっこりと笑って俺の手を取った。


「安心してください。誰にも言ったりしませんよ。私はあなたのことが好きですから。だから、あの場で証拠カードが開示された時は何も言わなかったんです。」


 彼女は目を細め、全てを赦す女神のように柔和な笑顔を見せた。


「私の家の蕎麦屋に相澤組の方が来た時、真朝くんの話しをちょっと聞いたんです。随分と怒っている様子でした。」


 相澤組の連中がみかじめ料の値上げを要求したのは四月。殺気立っているタイムリーな時期ではある。俺の捜索の方に多く人手が割かれていたんだとしたら、善意で小さな蕎麦屋など守っている場合ではないだろうな。


「その証拠カードが白河に関わるものじゃなかったとして、誰の証拠なのか見当は付いてんのか?」

「これだっていう確定した情報はお渡し出来ないのですが、一つだけ気になっている事が。私、他の三人とは全く面識がありませんが、紫乃さんの事は知っています。よくお店に来てくれる常連さんです。年の離れた女性とよく来店されていました。」


 紫乃が年の離れた女性と白河の蕎麦屋に通っていた…? ただの偶然か? 白河の言う通り、本当にあの証拠カードが指す人物は紫乃なのか?


 …いや、証拠カードに書かれている事が必ず真実であるのに対し、これはただの白河一人の証言だ。紫乃に聞いてみるまで真実だとは限らないか。


「真朝くん」


 逡巡していると、白河は俺の名前を呼んで思考を遮った。彼女の方を見ると、彼女はいじらしい表情でこちらを見つめていた。


「真朝くんは、誰がシロだと考えているんですか?」

「誰がシロか、か…。難しいな。正直まだこれだけの情報じゃ、確実な事はなんとも…」

「じゃあ! 誰がシロであって欲しいと思っていますか!?」


 彼女はそう声を張り上げて、ぐっとこちらに身を乗り出して顔を近づけた。俺は反射的に少し身を引いて一定の距離を保つ。


「積極的な桃瀬さん? 綺麗な黄田さん? それとも、色っぽい紫乃さんですか?」

「命がかかってるっつー時にそんなもんねぇよ。」

「本当ですか? もしこのまま誰がシロかハッキリしたなかったとしたら、一番好みの女性を選択してしまうんじゃないですか? …そうなってしまった時に、私はあなたに選ばれたいです。私、本当にあなたのことが好きなんです。初めてあなたを見た時から、ずっと。」


 至近距離に顔を寄せたまま、白河は真剣な瞳でそう言った。


 シロかどうかを見抜くための情報は、殺意の方だけじゃない。殺意に比べれば決定打には欠けるが、恋愛感情の方も情報はあって損は無い。


 言葉で『好き』というくらいなら誰にだって出来る。でも、行動で応えるには多少のハードルがあるはずだ。


 俺はあえて、彼女の方へと少し顔を近づけてみた。

 白河は驚いた様子で肩を揺らし、大きく身を引いて距離を取った。まさかこちらから近づくとは思っていなかったんだろう。


 彼女の後頭部へと手を回し、逃がさないようにして更に顔を近づける。彼女の瞳に、動揺と少しの恐怖の色が滲む。それからすぐに彼女は目を瞑って、俺と彼女の顔の間に手を差し入れた。


「だ、ダメです。『手出し禁止』ですから…っ」

「俺は『手出し禁止』なんてルールは聞いてねぇけど?」


 俺はにやりと口角を上げながらそう言った。彼女の顔に焦りが滲む。


「さ、さっき、変なことはしないって言ったくせに…!」

「気が変わった。つーか、『何もしない』なんて男の言葉は易々と信じない方がいいぜ。…それに、別に困ることないだろ? お前は俺の事が好きなんだから。」


 彼女の顔がかっと赤く染まる。何か言いたげに、もごもごと口元を動かした。

 そして覚悟を決めたように、彼女はぎゅっと強く目を瞑った。


 …この反応は、純真さ故か? それとも、本当は恨んでいる相手とのキスを必死で我慢しようとしている?


 俺は、後頭部に回した手と反対の手で、阻む彼女の腕を掴んで退けた。目を瞑らず、彼女の表情をじっくりと見つめたまま、顔の距離をどんどんと近づけていく。彼女の鼻息が顎を掠める。鼻の先端がぶつかり合わないように、少しだけ顔に角度を付ける。そのまま、あと数センチで唇が触れ合うという距離まで詰めたその時だった。



 コンコン。扉が強くノックされる音がした。



『十分経ったよ~』


 大きな声を張り上げている様子だが、扉越しで随分と音量が減衰された莉桜の声が聞こえてきた。


 俺は彼女の腕と後頭部から手を離すと、そのまま彼女の肩を押して距離を離した。


「時間だな。広間に戻るぞ。」


 俺はベッドから立ち上がり、白河に背を向けて扉の方へと歩く。


「…真朝くんはツンデレですね。」


 背後から、白河のそんな言葉が聞こえてきた。


「はぁ? キモいこと言ってんじゃねーよ。」

「私がシロかどうか見極めるためにあんな事したんですよね。でも、私の事を気遣って、結局何もしないでくれた。…とっても、優しいです。」

「…途中で邪魔が入って萎えただけだ。勘違いすんな。」


 俺はがしがしと強く頭を搔いて、そのまま扉の方へと足を進める。


 すると、不意に後ろから腕を引っ張られる。少しバランスを崩しながら振り返ると、白河の唇が俺の頬に触れた。


 白河はすぐに唇を離すと、こちらを見てにっこりと笑った。


「この続きは、私を選択してくれたらしましょうね。」


 唇に指を当てて、いたずらっぽい笑みで笑う。彼女はそれだけ言うと、俺より先にそそくさと部屋の外へと出て行ってしまった。


 ハニートラップかどうか分からない誘惑に心を動かしている場合じゃないっていうのに。…不意打ちは少し、ズルいな。


 俺は一瞬だけ跳ねた心臓を深呼吸で落ち着かせてから、すぐに白河を追って広間へと出た。



 扉を出ると、扉のすぐ近くに白河と莉桜がいた。他の三人はそれぞれソファに座っている。


「有意義な話しは出来た?」


 莉桜がこちらに話しかける。


「おかげさまで。」

「なら良かった。次は誰と密談する?」

「次はもう決まってる。紫乃、来てくれ。」


 紫乃は妖艶な笑顔でにっこりと笑うと、ドレスの腰元を抑えながら上品に立ち上がった。ぴんと背筋を伸ばしたモデルのような歩き方でこちらへ歩いてくる。


「じゃ、また十分経ったら知らせるね~。」


 莉桜がそう言ってこちらに手を振るのを尻目に、俺は個室の扉を開き、紫乃と共に部屋の中へと入った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ